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学び舎の緑風  作者: 瓶覗
164/477

164,フォーンの靴職人

 学校の門に寄りかかって、左手で杖をクルクル回しながらはるか上空を飛ぶ鳥を眺める。

 朝食はしっかり食べてきたしロイと今日の予定の話なんかもしてのんびりとお茶を飲んでから部屋に戻り支度をしたのだけれど、それでも時間はかなり余った。


 部屋で待っているのも暇だし天気もいいから早めに集合場所に移動して空でも眺めていよう、とそういうことを思って今に至る。

 さっき時間を確認したらもうそろそろ約束の時間だったので、まあそのうち来るだろう。


 それにしても今日は天気がいい。雲一つない青空の下を心地の良い風が吹いている。

 洗濯物もよく乾きそうな天気には私の気分も上向きになるというものだ。


「せーんぱい。おはよー」

「おはようイザール」

「早いね。いつから待ってたの?」

「どのくらいだろ。風浴びながら空見てたからあんまりちゃんと認識してなかったな」

「そっか」


 いつも通り首の鈴をチリンチリンと鳴らしながら歩いて来たイザールは私の前で止まってこちらを覗き込んできた。

 至近距離に来た顔の後ろで機嫌よさげに尻尾が揺れているのが見える。……撫でたいけど、撫でさせてくれないんだよなぁ。


「とりあえず行こうか。先輩その靴で歩ける?」

「風でちょっと浮いていく。足突っかかりすぎて疲れた」

「引っ張ろうか?」

「追い風吹かせていくから大丈夫」

「慣れてるなぁ……」


 目立たないように足を動かしてはいるけれど、実は昨日の夕食時くらいから風で浮いて移動していたりする。

 夕食を食べるために食堂に移動しようとしたら、道中十回くらい転びそうになってなんだか無性に腹が立ったのでもうずっと浮いていることにしたのだ。


 風で飛ぶのが好きで良かったとこんなところで思うとは、人生何があるか分からないものだ。

 そんなことを考えながら回していた杖を握り直して足の下に薄く風を作る。

 後ろから押す用の風も作っておいてイザールに向き直った。


「よし」

「すご、先輩やっぱり慣れてるね」

「まあ好きでずっとやってたしね」

「そのうち空中散歩させてよ」

「いいよ。暇な日の放課後にでも飛ぼう」

「学校で飛んで怒られないの?」

「もう散々飛んでるけど怒られたことはないかな」


 話しながら歩き始め、慣れた様子で人の少ない道を選ぶイザールに国内のことを聞いたりしながら職人の集まる一角に足を進める。

 リオンの大剣を買ったのもこのあたりだけれど、通りが違うのでこのあたりは武器の店はなく、旅用の服や防具なんかを売っている店がほとんどだ。


 あんまり来たことのない場所だから全体的に珍しくてあたりを見渡してしまう。

 途中からイザールに手を引かれてしまった。そんなに危なっかしく見えただろうか。

 これでも意外とすれ違う人とかは認識できているのだけれど。


「イザール、あれなに?」

「どれ?……ああ、あれは魔物の皮とかを加工するための道具だよ」

「へぇー……」


 見たことのない大きなものが建物の隙間から見えたので繋がれたままのイザールの手を引っ張って杖で指してみたら教えて貰えた。

 詳しいんだねぇ、なんて緩い感想を漏らしながら手を引かれるまま道を進んでいく。


「ほら、ここ。……先輩自分で歩く気ある?」

「あるある。大丈夫」


 手を引かれるままに風に浮いて移動していたら、ジトっとした目を向けられてしまった。

 それでも尻尾は上機嫌。……黒猫尻尾可愛いなぁ。

 ずっと眺めていられる気もするけれど、今はとりあえず私の手を放して店の中に入って行ったイザールを追わないといけない。


「やっほー。シュエさん居るー?」

「何だ、イザールか。今日はどうしたんだ?」

「今日は俺の靴じゃなくて、この人の靴。今履いてるのがもう駄目になってるから履いて帰れるのが良いんだけど」

「お前が人を連れてくるとは……まあいい。初めましてお嬢さん。どんな靴がお望みかな?」

「とりあえず頑丈で戦闘時も困らない物ですかね」

「なるほど、冒険者なのか。そりゃあ靴も壊れるわけだ」


 話しながら用意してもらった椅子に腰を下ろし、促されて今履いている靴は脱いでしまう。

 ……うわぁ、つま先の方の靴底が完全に剥がれてる……

 こんなのでよく一日過ごしたものだ。飛べなかったら全てを諦めて裸足で歩いてたかもしれない。


 シュエさんというらしい職人さんは、壊れた私の靴を見て何かを確認した後、サイズを測る道具を持ってくるから少し待っていてくれ、と奥に入って行った。

 足をプラプラさせながら待つついでにお店の中を見渡していると、いつの間にかイザールがすぐ横にしゃがみ込んでいる。


「わあ、猫耳」

「先輩それ俺の本体じゃないんだけど」

「これも本体でしょ。撫でていい?」

「駄目」

「だめかぁ」


 こんなにも目の前でピコピコしているのに触ってはいけないらしい。

 イザールの方が背が高いから、立っていると尻尾しか気にならないんだよね。

 ただ、こうしてしゃがまれてしまうとすぐそこに猫耳が来るのでどうしたって目が行く。


「お待たせー。何してんだ?」

「俺の可愛い耳が狙われてる」

「まあ構いたくなるよなぁ。分かる分かる」


 戻ってきたシュエさんが道具を取り出して私の足のサイズを計り始めたのを眺めながら靴のデザインの話をして、サイズを計り終わったのか道具が片付けられていく。

 そのまま陳列されていた靴が幾つか持ってこられた。


「ここら辺が大きさ合ってそうかな。ちょっと履いてみてくれる?」

「はーい」


 渡された靴を履いて立ち上がり、店内を少し歩いてみる。

 やっぱり新品だからなのかちょっと硬い。でも痛くはないし結構動きやすいな。

 なんて思いながら戻って再び椅子に座る。


「先輩、こっちは?」

「え、かかと高いじゃん」

「このくらいなら大丈夫じゃない?一回履いてみようよ」


 促されて六センチ程度のヒールが付いたブーツを履いて立ち上がる。

 今まであっても二、三センチ程度だったからちょっと不安定な感じだ。

 まあ、歩けないとか転びそうになるとかはないんだけど……


「いいじゃん。似合う」

「なんでそんなに推してくるの……?」

「え?俺の好み」


 にこっと笑ったイザールの頭を軽く叩いて椅子に座り直す。

 まだ他にもあるようだし、決めるのはもう少し考えてからでいいだろう。


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