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学び舎の緑風  作者: 瓶覗
228/477

228,片付けに疑問を抱かなくなってしまった

 授業が終わり、ぐっと伸びをして人がはけるのを待つ。

 ぼんやりと出入り口の方を見ていたら頭の上に本を乗せられた。

 手に取ってみると、乗せられた本は一年生の魔法授業の教科書だった。


「……あれ、なんかちょっと変わりました?」

「学生が使っている物の元になった物だからな」

「なるほど、それで表紙がちょっと違うんですか」

「暇か、セルリア」

「暇ですよー」


 振り返らずに思った事を口にすれば先生は律儀に理由を教えてくれた。

 今日は多分掃除だろうなぁと思いつつ振り返り、教科書を返して杖を持って歩き始めたヴィレイ先生を追いかける。


「後輩に魔法を教えているらしいな」

「いくら何でも話が伝わるの早すぎませんか?」


 アリアナと話したのは昨日なのに、先生はもう知っていたらしい。

 しかも後輩と仲良くなった、ではなく後輩に魔法を教えている、としっかり認識されているし。

 やっぱり何かしら学校内の情報を収集する魔法か魔術かあるんだろうな。


「お前は他者との交流は最低限にする類かと思っていたが」

「人見知りなだけです。最低限にしようとするなら放課後に先生の片付け手伝ったりしませんよ」

「だろうな」

「分かってて言ったんですか……」


 もしかしてヴィレイ先生なりの冗談だったりするのだろうか。

 分かりにくいなぁ……もうちょっと表情筋を働かせてほしい。

 姉さまくらい、とは言わないから、せめてトマリ兄さんくらい。


 トマリ兄さんは意外と表情が動くし、冗談とかを言う時は分かりやすく笑ってるからね。

 ちなみにウラハねえが意外と分かりにくかったりする。

 大体全部あらあらで笑って済ませちゃうからね、ウラハねえ。


「何故後輩に魔法を教えることにした?」

「え、頼まれたので?」

「……そうか」

「飛行魔法を扱いたいらしくて、私が飛んでるところを見たらしいです」

「なるほどな」


 話しながら魔術準備室に入り、混沌としている部屋の様子にため息を吐く。

 まだ一年生が入学してそんなに経っていないから先生も忙しいんだろう。新しい授業も始まったわけだしね。そういうことにしておこう。


「……はぁ」

「まだマシな方だ」

「開き直らないでください」


 なんでそんなに堂々としているのか。

 なんて、文句を言っても仕方ないのでさっさと片付けに取り掛かろう。

 ロングステッキは部屋の端に立てかけて、リングに魔力を通して風を起こす。


 手の甲の上に風で浮かせた本を乗せて作業を続けるのももう慣れたものだ。

 まことに遺憾ながら、ここの掃除で小さな魔力の操作がかなり上達している。

 リングでの魔法の扱いも随分上手になったしなぁ、やっぱり必要に駆られて使っていると上達も早い気がするよね。


 あんまり嬉しくない上達の仕方だったとはいえ、まあ上達するのはいい事だ。

 リングでの魔法行使は今年の課題にするつもりだし。

 なんて考えながらせっせと荷物を退けて開かなかった棚を開放する。


「レイピアの授業はどうだ」

「楽しいです。けど、レイピアって受ける人あんまり居ないんですね」

「メインの武器にはしづらいだろうからな」


 レイピアによる刺突では決定力に欠けるので武器として選ぶ人はあまり居ない。

 そもそも人と戦うよりも魔獣とか魔物とかと戦う方が圧倒的に多いのだから突くより切る方が主流になるのは当然だ。だって突いても決定打にならないし。


 まあ、ものすごく強いレイピア使いの冒険者とかもいるけど、ああいう人は別枠だ。

 細く折れやすいレイピアで分厚く斬撃も魔法も弾く魔獣の皮を貫いて心臓に穴開けて倒す、とかいう意味の分からなさ。


 魔獣の皮についた傷がレイピアの穴だけだから素材屋にでもなろうかなぁなんて言っていたあの人は本当に自分の実力を分かっていたのだろうか。

 ……最近会ってないけど、元気かなぁ、この前クリソベリルの拠点に行ったときには遠征中で居なかったんだよなぁ。


「どうした」

「レイピアの達人な知り合いに思いを馳せていました」

「冒険者か?」

「クリソベリルの人です」


 私がレイピアをサブに選んだことは他の人から聞くだろうし、今度会ったら構ってくれるだろうか。

 ……構ってくれるだろうなぁ。魔法しかしてなかった時から構ってくれてたんだから。

 またそのうちガルダにも行くだろうし、拠点にも顔を出してみよう。


「先生、これどこに置きますか?」

「すぐに使う。机にでも乗せておけ」

「はーい」


 見覚えのない物を発見してはヴィレイ先生に声をかけ、時々本を開いて手を止めるヴィレイ先生に声をかけて手を動かさせ、どうにかこうにか掃除が終わったのは夕飯の三十分前だった。

 この時期はやっぱり新しく増えるものが多いので、私が場所を知っていて勝手に戻せる時期に比べると時間がかかってしまう。


「助かった」

「それは何よりです」

「少し待っていろ」


 言いつつ、先生は今しがた片付けた机で何かを探すように物を動かしている。

 何か見えづらい所にでも置いちゃっただろうか。

 流石に今日の分くらいは覚えているので言ってくれれば探してくるが。


「駄賃だ」

「え、なんですか?」


 目的の物を発見したらしいヴィレイ先生は、それをこっちに渡してきた。

 普段は相当面倒な作業のお手伝いくらいでしかお駄賃なんて渡してこないのに、どうしたのだろう。

 まあ貰えるものは有難く、と渡されたものを確認する。


 何かのメモのようだ、と思って開いてみると魔法の名前と本の名前が書かれている。

 ……これって、もしかして飛行魔法の演唱が乗っている本のタイトルだろうか。

 色んな本に散らばっている物を纏めてある物……で間違いなさそうだ。


「別件で使ったものだが、用は済んだ。必要なら持っていけ」

「有難く貰っていきます。ありがとうございます」


 探さないとなぁと思っていたし、これがあれば一日で書き写しが終わりそうだ。

 明日は図書館かなぁなんて思いながら杖を回収して魔術準備室を後にする。

 一回荷物を置きに部屋に戻ればちょうど夕飯の時間になりそうかな?


 やる事を脳内で並べながら廊下を進み、荷物を置いてヴィレイ先生に貰ったメモが飛んでいかないように本を上に乗せて机に置いておく。

 そんなことをしている間に鐘が鳴ったので食堂に向かう。道中でリオンに会って合流し、今年始まった授業の話なんかをしながらの夕食になった。


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