242,魔力式指相撲
グルグルと杖を回す。風を起こして、杖で地面を突くのと同時に霧散させる。
意味があるのかと言われたら、風を自由に操るための操作練習なので今やる意味はない。
授業が始まる前に風で場を満たすのは良くないよなぁと思って霧散させているわけだけど、周りから見たら意味もなく起こしては消してる女になっている。
杖を回すのは癖だし、それで風が起こるのは仕方ない事なので起こした分を消すしかないんだよね。
私が杖を回しているのはいつもの事だろうから、なんか今日は杖で床叩いてるなぁくらいに思っておいて欲しい。
「セルリアの横に居ると風の動きが楽しい」
「楽しいならいいけど……」
「夏とか涼しそうだよね」
「涼しいよ。風もだけど、氷も作れるから」
「いいなー」
「属性水なら氷も作れるっけ」
「相性良いから出来るようになる可能性は高いと思うけど」
私の足元に座っているニアが楽しそうに声を出す。
ジャンは意外と魔法にも興味があるようなので、そのうちリングでも作ってみればいいと思う。
火を起こすだけとか、水をちょっと出すだけとか、杖を使うほどでもない魔法をリングで使う冒険者は結構多い。
リングも最近では種類が増えて来たし、そんなに高くないのもあるらしい。
夏場に涼みたい、というのはどのくらいの魔力量がいるか分からないけど、結局は練習次第な気もするしやりたいなら早めに始めるのが良い気もする。
「学校居る間に始めるのが良さそうだよねー」
「それはそう」
「……リング買ったらセルリア教えてくれる?」
「いいよ」
「私もー」
「いいよー」
初級魔法くらいなら教えられるだろうから、そのくらいなら全然構わない。
リング買いに行くかーと話している二人を眺めていたら、鐘が鳴って先生が入ってきた。
今後やりたいことを話しているのも楽しいけど、今はとりあえず授業に集中しないと。
「始めるぞー。前回予告した通り、今回は新規パーティーで総当たり戦をします」
「総当たりなんだ……」
「あれ、言ってなかった?まあいいや。そんなわけで一応時間制限も付けるから頑張って行こーう」
これは、思ったよりいい方向に転んだかもしれない。
時間制限があるから私が攻撃のみに集中している、というのはおかしいことではないし、そうなると相手も防御より反撃を優先するだろうから、ニアを攻撃する可能性もわりかし高まるのでは?
「対戦順はここに置いておくので各自確認!三分後に開始するぞー」
雑に対戦順の紙を置いて陣の準備に行った先生を見送り、人がごった返している対戦順付近を見る。
……あれを見に行くの、普通に大変では?
確認しない訳にはいかないけどどうやって見ればいいんだあれ。
「……飛んで上から見る?」
「俺行ってくるよ」
「お、頼んだぁー」
悩んでいる間にジャンが行くことになっていた。
まあ確かに背高いもんね、私たちが行くより見やすそうではある。
見に行ってもらっている間にニアと魔力を混ぜて遊ぶ。
「お、おっ」
「……っふ、押しすぎ押しすぎ」
「おらぁ」
「何してるの、それ?」
「あ、ジャンおかえり」
「どだったー?」
「とりあえず三番目。相手はゲーテ、リムレ、アンナ。で、それなーに?」
「魔力式指相撲」
繋いだ手の上で魔力を展開して相手を押し込んだら勝ち、というちょっとした遊びだ。
リオンの魔力操作の練習とかでよくやっているんだけど、まあ普通見たことないよね。
こうして話している間にもニアがどうにか私の魔力を押し込もうと頑張っているわけだけど、魔法使い相手ならともかく多少意識が逸れた程度で負けはしない。
風属性は風の操作で魔力の操作も慣れてるから強いんだよ。地属性とか木属性とかは物理力強い分魔力操作はあんまり必要ないので操作対決だと勝てる。
そんなわけで普通にやったら魔法使い同士じゃないと勝負にならないので、私からは軽く押す程度でニアが自滅しない限り続く暇つぶしなのだ。
「俺ともやろ」
「いいけど」
まさかの同時対戦が始まった。
……これはちょっと、いい感じの操作練習だなぁ。
二人とも魔力操作は割と上手だから魔法も覚えるの早いと思うんだよね。
「……それ、なんだ?」
「お、サヴェール。魔力式指相撲だよ」
「同時にやるものなのか、それ」
「まあ、出来るからいいんじゃないかな」
足で杖を支えてニアとジャンと手を繋いで魔力を混ぜているという中々意味の分からない状況に通りすがりのサヴェールが興味を持ってしまった。
気になるのは分かるけど、サヴェール試合でしょ、行っておいでよ。
ちらちらこっちを見ながら去って行ったサヴェールがちょっと面白い。
始まった試合を見ていたら両サイドの二人は何か相談を始めて、同時に魔力を押し込み始めた。
甘いなぁ、単純に押すだけなら躱せばそっちが倒れるんだよ。
「はい、おしまい」
「あっ」
「あー!」
「試合だよー」
「セルリア強いー」
「そりゃあ魔法使いですから」
やいやい言っているニアの背中を押して試合に向かう。
ちなみにこの魔力式指相撲、昔からやっているんだけどコガネ姉さんはともかくトマリ兄さんにも勝てたことがない。
影の中に沈むのも魔力操作が必要だったりするらしいので、それを日常的にやっているトマリ兄さんは魔力操作が上手なのだ。
そのくせ魔力無くても影に沈めるんだからなんかずるいよね。
「あとでもっかいやろ」
「いいよ」
こそっとそんなことをいうニアは負けず嫌いなのか単純にハマったのか。
このくらいなら魔力も消費しないし全然いいんだけどね。
でもまあ、とりあえず集中しないといけないかな。
「……私はリムレ狙うね」
「分かった」
「おっけーぃ」
試合が始まる前にとりあえずそれだけ告げて、軽く杖を回して床を叩く。
先生の試合開始の号令で一気に風を起こし、ゲッと声を出したリムレに笑顔を向けた。
本当は試合開始から終わりまでやりたかったのにセルちゃんたちが待機時間に遊び始めた結果試合が始まりすらしませんでした。
緩い日常を書くのが好きなのでたまにある。たまにあるけど普通に困る。




