259,詳しい説明
ギルドの職員さんは、穏やかに笑って一枚の紙をテーブルの中央に移動させた。
それには見たことのない魔獣の絵が描かれている。
「結論から申し上げますと、魔力の主はマーレリベと呼ばれる幻獣です」
「まーれりべ……?」
「はい。目撃件数がかなり少なく、あまり知られてはいない種です」
私は知らない魔獣……ではなく幻獣だったのだけれど、シャムたちは知っていたりするんだろうか。
そう思って横を見てみると、二人は目をキラキラさせてテーブルに置かれた絵を見ていた。
……これは知らなかった物を見る顔だなぁ。
「まず、目撃された泉の調査を行ったので、そちらの結果からご報告しますね。
泉がどこからか海に通じているのではないか、という話がありましたので、それを確かめるために泉に潜っての調査が実行されました。
その結果、一部が他に比べ非常に深くなっており、その先が洞窟に続いていることが分かりました」
こちらが現状分かっている情報です。とマーレリベの絵の横に別の紙が追加された。
湖の底から繋がっている洞窟の大まかな地図のようなもののようだ。
洞窟の一部が地底湖のようになっており、さらにそこから海まで地下で繋がっていたらしい。
「海まで潜ったのか?」
「はい。水中活動が可能な冒険者の方に調査を依頼しました」
「そういう種族っすか」
「いえ、魔法使いの方です。水魔法で移動を行い、風魔法で水中でも一定時間呼吸が可能になります」
そんなことが出来る人が居るのか。
確かに風で自分の周りを覆ってしまえば水中でも息は出来るんだけど、あの魔法はそんなに長くは持たない。
水中の移動に水魔法を使っているなら魔力の消費もかなり多いはずなので、風の層を大きくして息を持たせる、というのは難しくなる。
どうやったんだろう。ものすごく気になる。コガネ兄さんなら出来たりするのかな?
「セルリア、魔法の話はあとで、な」
「あ、はい」
ソワソワしていたら釘を刺されてしまった。
でもあとで、ってことは、やり方は教えて貰えるみたいだ。
多分帰ってからだから、今はマーレリベの説明に集中しよう。
「泉が海に続いていることが分かったので、続いて現れた獣を詳しく調べていくことになりました。
蹄を持つ、水に関わる魔物もしくは幻獣種を全て洗い出し、その中でその種族だけが纏う特殊な魔力がある種、もしくは特殊な魔法がある種を調べました。
候補に挙がっていたものがこちらです。かなり数があるので、一種族ずつの説明は省略させていただきますね」
こちらです、と出された紙には大量の種族名が一覧として並んでおり、机の端に積んであった書類の山は全てここに書いてある魔物や幻獣の情報らしい。
すごい、知らない名前ばっかりだ。いくつか見覚えのあるものもあるけれど、詳しく知っているものは一つもないんじゃないかな。
「目撃情報があった獣は、マーレリベで間違いないでしょう。それから、セルリアさんが見た正体不明の魔力もマーレリベのものだろう、と」
「属性的には何になるんだ?」
「水ですね。ですが、マーレリベは深海に生息していまして、水の魔力が深海特有のものなので見覚えが無かったのでしょう」
「深海の魔力……」
「見え方違うのに水属性なんですね」
「はい。細分化すべきかという議論もされていたのですが、深海特有の魔法も水属性で構成されているので、必要ないだろうと結論付けられ一部幻獣の特徴として書かれるに留まっています」
なるほど。確かに風で感じた魔力は確かに水だった気もするし、泉の周りは水の魔力が多いからそれだろうと思っていたら魔視で違う物に見えて混乱した記憶がある。
水の魔力ではあるのに別物のように見えるから変な感じだったのか。
深海の魔力、か。覚えておこう。
今後何かしらで必要になって来るかもしれないからね。
属性としては存在しない「森の魔力」というものもたまーに話に出てくることがあるし、あれと同じ感じのものって認識で問題ないかな?
「説明は以上になりますが……何か他に疑問点などございますか?」
「はい!あの泉にまたマーレリベが現れることはありますか?」
「絶対にない、とは言いませんが、可能性はかなり低いと思います。別の場所で過去にマーレリベが出現した地点を定期的に見回っていますが、再度現れた形跡は確認出来ていません。
最も古い観測地点で最後の目撃が五十年前ですので、もっと長い周期で来ているのか、そもそも同じ場所には現れないのか。そのどちらかだろうと言われています」
「はえぇ……じゃあ見れないのかぁ……」
勢いよく手を挙げたシャムがしゅるしゅると萎んでいく。
見たかったのか。まあ、気になる気持ちはよく分かる。
絵で見るのと自分で見るのだとやっぱり違うからね。あともう一回ちゃんと魔力を見てみたい。
「マーレリベの出現記録などは一般公開されていますか?」
「はい。ギルドの資料室に記録が保管されているので、窓口で観閲希望をお伝えくだされば職員が資料をお持ちします。今回は説明用に用意した物がありますので、こちらよろしければどうぞ」
「ありがとうございます」
質問タイムになった瞬間、それまで静かに聞いていた研究職二人が生き生きし始めた。
途中で何か気になっても言わないっていうのは日頃の授業の差なのかな。
それともただ遠慮していただけなのか、最後に質問の時間があるだろうと考えていたのか。
私やリオンは気になった時に好き勝手に質問していたので、今聞くようなことは特に残っていなかった。
その後シャムとロイが何やら難し気な質問をしているのを分かった風な顔をして聞き、説明は終わりになる。ギルドから出て時間を確認すると丁度昼時だ。
「とりあえず飯屋に入るか」
「わーい!」
「何が食べたい?」
「俺肉がいいっす」
「私は何でもいいかなー」
何が食べたいか、という話題で話がすんなり纏まった記憶がないんだよね。
リオンは基本的に「肉が食べたい」以外言わないので、他も全員肉の気分だった時だけ即決される。
まあ、最終的には何でもあるところを選んでいっつも同じ店に行くんだけどね。
「……行ってみたいサンドイッチの店があるんだ」
「コガネ兄さん、もしかして聞きはしたけど行きたいところ決まってた?」
「いや、肉以外に希望が出なかったから丁度いいかと思って」
別に反対意見も出なかったので、そのサンドイッチのお店に向かう。
買って帰ることも店の中で食べることも出来るらしく、今日は食べて行こうという話になった。
……というか、こんなに詳しいってことは結構気になってたんだなぁ。
なんて考えながらコガネ兄さんの後ろを付いて行き、小さめの小綺麗なお店に入る。
店の中にはショーケースがあり、その中に多種多様なサンドイッチが納められていた。
わぁ、と思わず声を出したら、横から全く同じタイミングで同じ言葉が聞こえてくる。
これは声も出るよねぇ、とミーファと顔を合わせて笑い、先にショーケースの前に移動しているリオンを追いかける。
動きが早いんだよなぁ。私の後ろを歩いてた気がするのに、いつ前に移動してたんだろう。
「好きなのを食べていいぞ。主からもたんとお食べ……と言われているから」
姉さまのそのお婆ちゃんみたいな言動にもちょっとの疑問があるわけだけど、まあ今はこの美味しそうなサンドイッチを選ぶのが先だろう。




