255,何がどうしてそうなるのか
澄んだ空を見上げて、何となく杖を回す。
ふーっと長く息を吐くと、それに合わせるように風が吹いて来たので杖を持ち直して身体を浮かせ、その風に乗って空に浮き上がる。
風の上に仰向けに寝っ転がって左手のブレスレットに杖を固定し、上空でクルクル回ってから足を下に向ける。
地上ではミーファとリオンが魔力操作の特訓中で、ソミュールは姉さまと話していて、ロイとシャムは客間の方で課題に勤しんでいる。……まあつまり、暇なんだよね。
サクラお姉ちゃんが畑の方に居るから手伝おうかと思ったんだけど、そんなに量はないらしくて断られてしまったしあとはもう飛ぶしかない、くらい暇。
何かやる事でもあればいいんだけど、なんて思いながらひっくり返って森の境目あたりを眺める。
……流石に頭に血が上るなぁ、この体勢。
日頃から好き勝手に飛んでるからなのか普通の人よりは耐性があるらしいんだけど、ずっとやっていれば普通にしんどくなってくる。
「わぁ、セルリア何してるの?」
「見ての通り、暇を持て余してるの。姉さまとのお話は終わったの?」
「うん。薬の使用も続けて大丈夫そうだし、僕はもう心配事はなーんにもないよ」
逆さのままふわふわ飛んでいたら、いつの間にかソミュールが横に上ってきて来ていた。
身体の上下を正常に直しながら位置を確認して合流すると、ソミュールが手を伸ばしてきたのでとりあえず繋いでおく。
「……あ、楽してる」
「んふふふ。セルリアの風は安定してていいねぇ」
何かと思ったら自力で飛ぶのをやめて私の風に乗っているようだ。
別にいいけどね、ソミュールは本当に軽いから負担でもなんでもないし。
……他の皆はこっちに意識が向いていないし、何よりここは結構高い位置なので内緒話にはいい場所だ。
「……ずっと、聞いていいのか迷ってたんだけどさ」
「んー?なぁに?」
「夢魔族の寿命って、どれくらい?」
気になって調べてみたのだけれど、夢魔族はあまり資料が無くてよく分からなかった。
流石に本人に聞くのはなぁと数か月躊躇っていた、んだけど……本人に聞くのが一番早いなぁと思ったのでこの機会に聞いてみることにしたのだ。
「そうだなぁ……五百年とか、六百年とかかな」
「……そっか。そういえば、ソミュールって何歳?」
「んっとねー、百は越えた?かな?」
「思ったよりずっと上だったなぁ」
「んふふ。……あんまり、気にしなくっていいからね。歳とか、寿命とか」
起きてる時間で考えたら、そんなに変わらないと思うし。なんて呟くようにソミュールは言う。
本人がそういうのなら私は今まで通り気にしないようにしていよう。
思ったよりもずっと歳が離れているとか、私よりずっと寿命が長いとか、そういうのには慣れてるからね。ああ、やっぱりソミュールもかぁって思うだけだ。
「セルリアには、夢魔族のこと知っててほしいなぁ」
「教えてくれるならいくらでも聞くよ。記憶力はそれなりに良い方だし」
肩に寄りかかるようにくっ付いて来たソミュールを連れて少し高度を上げる。
多分、ミーファには聞かせたくないんだろう。
何となくの勘だから外れてるかもしれないけど、こういう時の勘には結構自信がある。
「今はまだ、かなぁ。そのうちきっと、ちゃんと話せる日が来るよ」
「ん、分かった。……休憩になったみたいだから降りようか?」
「うん」
いつの間にか魔力操作を止めてこっちを見上げているリオンとミーファに手を振って、ゆっくりと地面に向けて降りていく。
着地の直前でソミュールが先に離れて、ミーファの方へ歩いて行った。
それとすれ違うようにこっちに寄ってきたリオンに向けて何となく手を挙げると、ぺちっと軽い音を立てて手が叩かれた。
なんか疲れてるね。まあ魔力操作はしっかりやろうと思うと神経使うから結構疲れるのは分かる。
「なに話してたんだ?」
「内緒。……っていうか、なんで内緒話してるって思ったの?」
「お前ら二人で話す時大体上の方居るだろ」
「そうかなぁ」
確かに他の人が来ないから学校でもたまにやるけど、そんな毎回聞かれたら不味いことを話してるわけでもないんだけど。
紅茶の淹れ方とか魔法の演唱の話だとかをしてる時も多い。あとはミーファの話。
「魔力操作はどうだい。進展した?」
「分からん。回ってる魔力の量なんてそんな正確にわかるもんか?」
「私は分かるよ。というか魔法使いは把握出来ないと魔力切れ起こすし」
「あー……そういうもんか……」
木陰に移動して話しながら座り、杖を回してそよ風を吹かせる。
トマリ兄さんはどこに行ったんだろう。シオンにいは……別の木陰で寝ているみたいだ。
引っ張りだされてちゃんと教えていたみたいだけど、このポカポカの陽気からくる眠気には抗えなかったみたい。
「あ、休憩してる」
「シャム。ロイもいる。課題終わった?」
「終わらないけど決めた分はやったから休憩」
「魔力操作は何か進展した?」
「分からん」
「そっか。まあそんな急に上達したりはしないよね」
客間から出てきた二人が向かい側に腰を下ろす。
研究職は本当に大変だなぁ。休暇に入る前に半分くらいは終わらせたって言っていたのに、それでもビックリするくらいの量があった。
それでも休みの初めの方で課題は終わらせられるらしいから研究職生は凄い。
やっぱり普段からやっているから慣れてるって言うのもあるんだろう。
戦闘職には滅多に課題なんて出ないから、たまに出るとどこからやったらいいか分からないと嘆く声が聞こえてくる。
「セル、風起こせ」
「びっくりしたぁ。兄さんが急にそんなこと言うの珍しいね。どのくらいの風?」
「コガネが飛ぶくらい」
「どっちの姿で……?」
コガネ姉さんは姿に寄って結構重さが変わる。
というか、なぜ急にそんなことを。別にいいけど……と風を起こそうとしたところで私の後ろ、木の影から身体を半分だけ出していたトマリ兄さんが再び影に引っ込んだ。
そして、その位置に的確に雷の魔法が展開される。
……あー、なるほど。つまりこれ、いつものじゃれ合いだね。
コガネ姉さんはアオイ姉さまの手伝いをしていたはずなのに、一体なぜ出て来てゴリゴリに魔力を練り上げているのか。
「あーもう。ミーファこっちおいでー」
「え、あ、うん!」
じゃれ始めてしまった二人を横目に、とりあえずミーファを呼んでいつのまにやら寝ていたソミュールも回収する。
軽く結界だけ張って観戦でもしていよう。どうせすぐには止まらないし、見ごたえはあるからね。




