178,妙な風と空中散歩
アガット先生に槍の扱いを教わり始めてから風の槍の威力が上がり始め、それに伴い私とノア先生のテンションも上がって行った。
今ならダンジョンの壁も壊せるかもしれない、なんて浮かれるくらいには威力の向上に成功している。
ちなみにアガット先生には週一回、午前放課の日に授業をしてもらっている。
次の日は休みなので多少筋肉痛になろうとも問題ないのがいい所だ。
大体いつもリオンが一緒に来て私の反復練習の傍らアガット先生と槍試合をしてるんだけど、いつもボコボコにされている。実力差、極まれり。
「あれ?せーんぱい。何してるの?」
「ん?ああ、イザール」
今日は普通に授業のある日で、放課後にやる事もないからと図書館で本を借りて林の方に来ていた。
皆それぞれ遊び場に行っているから今日は一人だなぁ、なんて思っていたのだけれど、木の上から声をかけられた。見上げると猫らしく木の上でくつろぐイザールが居る。
「一人だし天気もいいから外で読書でもしようかと思って。そっちこそ何やってるの」
「俺はほら、猫だから?お昼寝でもしようかと思って」
「落ちないようにね」
「だーいじょうぶ大丈夫」
ご機嫌だなぁ。まあ、気持ちは分からないでもない。天気がいいと気分も上を向くものだ。
そういえば、イザールも研究室には所属してないのか。
内部の調査が目的らしいし、拘束時間を考えると入らない方が都合が良かったりするのかもしれない。
「……ん?」
「どしたの先輩」
「なんか、変な風が吹いてるなぁ……」
「変な風?」
イザールの寝ている木の根元に腰を下ろして本を開こうとしたところで、どこからか魔力を含んだ風が吹いてくる。
普通の風にも魔力は乗るけど、これはなんだかちょっと異常だ。
何がおかしいかといわれると具体的に言葉にするのは難しいんだけど、誰かが何かしているんだろうという事が分かるような風。
なんだろうなぁ。嫌な感じ。
「イザール、なんか感じない?」
「ちょっと待って……あー……魔力乗ってる?」
「うん。風の魔力じゃないのが、風に乗って流れてる」
イザールは結構魔力に敏感なので、私の違和感にも気付いてくれた。
耳がピルピル動いているのは何を感じ取っているのか。
……この風、どこから吹いてきているんだろう。乗っている魔力のせいか、大元が探れない。
「先輩が気にするくらいなら、先生に言っといた方がいいかもね」
「んー……でも言語化出来ないんだよなぁ……」
「とりあえず行くだけ行こ。ほら立って立って」
「うへぇ。元気だなぁ」
木の上からひらりと降りてきたイザールに手を引っ張られて立ち上がり、まだ風が吹いている事を確認しつつここから近い場所という事で魔術準備室に行ってみることになった。
ヴィレイ先生は基本準備室に居るし、居なかったら職員室まで行けばいいだけだし寄っていくくらいに考えてもいいだろう。
イザールが珍しそうにキョロキョロしてるのは、このあたりを通らないからかな。
魔法系の準備室が集まってる場所だから物理特化だと来ないんだよね。
私は魔術準備室の掃除とか攻撃魔法のあれこれとかで結構来る機会がある。
杖を揺らしながら廊下を進み、魔術準備室の前で止まる。
イザールが横でサムズアップしてるから、中から物音がしているんだろう。
つまりは在室。イザールに頷いてから扉をノックすると、少ししてから扉が開く。
「どうした?」
「えーっとですね……」
「妙な風が吹いてたんです。魔力が乗ってる風」
「ほう。妙だと思った理由は?」
「え、なんでだろう。なんかいやーな感じだなって」
「勘か。どこから吹いてきているかは?」
「分からなかったです。乗ってる魔力のせいか、途中で混線して辿りきれなくて」
どう話し始めればいいだろうか、と言い淀んだら横からイザールが助け舟を出してくれた。
あとは先生の質問に答えるだけなのでとりあえず話が進む。
こういう話をするの、いつまで経っても慣れないなぁ。
「自然物ではなかったんだな」
「多分……誰かが何かしてるんだと思います」
「そうか。探ってみるからあまり気にしすぎないように」
「はーい」
気にしすぎないように、は私が前に魔力の影響で夢見が悪かったことがあるのを知っているからだろうか。
先生が探ってくれるらしいし、先生の言う通り私は気にしないようにしていた方がいいかな。
「俺も気になるから調べてみよっかなー」
「イザールはそういうの得意そうだね」
「まあね」
得意げに胸を逸らしたイザールに微笑み、このあとどうしようかと考える。
もう一度外に出てもいいけれど、あの風がまだ吹いていたら気になってしまいそうだし部屋に戻って夕飯まで時間を潰した方がいいだろか。
「ねえ先輩、この後暇?」
「え?暇だけど」
「前に空中散歩させてくれるって言ってたじゃん。暇なら今からやろうよ」
「ああ、いいよ」
そういえばそんな話をしたような記憶もある。
結構皆飛びたがるから誰とその話をしたか、実はあんまり覚えてないんだよね。
社交辞令とかじゃなく本当に飛びたい人はこうしてもう一度話題に出してくるのでそれでいいかな、とか思っている。
ただ読書をしているだけなら風も気になるかもしれないけど、飛ぶならそちらに集中するしあの程度の魔力は気にならないだろう。
それにまあ、うっかり落としてもイザール猫だし問題なさそうだし。
「ねえ先輩、なんか不穏なこと考えてない?」
「考えてないよー」
勘のいいネコチャンだなぁ。そんなに警戒しなくても本当に落としたりしないから大丈夫だって、とそんな会話をしながら外に出て、杖を回して風を起こす。
ふわりと宙に浮いてからイザールに手を差し出して掴ませ、空に上がった。
「ちょ、イザール力強い!そんなに強く握らなくても落ちないよ!」
「待って待って思ったより高い!」
「猫なのに高い所苦手なの!?」
「猫は登れるけど降りれなかったりするでしょ!?別に高い所得意じゃない!」
やいやい言い合いながら高度を下げて、なんとか腕が内出血を起こす前に力を緩めさせる。
高い所が得意じゃないならなんで飛びたがったんだ、と呟いたらそれはそれとして空は飛んでみたいと言われた。
……まあ、分からなくもないけどさ。




