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学び舎の緑風  作者: 瓶覗
171/477

171,やりたい事の話

 夕方になると、クリソベリルの来訪で沸き立っていた校内も徐々に落ち着いて来た。

 リオンとシャムと別れて一人林の方に足を向ける。

 夕飯まで一人で考え事でもしようかと思って来たのだが、もう宿に戻ったと思っていたジェードさんが何故か木の上に座っていた。


「……ジェードさん?」

「あれ、セルちゃん。どうしたの?」

「割とこっちの台詞なんですが」

「通常の校内もちょっと見てみたくて気配消してみてたんだ。これでも魔力遮断してるんだけどなぁ」


 言われてみれば、確かに意識が逸れると見えているはずなのに一瞬見失ってしまう。

 魔力遮断とか気配消しとか、高等技術のはずなのになんでそんなに気軽にやっているんだろう。まあ、見つけられてる私も私なのか。


「それで、セルちゃんは?何か用事とかあった?」

「いえ、ちょっと考えごとしてたらここまで来ちゃっただけです」

「考え事?」

「明日の授業、四つの中から好きなの選ぶじゃないですか」


 明日は一日クリソベリルによる特別授業なのだが、その内容は四つある。

 魔法攻撃、魔法補佐、物理近接、物理後衛。

 四人が特別教師として来て、それぞれが得意としている事を教えてくれる授業だ。


「あれ、攻撃魔法だと思ってたけど」

「そうしようとも思ったんですけど、なんというか……もったいない気がして」

「まあ確かに、セルちゃんはツルとよく遊んでるもんね」

「あと、モクランさんが使う魔導剣いつかやりたくて」

「あー……あれね。確かにある程度剣も使えないといけないか」

「それから、最近ウィンドランスって魔法を使いまくってるんですけど、それの動きが槍を突く感じなのでいつかしっかり槍もやらなきゃなーって」

「なるほど。やりたいこといっぱいで悩んじゃってるのか」


 木の上から話を聞いてくれるジェードさんは、校舎の方を見ているようなので私もそっちを向いて木に背中を預ける。

 我ながら我が儘で贅沢な悩みだなぁと思うけど、大体全部やりたいから仕方ない。


「俺としてはツルかモクランの所だろうと思ってたから、選択肢に入ってるのは嬉しいかな」

「ジェードさんが物理近接なんですね」

「うん。本当はアヤメが来たがってたんだけど……」


 濁すように言葉を途切れさせたジェードさんの視線を追うと、ちょうどミーファが廊下を通っていくところだった。今日も真っ白な耳をピコピコさせながら跳ねるように歩いている。


「暴走、するよね……」

「しますね、確実に。ミーファは姉さまにもカワイイカワイイされてましたから」


 アヤメさんはクリソベリルの近接戦闘勢で、美人なお姉さん……なのだけれど、可愛いものが好きで、好みの可愛いものが目の前にあると暴走する特性を持っている。

 私も昔は良くいつの間にか目の前に居られて盛大にびっくりしたものだ。


 姉さまは会った瞬間抱きしめられてるしね。

 そんな可愛い子が大好きなアヤメさんがミーファを見たら授業どころじゃなくなるだろう。

 そりゃあ行きたがっても来られないわけだ。


「あれ、物理後衛って誰が来るんですか?私てっきりジェードさんが後衛やるのかと思ってたんですけど」

「まあ、元々はその予定だったんだけど……近接やる予定だったコーラルは代替わりしてから忙しいからね。俺が近接やって、リュヌが後衛やる事になったんだ」

「あ、そっか。コーラルさんクリソベリルリーダーになったんですもんね」

「そう。まだみんな先代の事リーダーって呼んじゃうんだけどね」


 クリソベリルはちょっと前にパーティーリーダーが変わったのだ。

 先代のリーダーさんはかなり高齢になってたから、少しずつ次世代に任せる範囲を増やしていって徐々に代替わりの準備をしていたらしい。


 それがついに最後まで終わったから、新しくコーラルさんがクリソベリルのパーティーリーダーになったんだとか。

 コーラルさん、普通に良い人なのに何故か姉さまから苦手視されてるんだよなぁ。なんでなんだろ。


「ジェードさんって使えない武器あるんですか?」

「パッとは思いつかないなぁ……何だかんだ何でも使えるってことになってるし」

「使えることになってる」

「うん。昔から色々してたらもう何でも出来ることにした方が説明も楽だなって」


 割と雑に全部出来ることになってるみたいだ。

 でも実際何でも使えるし、必要だったり人数が足りていない所に穴埋め的な役割で入っても問題なくこなしてるんだもんなぁ。


「槍も使えますか」

「使えるよ。槍はアヤメも使うから見えるところではあんまり使ってないかもしれないけどね」

「ジェードさんはツルバミさんの補佐とかしてるイメージ強いですね」

「俺らずっと一緒に居るからねぇ……なんかもうそういうもんだって思われてそうな気すらするもん」

「何なら私は思ってますからね」

「別で任務出ることもあるからね?」


 でも仲良しですよね。今日の昼も一緒に居たし。

 モクランさんが「二人が部屋に集まって飲み会してるとうるさいから防音魔道具作った」って言ってたくらいだし、かなりの頻度で二人で飲んでるくらい仲良いんでしょう?


「……ん?ああ呼び出しが来た。そろそろ戻らないと」

「そうなんですか。……ああ、何かある」

「お、見える?俺見えないんだよねぇ」

「見えないのに分かるんですか」

「うん。耳は良いから」


 ストン、と木の上から降りてきたジェードさんは、顔の横に漂っている氷の魔力を適当に払って消し、こちらに向き直った。


「結局相談に乗ってる感じにはならなかったけど、ちょっとは纏まった?」

「はい。せっかくなら物理近接やってみようと思います」

「そっか。じゃあまた明日」

「はい。明日はよろしくお願いします」


 足取り軽く去って行ったジェードさんを見送って、もう一度木に体重を預ける。

 そういえば、毎年やっていることらしいけど去年こんなに賑やかだっただろうか。

 話題にも出なかった気がするのだけれど、私が興味なかっただけかな?


 シャムとかリオンは知ってたら騒ぎそうな気がするけど……なかったよなぁ。

 目先の悩みが消えたら、別の疑問が浮かんできた。

 私が忘れているだけな可能性も十分にあるけど、どうだっただろうか。


「あれぇ?セルリア何してるの?」

「ソミュール。おはよう」

「おはよ」


 去年のことを思い出そうと頑張っていたら建物の方からソミュールが歩いて来た。

 昼間は見かけなかったからさっき起きた感じかな。

 すぐ寝落ちる可能性がない時は、ソミュールは意外と散歩とかしてるんだよね。


「去年クリソベリル来た時の記憶ってある?」

「なぁい。多分僕寝てた」

「そっかぁ」


 緩い返事を返されて、まあ思い出す必要もないかと木から離れる。

 ソミュールはこのまま食堂に行くらしいので、着いて行って夕食の時間までお茶でも飲んでいることにしよう。


クリソベリルの話はエキナセアとかリコリスとか読んでた方が分かりやすいかもしれないです。

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