211,姉さまの暮らした国
馬に乗って大陸を駆ける。風を切って進む感覚はとても楽しい。
正直魔法で飛んだ方が速いわけだけど、それだと疲れるからね。
それに馬での長距離移動に慣れておいた方がいい、というウラハねえの言葉もある。
そんなわけで馬で駆けているわけだけれど、もちろん意味もなく走っているわけではない。
姉さまの薬の作り置きも完了したから、第三大陸はガルダに向かっているところなのだ。
昨日はキマイラでレヨンさんの家に泊まり、今日中にはガルダに入国する。
そろそろ道も半ばに差し掛かっている頃だろう。流石にちょっと疲れてきた。
これは確かに慣れておくべきだなぁ。授業ではこんなに長く乗っていられないし。
……そういえば来年って乗馬の授業どうなるんだろう。何か変わったりするのだろうか。
「おいセル、集中途切れてんぞ」
「うわ、びっくりした。やめてよトマリ兄さん」
「ほら前見ろ」
「兄さんが急に出てくるからじゃん……」
確かに集中は途切れていたけれど、それでもわざわざ私の後ろに出てくる必要はないと思うんだ。
というか姉さまとコガネ兄さんの方に居ると思ってたんだけど、私の方に居たんだ……
まあこのくらいの距離ならちょっと移動してくればいいだけか。
ともかく前を向き直して斜め前を進むコガネ兄さんについて行く。
姉さまはいつも通り兄さんの前に乗って流れる景色を楽しんでいるみたいだ。
ちなみに私の乗っている馬の頭には小鳥状態のサクラお姉ちゃんが乗っていたりする。
ついて行く人を決める時にモエギお兄ちゃんとじゃんけんして、勝ったからサクラお姉ちゃんがついて来ている。
最初は姉さまたちの方に居たんだけれど、セルちゃんが手綱握る馬には乗ったことない!と急にこっちに来たのだ。
まあ、邪魔にもならないし全然いいんだけども。
なんかご機嫌で歌ってるなぁ、くらい。小鳥の歌、可愛いね。
何か明確に決まったものを歌っているわけじゃないみたいだけど、時々知っているメロディーが混ざるのでそこだけ一緒に歌ったりしてる。
「そろそろ灯棒見えてくるかなー」
「まだじゃないか?」
「もうちょい進めば見えんぞ」
「よーし、頑張るぞー!」
「ピィ!」
ガルダの外壁が見えるところまでくれば、やる気はちょっとだけ盛り返す。
トマリ兄さんは先に行ったのか、試しに呼んでみても出てこなかった。
サクラお姉ちゃんも少ししてから先に飛び立ち、コガネ兄さんがそれを見てため息を吐く。
そんなことをしている間にガルダの外壁が小さく見える位置まで来て、兄さんに促されて少しだけ速度を上げる。
ガルダに居る間にやる事はそれなりにあるからちょっとでも早く着きたいんだそうだ。
姉さまの用事もかなりあるけれど、私も結構やる事あるからね。
とりあえず一番は杖の調整だ。点検自体もここまで来るのは久しぶりだからしっかりやってもらった方がいいだろうし時間かかりそうなんだよね。
あとは、いつだったかにヴィレイ先生に貰った炎の魔石を持ってきているからそれの加工もお願いしたい。クリソベリルの方にも顔を出そうという話になっているので本当に予定が詰まっている。
「主、もう着くぞ」
「はーい」
姉さまがフードを被ったのを確認して、コガネ兄さんの後に続いて門を潜りガルダ国内に足を踏み入れた。
来るの久しぶりだなぁ。相変わらず平和そうな国だ。
「馬は俺が返してくる。先に行ってろ」
「はーい。サクラ」
「ピィ!」
「よし。いこっかセルちゃん」
「うん」
広場で馬を降りたところで後ろからトマリ兄さんに声を掛けられ、コガネ兄さんと姉さまが乗っていた馬も連れて歩いていったトマリ兄さんを見送って慣れたように歩き出す姉さまの後を追う。
大通りを一本裏に入り、そこに看板を出している店の扉を押し開ける。
ここが姉さまが独立前に住んでいた薬屋、エキナセアだ。
姉さまの師匠であるヒエン・ウィーリア・ハーブさんが住んでいる。
何かと文句を言っている相手ではあるけれど仲は良いし、本人が是非にというので毎度泊めてもらっているのだ。
「いらっしゃーい。セルリアちゃんは久しぶりね」
「こんにちは、ヒエンさん」
「ヒエンさんまたお店サボってたんですか?」
「今日はサボってないよ。二階片付けてあるから先に荷物置いていらっしゃい」
このエキナセアにはもう一人住人が居るはずだけれど……今日は居ないのかな。
あの人も色々やっているからたまたま居ない時に来てしまったのだろうか。
ちょっと話したかったのだけれど、まあ仕方ないので諦めよう。
考えつつ、案内された部屋に荷物を置いてぐるりと肩を回す。
姉さまはエキナセアで暮らしていた時に使っていた部屋を使うから、と客間は一人で使わせてもらうことになった。
コガネ兄さんとサクラお姉ちゃんはガルダに来ている間は寝る時に動物に戻るらしく、姉さまと同じ部屋で寝泊まりしている。
トマリ兄さんはどこで寝るんだろう、というか寝るのかな。
気にはなるけどわざわざ今聞く事でもないか。
考えながら荷物整理を終わらせて、杖を持って一階に降りる。
姉さまは既に整理を終わらせていたようで、リビングでヒエンさんと何か話していた。
寄って行くと椅子を勧められたので素直に腰を下ろし、出されたお茶に口を付ける。
美味しー。ヒエンさんもお茶淹れるの上手なんだよなあ。
やっぱりコツとかあるのかな。なんて考えている間に姉さまたちの話は纏まったようだ。
「セルリアちゃんは先に杖の調整かしら?」
「そうですね」
「トマリと一緒に行っておいで。サクラとコガネはこっちを手伝ってー」
「はーい」
「おう、行くか」
まだ日が落ちるまでには時間があるので先に職人さんのところに行くことになった。
コガネ姉さんとサクラお姉ちゃんは姉さまの手伝い……らしいけど、何かすることあるのかな。
薬師としてのことなのか、それとも夕飯の支度とかそのあたりのことなのか。
……まあいいや。お店の場所はちゃんと覚えているし、トマリ兄さんが珍しく影に入らず横を歩いているので心配事はない。
一つ心配なことがあるとすれば、杖で殴りかかる私の行動がバレて怒られないかどうかくらいだ。
殴っても大丈夫なくらい丈夫な杖ではあるけれど、それでもこれは魔法を使うためのものでありそれ自体で殴るための鈍器ではないのだ、と前にちょっと怒られた記憶がある。
まあ、それでも殴り続けているわけだけれど。だって楽だし。割と有効だし。
「セル、前見て歩け」
「はーい」
ボーっとしながら杖をクルクル回していたら、トマリ兄さんに頭を掴まれた。
私は慣れてるからいいけど、びっくりするし普通に怖いから他の人にはやらない方がいいよ、それ。




