18,女子は話題が尽きぬもの
新しく本を借りて図書館を出て、そういえば朝食もまだだったので食堂に移動して軽食を頼んで人がほとんどいない食堂に陣取る。
正面に座った少女はお茶だけ頼んで綺麗な金色の瞳を輝かせていた。
「……それで、えっと?」
「あ、とりあえず自己紹介するね!私はシャム!研究職の一年生だよ」
「私はセルリア。戦闘職の一年」
「ふふふ、知ってる!急に声かけてごめんね?」
どこまでも楽しそうだが、私に何か用事があるのだろうか。
姉さまのことなら必要以上に教えるつもりはないので諦めてほしいのだが。
「実は、ちょっと聞きたいことがあって」
「……何?」
「セルリアちゃんって、魔法適性高いよね?魔法使いだよね?それで、最上位薬師様の妹なんだよね?もしかして、ちょっと有名なハーフエルフから魔法習ってたりしないかなーって」
……なんというか、思っていたのと違う方向の質問だった。
キラキラと期待の籠った目で見られると、嘘を言うのも何となく罪悪感がある。
それでも、簡単に手の内を明かしすぎるのは良くないと教わったので。
「それ、聞いてどうするの?」
「えっとねー。うーん、どれが分かりやすいだろう……んーっと、私ね?ハーフエルフなの。だから、単純に憧れが強くてね……?」
「なる、ほど?」
嘘をついている気配はしない。が、ハーフエルフは人間と見分けがつかないことの方が多いのだ。
純血のエルフは耳が長く尖っているというが、ハーフエルフは人間の見た目に寄るかエルフの見た目に寄るかの二択なので人間に寄った場合見た目では分からない。
困ったように髪を弄っている彼女の耳は、髪の隙間から見る限り人のそれだ。
そもそも、エルフの耳の形状ならそれを見せれば私は納得するだろうから最初にそうしているだろう。
「あ、魔力形状なら分かる?セルリアちゃん、視えるよね?」
「うん。まあ、嘘はついてないんだろうから別にいいよ」
「信じてくれたの?ありがとう!」
どこまでも嬉しそうに言ってくるシャムは、そのままニコニコとお茶を啜る。
私も食事を、と思ってパンをちぎって口に放り込む。果物の練り込まれたパンは中々美味しい。
これは中々。毎日置いてくれないかな?
「最上位薬師様の妹―って言うから、もっと威張ってる感じの子かなーって思ってたんだけどさ。セルリアちゃん、そういう感じじゃないんだね」
「私が威張る理由にはならないでしょ?それって」
「そうかなー?結構いるよ?親の威光だけで威張る子って」
そういう人たちが居ることは知ってるけど、それをやろうとは思わない。
それに、姉さまは偉い人扱いされるのを嫌がるのだ。姉さまが嫌がっていることを私がするわけにはいかないだろう。
「それで、どうなのかな?セルリアちゃんは誰から魔法教わった?」
「基本的には兄と姉からだよ。モクランさんはたまに遊びに来るから、その時に教わったこともあるけど」
そんな短い返事にもキラキラとした目を向けてくるシャムに苦笑いを浮かべつつカップに入ったスープに口をつける。
……美味しい。お代わりとか出来るだろうか。
「すごいなぁ……会ってみたいなぁ……」
「そんなに憧れ?」
「うん。だってハーフエルフって公言して、それでも実力で認められてる人だもん。恰好いいよね」
確かに、あの人は格好いいと思う。すぐ頭叩いてくるけど、まあ力は強くないからスキンシップの一種だろうと思う。姉さまに対しては結構遠慮なく叩いてる感じがあるけど。
クリソベリルという大型の冒険者パーティーに所属しているハーフエルフの魔法使い。
冒険者パーティーは基本的にさほど大人数で組むものではないのだが、クリソベリルはガルダという国に雇われた最上位パーティーの一つなので、人数が多い。
姉さまが知り合いらしく遊びに来ることがあったので、私は大体知り合いだ。
「そういえば、研究職にも最上位薬師の妹、とか広まってるの?」
「そういうわけでもないよ。まだ始まったばっかりで、戦闘職の方まで気にしてる人はほとんど居ないかな」
なら、彼女が個人的に聞きつけてきたのだろう。
なんというか、執念というか……そこまで気になっていたのか、と感心してしまうくらいだ。これがエルフの好奇心……などと思ってみたり。
「そういえば、セルリアちゃんは何の本読んでたの?アリシア先生がセルリアちゃんは大体図書館にいるって言ってたから行ってみたんだけど……」
「アリシア先生?」
「ハーフエルフの先生なんだ。セルリアちゃんのこと教えてくれたのもアリシア先生」
「へえ、そんな先生居たんだ……知らなかった……」
まだ知らない先生も多いみたいだ。
入学からそれほど時間も経っていないので、当たり前といえば当たり前なのかもしれないが。
「読んでたのは、今日は歴史の本だよ。借りてきたのは獣人の歴史」
「獣人の?気になることでもあったの?」
「うーん……歴史書見つけて、その横に別で獣人のがあったから?」
選んだ理由は、別にないのだ。
目について、そういえばあまり触れていない部分だなぁと思ったから持ってきただけである。
人間重視の歴史書は先ほど読み切って置いてきたので、借りてきたのは獣人の物。
「本ならなんでも読む感じ?」
「まあ、基本は読むかな」
「ふふふ。村の大人たちとおんなじだ」
「村の大人って、エルフ?」
「エルフも人間も、ハーフエルフも居るよ」
エルフは森の中に人には見えない村を作って暮らしている、という話は聞いたことがあったが、森から出たエルフは人と一緒に村を作って暮らしているらしい。
森から出ない理由も、森から出る理由も私には分からないがまあそれなりに理由はあるのだろう。
そのうち、そういう系統の本でも探してみてもいいかもしれない。
誰か、エルフに話を聞く機会があればその方がいいのかもしれないけれど、エルフは基本的に出会えない種族だ。
「良かったぁ話せて。全く反応なく無視されたらどうしようかと思ったよ」
「顔上げたら凝視されてるのは誰でもびっくりして反応するんじゃないかな……?」
「驚かせてごめんね?」
「いいよ」
言い合って笑い合って、私は食器を片付けてお茶を持ってくる。
どうせなのでこのままお茶会でも始めてしまおうかという話になったのだ。
お互いに聞きたいことはそれなりにあるので、飲み物を取りにいくための離席以外はしゃべりっぱなしである。
食堂に他の人が居ないのをいいことに茶菓子まで買って盛り上がるお茶会は夕方まで続き、夕飯で済ませてしまってからそれぞれの寮に戻ることになった。
家に居た時は、姉たちがよくお茶会をしていたし天気が良ければお茶会、くらいの感覚だったので久々にそれをやった気がする。
楽しいことは良いことだ。本を読んで一日過ごすより、実りの多い一日だったかもしれない。




