260,星夜の語らい
リビングのソファで丸くなっていた猫が、くあぁっと欠伸を零した後に身体を起こしてグッと伸びをした。
外は既に月が高く昇っている時間。夕飯も数時間前に済んでおり、睡眠が必要な者は眠っているべき時間帯だ。
身体を伸ばし終えてソファから飛び降り、姿を猫から人間に変えたシオンはもう一度欠伸を零して家の外に目を向ける。
妹の友人たちは基本的にこの時間素直に眠っているのだが、今日は夜更かししている者がいるようだ。
年長者らしく小言でも言おうかと思ったが、彼は体内の魔力循環が上手くなってきたこともあり夜行性な種族の特徴が出て来ているのだろう。
それに文句を言うのはあまりに理解がない。だが、放置する気分でもない。
眠れないのだろうし、どうせなら暇つぶしがてらおしゃべりに付き合ってもらおう。
そんなことを考えて玄関の方へ足を向け、一応家の中で他に誰が起きているのかを確認しておく。
トマリは夕飯のあとからどこかへ行っているし、コガネは今日は眠っているようだ。ウラハは何か別の作業中。となれば起きていて彼に構うのはシオンくらいだろう。
「寝れないん?」
「うお、シオンさん。そっすね、全然眠くないっす」
「ならちょっと俺とお話しよ。ほい、ここ座りぃ」
「うっす」
地面に布を広げて先に座り、横をポンポンと叩いたら彼は素直に腰を下ろした。
本当なら酒でも持って来たいところなのだが、飲ませると主にこっぴどく怒られそうなので今回はお預けだ。
別に飲ませても問題のない歳だと思うし、鬼人の血が入っているなら酒は好きで強いはずなのだけれど。
まあ、そのあたりは主の価値観に従っておく。怒らせると怖いというのが主な理由だ。
「シオンさんはこの時間いっつも起きてんすか」
「んー。ま、そやな。猫やから昼間はよく寝てるんよ」
星を名に持つ種族でもあるので、夜が好きだというものよく起きている理由だろう。
とはいえ昔から人の暮らしに混ざり込んでも居たので、昼に活動するのも苦ではない。
睡眠がさほど必要ないのでずっと起きている、というのが一番近い答えだろう。
「魔力循環、出来そうなん?」
「ちょっとは上手くなってる……と思うんすけどね。まだ出来ねぇなぁって感じっすね」
「ま、もうちょっとやろなぁ。一回出来れば何回だって出来るで」
「シオンさんは出来るんすか」
「出来るで。あんまやらんけどな」
のんびり話しながら月など眺めていたのだが、普通に何か飲み物が欲しくなってきた。
淹れてこようかとも思ったが立つのは面倒なので、魔力を飛ばしてキッチンで作業をする。
お湯を沸かすところまでは出来るだろう。茶葉は流石に自分で取りに行った方が楽なのだが、それでも立つのは面倒なので戸棚をゆっくり漁って準備を進める。
「そういや、前から気になってたんすけど、シオンさんたまに俺の事めっちゃ見てないすか?」
「あー、見とるなぁ。気付いとったんか」
「まあ流石に」
「気にせんでええよ。ただの嫉妬やから」
「嫉妬?」
「うん。セルちゃんと仲ええなぁ、って。あれで結構遠慮しいやから、身内以外にはあんま甘えたりせんのにリオン君には結構甘えとるから」
隠れて見ているわけでもないので気付いてはいるだろうと思っていたが、正面から聞いてくるのは少し驚いた。
素直で随分可愛らしい。家に呼べるほど仲が良い友人たちが皆こういうタイプなのは、一緒に居やすいからなのだろう。
「セルのあれは甘えなのか……」
「せやで。雑にじゃれつける相手は中々居らんのやろね」
「あいつがたまに猫みたいなのはシオンさんの影響なんすか?」
「……どうやろ。俺はそんなに影響ないと思うで」
本心からの言葉なのだが、首を傾げられてしまった。
自分では分からないこともあるだろうと適当に言葉を続けて、お湯が沸いたのでティーポットにお湯を注いでカップを用意しておく。
ウラハからちゃんと戻せと怒られたので茶葉は棚の中、元の位置に入れ直してティーポットに布をかけて再び待機だ。
横に砂時計を置いてひっくり返し、全ての砂が落ちたら分かるように簡単な魔法をかけておく。
「シオンさん本当にセルのこと……なんだろ。大事にしてますね?」
「大事やでー。学校に入学するってなった時も正直あんま行かせたなかったくらいやからな」
「心配で、すか?」
「うん。良くないってウラハからも言われたから行くのは止めへんかったけど、第四大陸はなぁ」
「目の色、割と気にしてるっすもんね」
「そうなんよなぁ。気にしないようにーって無理しそうなんが一番心配やったんよ」
彼は鈍いわけではなく、むしろ敏い方なので当然のように気付いていたらしい。
七歳まで生まれた村で育ったセルリアは、どれだけ他の環境に身を置いても自身の目の色とそれに対する周囲の反応に敏感だ。
気にしないように努めている、というのはつまり、意識していないと気にしてしまうということで。
自らの道を選んで育とうとしている妹の邪魔はしたくないが、完全に目の届かない所へ行かせるのはまだ早いのではとずっと思っていた。
だが、他の場所よりはと思ったのもまた事実なのだ。
出不精で年々一緒に居る時間が減っているような自分がいうのもおかしな話だが、何かあればすぐに飛んでいける場所には居てくれている。
「……ふははは」
「なにわろとん」
「いや、セルはやっぱ妹なんだなぁーって」
「まあ、そりゃ妹やけど」
「そんなに心配されてんの、あいつ気付いてないっすよ。十分の一くらいしか察してないっす」
「それは俺らの努力なんよ。あんま心配してるぞーって態度取るとセルちゃん拗ねるかんな」
「それで拗ねんのがもう」
「可愛いやろ」
話している間に砂時計の砂が全て落ち切ったので、ティーポットの中身をカップに移してカップを手元まで運んでくる。
ゆっくりと移動してきたカップを確保して差し出すと、かなり驚いたようで目を見開かれた。
「あっはっはっは。おもろい顔しとるわぁ」
「……シオンさんって、魔法使いでしたっけ」
「違うでぇー。俺とウラハは物理」
「今のどうやったんすか」
「セルちゃんもよくやっとるやろ?魔力で物浮かせて動かしとるだけやで」
笑いながらカップを差し出して自分の分を一口飲む。
魔力操作だけで淹れた割には美味く淹れられたのではないだろうか。
ポットに少しだけ残っている分はウラハが飲むらしいので、濃く出過ぎないようにだけしておいた。
「セルがいっつも、お茶の淹れ方がなんだのって言ってるんスよ」
「昔から熱心にやっとるけど、まだ納得してないらしいんよなぁ」
「凝り性っすよねぇ」
「だーれに似たんやろな」
少なくともこれは自分の影響ではないだろう、と笑いながらお茶を飲み、一度時間を確認する。
お茶を飲み切ったらそれぞれ部屋に戻る方がいいだろうと思いつつ、まだ沈まない月を眺めてダラダラと会話を続けるのだった。




