200,計画的避難
部屋でお湯を沸かし、棚から茶葉とお茶菓子を取り出す。
ティーカップを二つ並べて置いておき、机にテーブルクロスをかける。
椅子には元々クッションを乗せているのでこれで良し。ちょうどお湯も沸いたのでティーポットに注いで上に布を被せておいた。
そこまで準備したところで、扉が控えめにノックされる。
扉を開けると、ミーファがこちらを見上げていた。
ダンスパーティー当日の今日、去年の反省を生かして私たちは午前のうちに部屋に集まろうとそんな決め事をしていたのだ。
「いらっしゃーい。ちょうどお茶の用意が出来たところだよ」
「わあ……いい香りだね。あ、これお昼ご飯」
「ありがとう。大丈夫だった?」
「うん。急いで買ってきたから」
食堂まで行って昼ご飯用にサンドイッチを買ってきてくれたミーファは得意げに言う。
確かにミーファが急いでると分かる速度で移動してたら声かけられないよねぇ。
あまりにも早いからね、急いでるミーファ。
「今日は何のお茶?」
「今日はアルハニティーを淹れました。どうぞー」
「わーい、お邪魔します」
久々に飲みたくなったから、というのとちょっと甘めのお茶の方が落ち着けるかなぁと思って淹れてみた。
家ではよく飲んでいたけど学校ではあまり飲まないのでミーファはあんまり馴染みがないかもしれない。
「もう結構盛り上がってるよ」
「おー……昨日も結構皆ウロウロしてたもんね」
「セルちゃん昨日大丈夫だった?」
「うん。あんまり一人にならなかったし」
昨日は夕方までイザールと話していたし、夕食の時間はリオンと早めに合流できたので非常に平和だった。夕飯食べながらうだうだ言ってたらリオンが部屋まで送ってくれたので非常に快適。
シャムは声をかけられても気にしないので、むしろロイを部屋まで送って行ったらしい。
「ロイ君、女の子から誘われるんだね」
「まあ分からなくはないよね」
「うん」
「ミーファは大丈夫だったの?」
「私はソミュちゃんと一緒に居たから。それから、部屋に戻る途中でラタム先生と会ってお話しながら戻ったんだ」
「へぇー。ラタム先生が寮の方に来てるの珍しいね」
「無理に誘われて困ってる子が居ないかの見回り、らしいよ」
先生たちも色々大変みたいだ。
それでもダンスパーティーはあった方がいい行事らしい。
私たちはこうして部屋に引きこもっているけど、シャムなんかは色々話が聞けたーって去年も楽しそうにしてたしなぁ。
ミーファと向かい合ってお茶を飲みつつ、今年は先に発動させて置いた防音魔法の様子を確認したりする。
外はもう大分賑やかになってきているみたいだ。
「セルちゃんは今度のお休み、何か用事があったりするの?」
「んー……私の用事、ってわけじゃないけど、色々行く場所はあるみたい」
「そうなんだ」
「ミーファは?今回もソミュールと居るんだよね?」
「うん。ヴェローさんがおいでって言ってくれたから」
それなら遊びに来た時に会えるかな。
リオンももう宿を決めて場所を教えてくれたので、何回か遊びに来るつもりではあるのだ。
ちょうど一年前くらいにおんなじことをしていた気もするので、まあそんな感じで。
「そういえば、ミーファは二個目の選択授業短剣で確定だよね?」
「そうだよ。セルちゃんはレイピアにするんだよね」
「うん、そのつもり」
普段から短剣の扱いに慣れている様子を見ているから忘れがちけれど、別に短剣の授業を取っているわけではないんだよね。
元々ある程度使えるから、索敵や偵察、哨戒なんかを主に学ぶことにしたのだと聞いた記憶がある。
割と来年の選択授業の話は前々からしているけど、何となくで話していた時期と違ってもう皆考えは固まっている感じがする。
そんな中じんわり濁して答えてるわけだけど……まだビックリされるんだよなぁ、レイピア選択。
ちなみにリムレは悩みに悩んでテイムの授業を取ることにしたらしい。
貴重な経験だからねぇ、羨ましいくらいだ。
あとは、リオンは槍、ロイは鑑定、シャムは魔道具製作を二つ目に選ぶらしい。
「ソミュールは何取るんだろう」
「ソミュちゃん、魔術取るって」
「え。魔術受けれるの!?いいなぁー!」
「ヴィレイ先生が許可くれたーって」
「いいなぁ……」
魔術も自主選択は出来ない授業なので、羨ましい事この上ない。
まあでも、ソミュールだしなぁという諦めもあるのであまりグダグダは言わないでおこう。
……羨ましいけどね。私はあんだけ魔術準備室に出入りしてても全く触れさせてもらえないからね。
あの部屋別に魔術系の物だけ置かれてるとかではないから出入りしてる感じだけどね。
というかあの部屋に置かれている物、九割方魔術とは関係ない物だからねぇ。
先生色々やり過ぎなんだよね。そのせいで物が増えて部屋が片付かないんだと思う。
「あ、そういえばソミュちゃんがね、セルちゃんのこと凄い褒めてたんだよ」
「え、なにそれ」
「個人戦で結構焦ったーって」
「なにそれなにそれ、全然知らない」
ソミュールが私のいないところで私を褒めている、というのは何か時々聞くけど、そんな最近言ってたの?
気になる気持ちとなんか恥ずかしいなって気持ちが半々くらいなんだけど……
「ソミュちゃん、本人に言うのは恥ずかしいからって私に言うんだよ」
「聞く方も結構恥ずかしいよ!?」
「でも褒めてたんだからセルちゃんにも教えた方がいいかなぁって」
「興味はあるけど……ある、けど……」
というかミーファ、こういう時の精神強くない?
なんか戦闘時に近しい状態になってない?大丈夫?お茶飲む?
ふんすふんす、と身を乗り出してくるミーファをどうにか宥めようとしていたら、扉がノックされた。
……誰だ?シャムとかかな?
分からないのでとりあえず杖を持って扉をそっと押し開ける。
事と次第によっては吹き飛ばす所存だ。今日は防音のために部屋の中を私の風で満たしているから人ひとりくらいなら余裕で飛ばせると思う。
「よぉ」
「リオン?どしたの?」
「匿ってくれ」
「……お前もか」
まさかのリオンが避難してきた。
まあ、いいけどさ。ミーファも嫌そうじゃないし三人でお茶しようか?




