256,魔視の種族差
晴れ渡った空の下、巨大な氷を作り上げる。
密度を高めて、硬くて透明度の高い氷を複数個。
形は特に決めないで、固められる端から固めて作った氷を浮かせて、少し離れたところに立っているリオンに向けて勢いよく飛ばした。
「むっ……りだろこれ!」
「おう、逃げんな逃げんな」
「トマリさんこれ無理っすよ」
「私の勝ち……か」
「セル、次」
「あ、はーい」
正面から氷に当たったリオンの首根っこを掴んで同じ場所に降ろしたトマリ兄さんは、そのまま少し離れた場所に移動する。
……別に虐めてるとかではなく、本格的に魔法を斬れるようになろう、という特訓なのだ。
結果として氷を斬れなかった場合リオンが真正面から氷にぶち当たってるだけであり、怪我をしないようにコガネ姉さんが炎の保護魔法を張って行ったので怪我はしない。
炎の膜で対象を守る、氷魔法のほとんどを無効化出来る上位魔法。簡単そうに使って見せたコガネ姉さんを見た後、リオンがこっちをチラッと見たのが無性に癪に障ったとか、そういうのも別にない。
無駄に氷の密度を上げたりなんてしていない。どうせ斬れるようになるならこのくらい硬いのが良いでしょうという親切心だ。それ以外の意思なんてない。
ちょっと勢いをつけてぶっ飛ばしているけれど、そのくらいの方がやる価値あるよねってだけだ。
「いくよー」
「おー!」
氷を一つ動かして、勢いをつけてリオンに向けて飛ばす。
そーれっ!おお、いい勢いだ。我ながら飛ばし慣れているのが一目でわかる。
ここまでの密度の氷はあまり作らないけれど、日頃からリオンをぶっ飛ばしたり物を浮かせたり、自分の周り以外の風の強度を上げている甲斐があった。
「やっぱ無理だろ!」
「おら、逃げんなって」
「表面削って滑って終わりじゃないすか!」
「だから核を斬れっつってんだよ」
「やはり私の勝ちということで」
「おう、セルも言ってねぇで次撃て」
「はーい」
否定されないしもう勝ちってことでいいかな。何に勝ったのかは知らないけど。
考えながら、いくよーと緩く声を出して氷を撃ち出す。
あ、この氷ちょっと変な形してるせいで風がブレる。これは普通に斬りにくそうだな、ごめん。
ブレた氷を斬り落とせなかったリオンは、コガネ姉さんの魔法に守られて怪我こそしていないがずぶ濡れだ。
とりあえず氷は撃ちきったし乾かしに行こうかな。
「ぜんっぜん分かんねぇ」
「リオンお前、魔視が弱ぇんだな」
「弱い、ってなんすか?」
「鬼人は魔法の核くらい見抜けんだよ。お前の魔視は不完全で見えてねぇだけだ」
「なにそれ。え、なにそれ」
「セルは感覚で分かるようになるから安心しろ」
先に魔視やるか?と溶けきっていない氷を砕いたトマリ兄さんが気軽に言っている。
魔視の精度なんて、これが最高だと思っていたのだけれど……亜人的にはもっと精度を上げられるってことなんだろうなぁ。
兄さんの口振りからして私は出来ないようだし、私は一旦待機かな。
ミーファも出来るのかなぁと思ったのだけれど獣人は視るのではなく感覚で認識するのだとか。
よく分からなかったので聞き流し、杖を回して何となく風を起こす。
「魔力巡らせんのとはまた違う……んすよね?」
「あー……どっちでも出来はする。留める方が楽なら留めりゃいいし、流す方が楽なら流しゃあいい」
「……セル」
「知らないよ。私それ出来ないもん」
「セルは基本流してんだろ。留まってたら風は起こらねぇ」
なる、ほど?そういうもの?
魔視は普通に魔力を留めているつもりなのだけれど、もしかしてレンズ状に作った魔力が微妙に渦巻いていたりはするかもしれない。
無意識なら風の性質に寄るだろうし、普通にありそうな話だ。
魔視に種族ごとの特性があるなんて話は聞いたことも無かったのだけれど、兄さんからしたら普通の事らしい。
「結局魔力回せるようにならねぇとなのか……」
「まあ、そうなるな」
「……やるしかねぇー!」
「あははっ!がんばれー」
やる気があるのはいい事だ。魔視の強化から進めるなら、私はすることも無いし眺めていようかな。
前々からリオンはやたら魔力の変化なんかに敏感だなぁと思っていたのだけれど、今後正確に魔力が視えるようになるならもっと敏感になるかもしれない。
……魔法を斬れるようになったら対魔法使いの試合がとんでもないことになっちゃうな。
私も大変になるけど、斬れるって分かってるなら準備が出来るからね。主に心の。
あと、風って斬りにくさがトップレベルだから意外とどうにかなる気もする。
「あら、セルちゃんは暇になったの?」
「そうだよー。ウラハねえも暇になったの?」
「ええ。夕飯の仕込みまで終わったから、あとはのんびりするだけね」
杖をクルクル回して何か話しているリオンとトマリ兄さんを眺めていたら、ウラハねえがやってきた。
促されて日陰に移動し、どこからか取りだされた帽子を頭に乗せられる。
「シャムと服作るって言ってなかった?」
「それは明日ね。セルちゃんの分も一緒に作りたいんだけど……」
「えー……私ダンスパーティー行かないもん」
「行ってみたらいいと思うわよ?少し覗いて帰ってくるだけでも、全く知らないよりはいいわ」
「……んー……でもなぁ……」
「ふふ。まあ、無理にとは言わないわ。行くことになったら教えてちょうだい」
「分かった。行くことになったら、ね」
行かないぞ、という念を込めて言ってみたのだけれど、ウラハねえは柔らかく微笑んでいる。
……ウラハねえは、何かと物事を見通している感じがするので、こう微笑まれるとどうにも落ち着かない時がある。
「ウラハ、魔視のやり方教えてやってくれ」
「あら、トマリがやるんじゃないの?」
「回すならお前の方が得意だろ」
「んー……まあ、いいわ。すぐに出来るようになると思うわよ」
兄さんが歩いて来て、ウラハねえと話し始めた。
当事者であるはずのリオンは私の横に来て何故かまじまじとウラハ姉を見ている。
私の頭の上に頭を持ってくるんじゃない。思い切り頭突きして顎に甚大なダメージを与えるぞ。
「やっぱセルとウラハさんって似てるな……」
「……え、そう?」
「おう。話し方とか、一番似てるだろ」
本気で頭突きをしようかと軽く膝を曲げたところでそんなことを言われて姿勢を戻してしまった。
……初めて言われたなぁ。姉さまの息吹を感じる、は入学当初割と言われていたけれど。




