204,身体強化の魔法
地面から足を浮かせ、ちょうど吹いて来た風に乗ってふわりと上にあがる。
薄っすらと雲がかかった空はほどほどの日差しを降り注がせていた。
飛び回るにはいい天気だけれど、今日はずっと飛んでいるわけにもいかないのでしばらく飛んでから地上に戻ってくる。
ちょっとだけ浮いてフラフラしていたら、ウラハねえが歩いてきて抱えられてしまった。
昼食の仕込みをしていたはずだけれど、終わったんだろうか。
まあ、出て来たってこと終わったってことなんだろう。
「さあ、どのくらいにしましょうか」
「とりあえず、邪魔にならないくらいに」
「あらあら、私の好みでいいの?」
「うん」
「分かったわ。なら早速始めましょう」
今日はウラハねえに頼んで髪を切ってもらおうと頼んでいたので、手早く椅子と髪を払うための布が準備されて長さの相談が始まった。
ちょっと短めにしてもらった方が楽なんだけど、まあそのあたりはウラハねえの方が得意だし詳しいから任せてしまっていいか。
「髪、切るの?」
「うん」
「あら、どうかしたの?コガネ」
「道具を作るのにちょっと貰っていこうかなって」
「何を作るの?」
「ちょっと、ね」
言えないタイプの何かを作る気なのかな、私の髪を材料にして……
まあ危ない物を作る事はないだろうから好きにしてもらっていいんだけどさ、せめて完成したら教えてほしい。
なんて思っている間にウラハねえが手際よく髪を梳かして鋏を構えていた。
目を閉じてじっとしているとシャキン、と音がして前髪が切られたのが分かった。後ろ髪も切ってもらう予定なのでとりあえず動かないように、じっと……じっと……
あら、あらまた切ってしまうの?もったいないわ
「こんにちは、シルフィード」
ひと段落して動いてもいいと言われたところで目を開けると、風精霊シルフィードが私の目線のあたりを飛んでいた。
前にも切っている時に来ていたし、シルフィードは私の髪を非常に気に入っているらしい。
せっかく綺麗な月の光を浴びた花の色なのに
「また持っていく?道具を作るのに少し使うみたいだけれど、きっと余るから」
ええ、そうするわ。お返しは何もあげられないけれど、何かあったら呼んでちょうだいね
ふわふわと周りと漂っていたシルフィードは、コガネ姉さんが取り分けた髪の束を持って飛び去って行った。
その姿が見えなくなったところで私の周りに風が起こり、魔力が少し上乗せされたような不思議な感覚が湧いてくる。
また加護を置いて行ってくれたのかな?コガネ姉さんが笑っているから多分そうなんだろう。
なら、加護があるうちに魔法の練習でもしていようかな。
「セルリア、やるなら雷がいいよ」
「そうなの?」
「うん。ヴォルトが来てるから」
それならせっかくだし雷の魔法を練習しよう。
ずっと練習している身体強化の魔法をそろそろ実用レベルに持っていきたい。
難易度が高い魔法なのもあるけど、どうにも安定しなくて実戦では使えないんだよね。
遠視の魔法は練習の成果が出てかなり安定しているし一緒に運べる目も条件付きだけど自分含め三人まで増えた。リオンが魔力の体内移動に慣れてきてそれの練習も兼ねて遊んでたりしたんだよね。
あれくらいの練度まで持っていきたいんだよなぁと思いつつ杖をクルクル回して魔力を練っていく。
風魔法じゃないんだから回す必要ないんだけど、考え事しながらやってるといつの間にか回ってるんだよねぇ。癖だから仕方ない。
練り上げた魔力を雷に染めて、杖から徐々に薄く薄く体に纏わせていく。
すうっと息を吸い込んで、腕の途中まで伸びた魔力に演唱を吹き込む。
「早く、速く。至る速度は雷光へ エクレールクリール」
パチッと音がして、左手から順に雷が巡っていく。
徐々に体感速度が上がって行き、思い切り地面を蹴って跳び上がる。
んー……上々?かな?
そのまま風に乗って家の敷地と森の境界を一周し、地面に降りてちょっと走ってみたりする。
これは……結構いいのでは?後はこれを毎回出せるようになればいいんだけどね。
ねー、トマリ兄さん。急に足元から出てくるのちょっとびっくりするなぁ?
「自力か」
「そうだよ」
「いいじゃねえか。上々だ」
「本当?やったー」
トマリ兄さんも身体強化系の魔法上手だし褒められると嬉しい。
よし、じゃあこれを毎回出来るように感覚覚えておかないと。
一旦魔力を霧散させて杖を揺らすと、いつの間にか後ろにシオンにいが立っていた。
「わあぁあ!?」
「え、そんなビビる?」
「シオンにい気配消すんだもん……びっくりした……」
「無意識やったわ……ごめんなぁ」
本当に申し訳なさそうに頭を撫でられた。
無意識に完璧に気配消すの、普通にすごいけどなんでそんな癖が付くのかだけ聞きたい。
トマリ兄さんも分かる分かるって感じで頷いてるんだけど、そんなよくある事?
やっぱり人に見えるけど人じゃないからなのかな。
二人ともどっちかと言うと捕食者側だし、気配消して狩りしがちだったりする?
……あれ、それだと私、今狩られた?
「そういや靴買い替えたんだろ?」
「あ、そうなの。可愛いでしょ」
「休憩がてら座って話そか。手紙に時々書いてあるイザールって子のことちょっと気になってん」
「シオンにいなんか怒ってる?」
「猫獣人だからって勝手に対抗心燃やしてるだけだ。ほっとけ」
外でお茶飲みつつ話すのはいつものことだけど、シオンにいとトマリ兄さんというのは中々珍しい組み合わせだ。
サクラお姉ちゃんとモエギお兄ちゃんは今日は畑の方にずっといるみたいだし、姉さまは薬作りで作業部屋に籠っている。
コガネ姉さんは早速道具作りに行ったようだ。
ウラハねえはお茶会参加するかな。トマリ兄さんが椅子を追加しているし、たぶん来るんだろう。
とりあえず今はイザールに謎の対抗心を燃やしているらしいシオンにいの方が気になるからそっちが優先だ。
話し始めてすぐにウラハねえがお茶とお茶菓子を持って現れ、手紙にイザールの事を書くたびにシオンにいが気にしていると教えてくれた。
そんなに気になるのか……兄と後輩じゃ関係性が違うんだし気にしなくていいと思うんだけどな。




