231,いつも通りの朝
クエスト完了報告を終えて、夕方まで街をウロウロしたのち学校に戻って食堂で夕飯を食べて解散になった。
グーっと身体を伸ばしつつ湯浴みして早く寝よーっと考えていると曲がり角から人が現れた。
「おあぁ」
「ん、セルリアか」
「あ、ヴィレイ先生」
出てきた人にぶつかってよろけ、たたらを踏んだ。
ぶつかるまで全然気付けなかった。流石に疲れが出たかな?
倒れる前にヴィレイ先生に腕を掴んで止めてくれたので転ぶことはなかった。
「大丈夫か」
「はい、ありがとうございます」
「疲れているなら早く休め」
「はーい。……そういえば先生、ギーバとウサギの混合の群れの報告書とか持ってたりしませんか?」
「持ってはいない。興味があるのか?」
「ギーバの討伐に行ってきたので、ちょっと」
「なら図書館で探せ。レースならば知っているだろう」
「分かりました」
長い袖をゆるゆると振って去って行ったヴィレイ先生にお辞儀をして、今度こそ部屋に戻る。
部屋に入って荷物を置き、杖も置いて服を脱ぎ捨てお湯を浴びる。
あぁぁぁ……と緩い声が漏れる。疲れが取れていく気がするよね、うん。
欠伸を零しつつシャワーを止めて、着替えの横に置いてあったタスクを一振り。
身体の水気を吹き飛ばして、服を着て髪をのんびり乾かしていく。
あんまり一気にやると絡まるから、ゆっくりぬるめの風で乾かすのがコツ。
「ふあ……あぁぁ」
乾かし終えたところでベッドに倒れ込み、欠伸を噛み殺すことなく零しきって掛け布団の中に潜り込んだ。
明かりを消してしまえばもう妨げるものは何もなく、すぐに夢の中に落ちていった。
ぼんやりと浮上した意識が目を開かせ、見慣れた天井が視界に入ってきた。
身体を横に向けてベッドサイドにいつも通りかけてある時計を手に取ると、いつも通りの点灯時間が示されている。
ふあふあと欠伸を零しながら髪を手櫛で梳かし、ベッドを降りて制服に着替える。
今日はハーフアップでいいだろう。一応髪紐を荷物に入れておけば纏めることは出来るわけだし。
考えながら髪を纏めて、荷物と杖を持って食堂に向かう。
リオンは昨日の件くらいじゃそう疲れていないだろうけど、ロイとシャムは大丈夫だろうか。
全く問題なくクエストは完了したけど、精神的な疲労はまた別の問題だからね。
それに戦闘職と違って研究職は大体ずっと座学だし余計に疲れそうだ。
「先輩」
「わあ、イザールだ。おはよう、どうしたの?」
「制服後ろよれてるよ。触っていい?」
「いいよー」
「……はい、直った」
「ありがとう。イザール意外と朝早いんだね」
「まあねー。じゃ、俺はこれで」
後ろから急に声をかけられて、何かと思って振り返ったらご機嫌に尻尾を上げたイザールが立っていた。
最近会わないなぁと思っていたけどこんなところで出くわすとは。
食堂の中に消えていったイザールの背中を見送って、私も食堂に入る。
トレイを手に取った時点で既にイザールは見えなくなっていた。
急に現れるしすぐに姿くらますし、付き合いもそれなりに長くなってきたけどやっぱりよく分からない後輩だ。
なんて、考えながら朝食を選んで席に着く。
パンを千切って中の果実感に頬を緩ませていたら向かい側にロイが来た。
食堂に入る前にイザールと喋ったりしていたからいつもより合流が早い気がする。
「おはようセルリア」
「おはよう、ロイ。昨日はよく眠れた?」
「うん、大丈夫だよ。僕は一応休みの間も活動してたからね」
「言われてみれば確かに」
それでも指揮官役をしっかりやるのは初めてらしいし、疲れはしただろうけど。
まあ、ロイは不調を隠して無理するタイプでもないだろうから本人が言うなら大丈夫なんだろう。
大丈夫ならいいかー、と雑に会話を次の話題に持っていく。
そうこうしている間にシャムもやってきて眠そうに私の横に座った。
こっちはただ眠いのか昨日の影響があるのかが分からないのが難点だな。
起きてきてるし顔色が悪いわけでもないから大丈夫か。
「……シャム、寝てる?」
「んぅ……」
「寝てるね」
「寝てるねー。起きてー、お茶落ちるよー?」
お茶を持ってはいるけれど椅子に座ったからか再びうつらうつらし始めたシャムのお茶を軽く風で浮かせておく。
とりあえずこれで落とすことはなくなったので、早く朝食を食べきってしまおう。
「今日はパンをもって来てすらいない」
「この調子じゃ持ってきても食べれなかっただろうしね」
「賢明な判断かぁ」
ロイと話しながらシャムを観察し、パンを飲み込みながら起こしにかかる。
どうにか起こしてお茶を飲み始めたのを確かめて、懐から懐中時計を取り出した。
まだ余裕はあるけど、リオンは起きてこなさそうだ。
時間を見つつシャムがお茶を落とさないように風を起こしている間に移動した方がいい時間になったので、二人と別れて食器を返して教室に向かう。
今日は気分じゃなかったのでリオン用のパンは持ってこなかった。
「あ、おはようミーファ」
「おはようセルちゃん、ありがとう」
廊下でソミュールを運んでいるミーファを見つけて運搬を手伝い、教室に入ってソミュールの頭が落ちないように調整する。
……よし、ソミュールが起きる様子もないしこれで完璧だ。
「セルちゃんたちは昨日クエストに出てたんだよね?」
「うん。ギーバ討伐に行ってたよ」
「……ギーバかぁ……」
「どうかした?」
「実は、昔囲まれたことがあるんだ」
「え、大丈夫だったの!?」
「うん。よく分からないんだけど、襲われたりとかはしなかったの」
なんでだろう、と呟くミーファの頭を撫でながら、昨日冗談半分で言っていた「ミーファがギーバのボス扱いされたりするんじゃないか」という話がもしかしたら実現するんじゃないかという片鱗を感じで言葉に困る。
……シャムたち、話したら絶対興味持つよなぁ。
でもそれでミーファが取り囲まれたりするのは避けたいし、どうしようか。
とりあえずミーファに昨日話していたことを伝えてみようかな、と考えて頭を撫でる手は止めずに口を開いた。




