240,慣れと諦め
授業が終わり放課後になったことを知らせる鐘が鳴る。
グーっと身体を伸ばして、さてこの後どうしようかとぼんやり考える。
図書館にでも行こうかな。復習は夜にやるからとりあえずお茶でも飲んでー……
なんて、考えていたら頭の上に本が乗せられた。
リオンがこっちに来ようとしていたのに踵を返しているし、これヴィレイ先生だなぁ。
本を回収して振り返ると、ヴィレイ先生は何故か一歩引いた位置に立っていた。
「暇か、セルリア」
「はい。まあ暇です。掃除ですか?」
「ああ」
荷物を纏めて杖を持ち、先に教室の外に出ているヴィレイ先生を追いかける。
……今気付いたけどヴィレイ先生、今日服装がいつもとちょっと違う?
なんかちょっといつもより袖がひらひらな気がするのは気のせいだろうか。
「なんだ?」
「先生の今日の服、なんかいつもよりヒラヒラですね」
「よく気付くな……」
「あ、やっぱりヒラヒラだったんだ」
「いつもより布が薄いだけだ。特に意味はない」
先生が言うなら、本当に意味はないのだろう。
普段着てるのが全部洗濯中だったとかかな。今日は特別暑いわけでもないし。
というかその服、布の厚さの違いとかあるんだ。
先生の服は季節とか関係ないなぁと思っていたんだけど、もしかして分かりにくいだけだったりするのだろうか。
なんて考えている間に魔術準備室に到着したので一旦考えるのはやめておく。
「……前に掃除したの、いつでしたっけ」
「一週間と少し前だな」
「なんでこんなに散らかってんですか……!」
目を逸らさないでください。
ため息を吐いても慣れた様子で無視されるので、諦めて準備室の中に入る。
慣れるくらいため息吐かれてるって言う事実からも目を逸らすんですね、はい。
「休日は冒険者活動をしていたのか」
「はい。……帰り遅かったの怒られたりしますか?」
「今更叱らん。門限までには戻っているのだから問題ない」
良かった。冒険者活動について何か言われることって実はそんなにないから、帰りがギリギリだったのを怒られるのかとちょっとひやひやしていたのだ。
ならなんで話題に出したんだろう。普段はこっちが出すまで聞いたりしないのに。
「校内で魔法を使わないよう遠慮している分の発散にでも行ったのかと思ってな」
「ものすごく正確に把握されてる……」
「魔力暴走の件はもう落ち着いた。気にしなくていい」
「分かりました。ならまた飛んだり遊んだりします」
「ああ」
ヴィレイ先生は意外と、というと失礼かもしれないけど、意外と生徒の事をよく見ている。
ソミュールが寝ていた授業の補完をしている時とか、どこからともなくプリント持ってやってきたりするんだよね。
「後輩に魔法を教えるのにも支障が出るだろう」
「そうですね。わざわざ学校の外でやるのもなぁって思ってたんです」
アリアナは賢い子なので現状もちゃんと理解して、しばらくは演唱を覚えることに専念すると言っていた。
ヴィレイ先生から許可も貰えたし、そろそろ声をかけて練習を再開しよう。
考えながら棚の前に積まれた書類の山を退かす。
ここにスペースがあるのが悪いんだよね。この部分削っちゃえばここに物を乗せられなくなるから棚が常に使えると思うんだ。
「削りてぇ……」
「やめろ」
「流石に実行はしませんよ」
声に出ていたらしい。
というか先生、よく今の一言で理解出来ましたね。
もしかして先生もこの部分が原因だって分かってるのでは?それならもう削るしかないのでは?
「……あ、先生。なんか私が見ない方が良さそうな書類が」
「どれだ?……ああ、これか」
知らない内容だったので見ないようにヴィレイ先生に渡す。
そのままどこかに仕舞われたので、予想通り見ない方がいい物だったのだろう。
……そんなの放置しておかないでほしいけどね?というか適当に置いたらまたどこ行ったか分かんなくなりますよ?
「明日にでも知らせる内容だ」
「そうなんですか」
見られてもあまり困りはしない、という事らしい。
だとしても放置はどうかと思う。……もしかして、放置してたというよりどこに行ったのか分からなくなってた感じ?
ありそう。かなり下の方に埋まってたし。
この部屋に置かれてるものの半分は先生が放置して存在を忘れたものだからなぁ。
ほらまた忘れられてそうな謎の石が出てきた。
「先生これなんですか?」
「……ああ、そこにあったのか」
「やっぱり忘れられてた……」
回収された石を目で追い、そのままその場に置かれたのを見てため息を吐く。
そうやって手元に適当に置くから見失うんですよ。
置く場所決めればいいのに。そこに置くのも面倒だって言って手元に置くんだろうね。
「先生本読むのやめてください」
「……ん」
時々先生が本を読もうとしているのを止めて、どうにか日が暮れる前に魔術準備室の掃除を終えた。
今日もどうにか掃除が終わった。
……またすぐに散らかるんだろうけども。
「助かった」
「この状態をなるべく保ってくださいね」
「努力はする」
その返事は「いいえ」の意だって姉さまが言っていた。
つまりまたすぐに散らかるんだろう。……いや、姉さまの謎認識である可能性もまだ残ってる。
今後はこの状態が保たれるって希望を抱いておこう。
物は棚に戻してくださいね、ともう一言告げてから準備室を出て部屋に向かうことにした。
夕食の時間までまだ少しあるから、部屋で今日の授業で配られたものを整理しよう。
それが終わる頃には食堂に向かっていい時間になるだろう。
廊下を歩いている時に何やら元気のいい声が聞こえてきて窓の外を覗いたりしながら、特に何事もなく部屋に戻って予定通り荷物の整理を終えた。
思ったより早く終わったのでちょっと時間が余ったくらいだ。
まあ、本でも読んでいればすぐに夕食になるだろう。




