206,突然のお誘い
書庫にいる間は不敬だとかなんだとか、普段考えている事をまるっと忘れてしまう。
だってもう、目の前に気になる本が山のように置かれてるんだからそれ以外に意識を向けろって方が無茶だよね。
いいんだよ、サフィニア様もカーネリア様も微笑ましそうな視線を向けてきてるし、他に誰が見てるわけじゃないし。
そもそももう何年も無遠慮に書庫を散策しているんだから今更だしね。
……ところで、前から思ってたんだけどこの書庫の本棚大きいですね?
魔法で飛んで取るとか本を浮かせて手元に持ってくるとかが出来るならこのくらいの大きさでも何の問題もないんだけど、この国の中でこの大きさは中々扱いにくいのでは?
「どれ?」
「あ、えっと、あれです。赤い背表紙の」
「……はい」
「ありがとうございます」
届かないなぁ、どうしようかなぁ、と置いてきた杖を探して手を彷徨わせていたら、それに気づいたらしいサフィニア様が横に居た。
どこかにあるだろう踏み台を探し始めるより先に取ってもらってしまったので、私はまたこの書庫の踏み台の位置を認識し損ねた。
「そういえば、セルリアは卒業後アオイさんの所に戻るの?」
「んー……どうでしょう。一旦帰ったりはするかもしれないですけど、たぶん家を出て何かしてると思いますよ」
「そうか……実を言うと、昔からずっとセルリアを誘いたかったんだ」
「何にですか?」
「フォーンの王城に来る気はない?」
言葉の意味を計りかねて、サフィニア様を見上げると彼はいつも通り微笑んでいた。
今みたいに遊びに、って意味ではないんだろう。
そうなると、これはもしかして、城勤めのお誘い……なんだろうか。
「この城にも、魔法使いは居るんだ」
「そうなんですか?」
「うん。国外に出ることもあるし、国内で使えないからと切り捨てられることじゃないからね。ただ、セルリアはこの国の中は窮屈だろうと思って今まで誘わずにいたんだけど……」
カーネリア様にどこか似ている優しい水色の瞳がきゅっと細くなった。
こういう小さな動きが、すごくカーネリア様に似ていると思うんだよなぁ……じゃ、なくて。
思わず現実逃避もしつつ、言われたことをどうにかかみ砕いて飲み込んで理解する。
「え、なんで今言ったんですか」
理解したところで、うっかり本音が漏れた。
言った後にペチンッと音を立てて口を塞いだがもう遅い。
思い切り言ってしまっているしなんならサフィニア様笑ってるし。
「言わないと選択肢に入らないからね」
「それは、確かに?」
「返事は急がないから、考えるだけ考えておいて」
「……はい」
まあ、有難い話ではあるんだろう。
城勤めなんて望んでも出来ないものだろうし、サフィニア様から直々に声をかけてもらえる人なんてもっと少ない。
それは分かるんだけど、私は結局魔法使いだしなぁ。
それに、サフィニア様が私を誘うのは友人を欲しがっていたのの延長な気もするし……
ともかく今すぐに返事をしないといけない訳でもないらしいし、そもそもまだ卒業まで二年あるわけだし、ゆっくり考えよう。
「……そういえばサフィニア様ってまだ婚約者とかいらっしゃらないんでしたっけ?」
「そうだね」
「そろそろ王位継承するのに……?」
「……うん、まあ、我が儘を言っている自覚はあるけれど、母様もそれでいいと言ってくださっているし」
サフィニア様でも我が儘とか言うんだなぁ。
そうまでして婚約者作りたくないのかな。まあ、何か面倒そうだし実際面倒なのかもしれない。
私には関わりのないことだし別に大変そうだなぁと緩い感想を抱く事しか出来なかった。
「さあ、そろそろ戻ろうか」
「はーい」
促されて、本を抱えて書庫を出た。
廊下の先に人が見えるけれど、寄ってこないしサフィニア様も気にしてないので無視していいみたいだ。というかもしかして私が居るから反応しなかったのかな。
「温室の中も少し弄ったんだ」
「そうなんですか。あ、丸太置きました?」
「置いたよ」
「本当に置いたんですか!?」
いつだったかに話していた事を思い出して声に出してみたら、まさかの肯定が返ってきた。
まあ、うん。前に見た時と雰囲気が変わっていないなら普通に馴染んでいるんだろうけれど、カーネリア様の庭園というイメージがあるからちょっと驚いてしまう。
せっかくだから見に行こうかと言われて頷きつつ、開けてもらってしまった扉を潜って温室内に戻ってきた。
姉さまとカーネリア様は非常に楽しそうにお話していた。仲良しだなぁ。
「ん、戻ったか」
「はい」
「何か面白そうなものはあったか?」
「はい。お借りしました」
「セルちゃんそれ何の本……?」
「古代遺跡の探索記録」
言いつつ本をテーブルに置き、案内されるままサフィニア様が弄っているらしい区画に足を運ぶ。
前に見た時は森の中の小さな花畑、という印象だったけれど、それから少し雰囲気が変わった。
カーネリア様の豪華絢爛な温室とは違って、ふんわりと優しい雰囲気がする。
けれどしっかりと咲き誇った花は自己主張していて、前よりも「温室に咲いた花」感が強くなっただろうか。
本当に置かれていた丸太も違和感なく溶け込んでいるので花畑感は健在だ。
「どうかな?」
「綺麗ですね。お花が少し大きくなりました?」
「少しずつ入れ替えていてね。母様よりは小さい物を選びがちだけど、似た感じにはしたくて」
「いいですね」
花を踏まないように手入れされた花を見て回る。
……やっぱり薬草とか毒消し草とかが一緒に植えられてるんだよなぁ。
このあたりが森のお花畑感の理由だろうか。
うっかりすると他の花を侵食して無限増殖する薬草もいい具合の量に留まっているし、カーネリア様のガーデニングの才能はしっかり受け継がれているようだ。
なんていうか、本当に年々似てくるよなぁイピリア王族親子。
「あっはっはっは!」
「ふははは!何を言っておるのだ!」
私たちがちょっと離れた間に向こうは何をしているんだろう。
サフィニア様と顔を見合わせて苦笑いを零し、とりあえず戻ることにした。
戻ると姉さまがお茶で溺れかけていた。もう……だから落ち着いてからにしなって言ってるのに。




