23,今は兄でも家では姉
朝早くに起きだして支度をして、制服ではなく私服で部屋を出る。
杖を緩々回しながら校門を目指す。
まだ誰もいないそこでぼんやりと時間を潰していると、しばらくしてロイが歩いてきた。
「おはよう」
「おはよ。ロイは早いね」
「セルリアの方が早かったじゃん」
横に並んだロイと適当に話しながら杖を回す。
ぶつけない様に場所を確認しながらクルクル回していると、ロイが急に身を乗り出してきた。
「……びっくりした」
「あ、ごめん。器用に回すなって思って」
「んー……皆こんなじゃない?」
「そうなの?魔法使いって皆杖回すんだ」
「私の知り合いはほとんど回すよ」
杖の動きで魔法の方向性を決める人もいるくらいだ。
杖を振り回すのは魔法使いの基本。と言い切ると流石に怒られるかもしれないけども。
なんてことを話しながら時間を潰し、途中で合流したらしい二人が歩いてくるのを見つけた。
「おはよー」
「おはよう。思ったより早かった」
「俺が行くって言ったからな。流石にどうにか起きるわ」
合流してそのまま門を出て、まずは私の目的地に向かうことになった。
リオンの用事はそれなりに時間がかかるので、他の用事はさっさと終わらせてしまおう。
「セルリアは目的のお店決まってるの?」
「うん。いつも行く店があるから」
言いながら、ふと気が付いた。
一旦止まってカバンを漁り、中から手帳を取り出した。
日付を確認して、何事かと覗き込んでくる三人に勢いよく顔を上げる。
「ごめん、ちょっと先に行くところが出来た!おいてっていいよ!」
「え、セルちゃん!?」
「付いて行かない方がいい?」
「どっちでもいい!行ってくる!」
言うが早いか走りだし、追いかけてくる気配に心の中で謝りつつ速度を上げる。
向かう先は大通り。この時間なら正門から入ってすぐのあたりにいるはずだ。
人ごみを避けて進み、目的の場所を見つけてさらに速度を上げた。
「コガネ兄さん!」
「ん、セルリア」
人力の荷台に足を投げ出すように座って手元の紙に何かを書き込んでいた純白の髪をした青年が、私に気付いて顔を上げた。
長いまつ毛に縁どられた金色の目が笑みの形に変わり、ペンから手を放して鈴を取り、ゆったりと鳴らした。
鈴の音が響くと同時に人力車は止まり、追いついた勢いのまま荷台に乗る。
飛びつくとそっと抱きしめられて、髪を撫でられ、その感覚に笑みが零れた。
「久しぶりだな」
「うん、久しぶり」
「よお」
「トマリ兄さんも久しぶり」
荷台を引いていた男性も小窓から顔を出していて、にいっと笑ったその顔ににっと笑い返す。
この人力車は移動型の薬屋であり、私の実家である「薬屋・リコリス」の看板を掛けた出張販売所になっている。
この国、フォーンがある第四大陸には他に二つの国があるのだが、その二つも含めて第四大陸の三つの国に定期的に店を出しているのだ。
ふと思い立って確認してみたら、今日はフォーンに来る日だったので会えるかもと思ったが正解だったようだ。
「なんかあったか?」
「ううん、会いたかったから」
「そうか。主も会いたがってるぞ」
「姉さまに会ったら甘えそうだからまだ……」
頭を撫でる手に甘えていたらゆっくりと荷台が動き出した。
このまま乗って行ってしまっていいだろうか。
何も言われないので良いのだろう。もう少ししたら降りないといけないな、なんて思いつつ手紙にも書いたあれこれを話す。
終始楽しそうに話を聞いてくれていたコガネ兄さんにひとしきりしたかった話をして、ついでだから持っていけと薬を少しだけ渡された。
お礼を言ってふと振り返ると追ってきてくれたらしい三人が居るのが見えた。
「そろそろ行くね」
「ああ。いつでも帰ってきていいからな」
「そう簡単には逃げないです」
「だろうな」
「セル、こっちにも顔出せ」
荷台を降りて前に回り込むと、急な浮遊感に襲われた。
が、これにはそれなりに慣れている。
目の前に現れた陰に捕まろうと手を伸ばすと、頭の上から笑い声が聞こえてきた。
浮遊感が終わって代わりに安定感がやってくる。
足を抱えるように、腕の上に座らせるように抱え込まれたこの体勢は、私が小さいころからずっとやっている体勢だ。
「驚かねえのかよ」
「流石に慣れるよ」
「そうか。楽しくやってるみてぇだな」
「うん。楽しいよ」
雑に頭を撫でられて地面に降ろされる。
乱れた髪を手櫛で直しながら手を振ると、そのまま置いてきてしまった三人の元へ向かう。
髪留めも直したところで合流し、シャムに肩をパシパシと叩かれた。
「急に走るからびっくりしたよ」
「ごめんねー」
「さっきの人たちは?」
「兄だよ。今日来てるの知ってたから」
へえ、と声を上げたシャムが去って行く出店に目を向けて、じっと目を凝らした。
薬屋・リコリスとちゃんと看板も付いているのだが、この距離から見えるものだろうか。
「とりあえず、お買い物!」
「そうだね。セルリアの買い物から行こう」
「うん、ごめんね」
今回はまあ、急に走り出した私が悪いので謝りつつ付いていくことにする。
と言っても、今から行く場所は私のお気に入りの店で少し入り組んだ場所にあるので、先頭に立つのは私なのだが。
「……さっきの、お店だよね?最上位薬師様の薬売ってるの?」
「そうだよ。銘打ってはいないけど」
そんな話をしながら進み、店に入ると会話が途切れてシャムが歓声を上げた。




