232,後輩と暇人
一日の日程が全て終わり、大体の人が研究室に向かっただろう放課後の廊下を一人のんびりと歩く。
今日は最後が選択授業だったからリオン達がどこに行ったのかは知らないんだよね。
まあ、向こうが暇でも私は今日用事があるから別行動は確定なんだけども。
のんびり歩いてやってきたのは、普段から遊んでいる林の手前。
既に来ていた後輩は後ろを向いていたけれど、魔力で気付いたのか足音で気付いたのか勢いよくこちらを振り返った。
ふわりと広がるライトベージュの髪を眺めながらゆるゆると手を振る。
駈け寄ってきたアリアナの髪を乱さないように軽く撫で、可愛いなぁと内心で呟いた。
飛行魔法を教え始めてまだそれほど時間も経っていないのでやっていることは魔力操作と演唱暗記だけなのだが、アリアナは非常に素直にその指示に従っている。
「お疲れ様です、セルリア先輩」
「おつかれ。授業どうだった?」
「寝ている怠惰な人が目立ちます」
「まあ、どの学年でもそんなもんか」
「わざわざ学びに来た場で寝るなんて、何を考えているんでしょうか」
「そういう人が実技強かったりするからねぇ」
「……むぅ」
押し黙ったあたり、心当たりがあるのだろう。
こっちだとリオンが代表例だけど、まあ褒められたことじゃないので真面目に受けてるアリアナは偉いねぇと頭を撫でておいた。
当然のことです、と言ってはいるけど嬉しそうに頬を赤らめている。
ああ、可愛い。これが後輩というものか。
イザールは撫でさせてくれないからなぁ、余計にアリアナが可愛く見える。
「じゃあ木箱の操作から始めようか?」
「はいっ」
元気のいい返事を聞いて、カバンの中から手のひらサイズの木箱を取り出す。
私が昔から練習に使っている物で、中に重石を入れて負荷をかけたりも出来るお気に入りの箱だ。
それを地面に置いて、グルリと円を描いて木箱を囲む。少し離れたところにも円を描いて準備はおしまいだ。
アリアナは非常に真面目で、私がまとめて渡した飛行魔法の演唱一覧も既にあらかた覚えてしまったらしい。
その中から発動する物を探す、と言っても飛行魔法は基本的に中位以上が多いからまず対応する属性をそこまで鍛えないといけないんだよね。
「……操作は大分安定してきたかな。一人でも練習してた?」
「はい。無属性での扱いはかなり慣れてきたと思います」
アリアナの属性は氷らしいのだけれど、彼女が私の使う風魔法を使いたいと言っていたのでまずは風からやっていく方向で話が纏まっている。
無属性でここまで木箱が動くなら、風でもある程度出来るだろう。
「アリアナは風魔法、どのくらいまで使える?」
「初級は全て扱えます。それ以上だと……ガストシャードは発動します。あまり強くはありませんが」
「じゃあ、魔力操作も続けるけどちょっとずつ扱える魔法増やしていこうか」
「分かりました」
カバンの中から私が昔使っていた風魔法の教本を取り出してアリアナに渡す。
このあたりから、と示したところを素直に読み始めたアリアナの頭を撫で、私は私で適当に魔力を練ることにした。
なににしようかなー、風はアリアナの邪魔になるだろうから他の属性がいいんだけど……
左手に持った杖をくるりと回して、練った魔力は音に染め上げた。
今後の冒険者活動で使う機会も多くなるだろうし、練習していて損はないはずだ。
私が今使っている音魔法は私の声を向こうに届けるだけなので、会話が出来る上位版を練習することにした。
作り上げてしまえば、風に乗せて運べはするはずなので相性は悪くない。
右手の上で魔力を操作しながらゆったりと演唱を行っていたら、アリアナがキラキラした目でこっちを見ていた。
無事に完成した魔法を霧散させて近付くと、ハッとして本で顔を隠す。
「どうしたの?」
「いえ……セルリア先輩は、やはり凄いな、と思って……」
照れたように言う姿に思わず抱きしめつつ頭を撫でてしまった。
可愛い……後輩が可愛い……もうこれはヴィレイ先生に相談するレベルの可愛さだ。
何の話だって呆れた顔をされる気しかしないけど、自慢もしたいから今度話そう。
とりあえずお互い練習を再開しようか、と促す。
もうね、可愛すぎてこのまま愛で続けてしまいそうだから自主的に離れないといけない。
この可愛さは姉さまに会わせたら姉さまも暴走する可愛さだ。ミーファとはまた違ったタイプ。
「あ、居た。セルー」
「……ん?リオン?どうしたの」
「ヴィレイせんせーがこれお前に渡しとけって。何してんだ?」
「後輩を愛でてる」
もう一回魔力を練ろうかと思ったら、建物の方からリオンの声がした。
今日は研究室に行ってるものだと思っていたけどそうでもなかったのかな。
話しながらプリントを受け取って、内容をざっと読む。
何のことはない授業のプリントだったので先生がうっかり渡し忘れたんだろう。
リオンにお礼を言って、プリントはカバンに入れておく。
部屋に戻ったらもう一回ちゃんと確認しよう。
「リオン今日研究室行かないの?」
「行ってたけどやることなさ過ぎて解散になった」
「どんだけよ……」
普段はお茶飲みながらしゃべってたり何かしらで遊んでいたりすると聞いていたけど、今日は全員揃って何も思いつかなかったらしい。
なので解散になり、私が林の前で遊んでいるだろうとあたりを付けて向かっていたらヴィレイ先生に届け物を託された、と。
「私の行動予測が無駄に正確」
「お前大体同じところいるだろ」
「まあ、確かに?」
部屋かここか図書館だもんなぁ……あとは魔術準備室。
今更行動範囲を増やす気もないのでどうもしないけど、確かに大体同じところにいる。
たまーにD魔道具とかに遊びに行ってることがあるけど、月一か二かくらいだからなぁ……
「そんなわけで混ぜてくれ」
「今日は後輩が優先です。大人しく勉強でもしてなよ」
「一人でやったら寝るぞ……」
「じゃあ魔視の継続時間伸ばしがてら見学してな」
「おー、そうするわ」
リオンは意外と寂しがりだから一人になるよりはのんびり眺める方を選んだみたいだ。
アリシアもそんなに気にしていないようなので、私たちはこのまま特訓を再開する。
私が音魔法を使っているのが珍しいのか、リオンがこっちをものすごく見てくるけどそれはとりあえず無視だ。
最終的にはアリシアと一緒に軽く空中散歩をしていたらリオンが羨ましがって寄ってきたのでリオンも飛ばし、楽しくなってきて他の飛行魔法を見せたりもした。
実は私、背中に翼を生やせるんだよね。出来る、ってだけだから普段はやらないけど、見せるって意味ではこれが一番だろうという思考に違わず二人とも凄くテンションが上がっていた。




