155,不本意な恒例行事
欠伸を噛み殺しながらよく晴れた空を見上げる。
学校の寮に戻って早数日。明日から授業も再開されるとあって、学校の中は賑やかだ。
とはいえ、教室の方まで来ると人も少ない。
研究職の教室棟ならともかく、戦闘職の教室棟に休みの間に用事がある人なんていないのだ。
私だって来る気はなかったのだけれど、昨日うっかりヴィレイ先生に捕まってしまったので朝食を食べてからこうしてのんびり歩いてきている。
せめて休みの間くらいヴィレイ先生の研究室の掃除のことは忘れていたかったのに。
避けていたのも避けていた理由もバレていたので諦めて授業開始の前日に掃除をすることになった。
……本当に、なんで私がやる事になってるんだ。
「ヴィレイせんせーい。おはようございまーす」
「おはよう。お前は時間に正確で助かる」
「おおう、そんな初手から褒めてくるなんてさては相当散らかしましたね?」
「事実だ」
「どっちがです?」
「どちらも」
出来れば褒めてくれた方だけにしておいてほしかった。
一ヵ月ぶりに見たヴィレイ先生は相変わらず袖の長い服を着て左目を長い前髪で隠している。
見えている右目は綺麗な青銀。時々すごく冷たい色になるけれど、今は穏やかな色だ。
「どうした?」
「いえ、何でもないです」
「そうか。片付けながら休みの間何があったか聞かせろ」
「それ、明日纏めて聞くやつじゃないんですか?」
「あれはお前の事に限られる。他も纏めて聞くなら今が丁度良いだろう」
つまりは皆でやっていた事の報告だろう。
もしくは姉さまが何かやらかしていないかという質問。
まあ、私としても楽しい休みの話をしたかったところだし、片付けながら話すとしよう。
「……いや散らかりすぎでは!?」
「セルリアが戻ってきたのだから早く片付けろ、と催促された」
「催促した方になんで私が片付けること前提になっとるんじゃふざけんなとお伝えください」
「分かった。一語一句そのままグラルに伝えておく」
「グラル先生か……」
毎回とはいえ休み明けの部屋の荒れ具合が酷い。
なんかもう紙の山が至るところに生成されているし、なんならもう既に一部崩れている。
紙だけじゃなくて本も積まれてるし、小物は散乱してるし……
とりあえず本を棚に仕舞いたいので棚の前を片付けないといけない。
なのでまずはそこにある崩れかけの紙の山を一旦退ける場所を作る。
机の上がギリギリ空いているので、そこを片付けて紙山を持って来よう。
「ん、ヴィレイ先生。これ私が見ても大丈夫なやつですか?」
「……ああ、一年生の魔法適性か。構わんが言いふらすなよ」
「はーい」
机の上に投げられていた紙を手に取ったら、知らない名前の羅列と数字、それから属性が書かれていた。これが一年生の魔法適性一覧表らしい。
それをこんな雑に投げて置いていいのか……と思うけれど、それだけ信頼して貰えているのだと思うと悪い気もしない。
まあ知り合いもイザールくらいしか居ないし、そんなに興味もないので他の紙と混ざらない様に避けておく。
知りたかったら本人に聞くので文字列の中からイザールを探す必要もないだろう。
「休みの間は何をしていた?」
「色々しましたよー。イピリアとスコルにも行きました」
「王宮には行ったのか」
「今回は姉さまだけ……って、ヴィレイ先生知ってるんですか?」
「キャラウェイがイピリア女王と懇意なのは有名だろう」
「そうなんだ……」
知らなかった。バレバレだったのかあのお茶会。
……いや、姉さまがカーネリア様と仲良しなのが知られているだけでお茶会の事とか私の事とかは知られていないだろう。
「あ、詳しくは明日ソミュールから聞いて欲しいんですが、夢魔族の睡魔緩和剤は試薬ですけどとりあえず完成したみたいです」
「ほう」
「なんかまだ調整したいらしくて、名前もまだ付けてないって姉さまが」
「キャラウェイが受け渡したなら安全ではあるんだろう。ソミュールが授業に混ざれば今までより格段に魔法使いの練度が上がるな」
「そういうものですか?」
「そういうものだ」
話しながら作ったスペースに紙の山を動かして、どうにか棚の扉を開けれるようにする。
ここに物を置ける隙間があるのが悪いよね。
とりあえずーって物を置いて、扉が開かなくなって本を仕舞わなくなるっていう悪循環が見える。
「それから、リオンとロイとミーファが魔視を扱えるようになりましたよ」
「ひと月で完璧に出来るようになったのか?」
「完璧……ではないかもしれないですけど、リオンもミーファもとりあえず出来るようには。ロイは結構完璧に近いらしいです」
「そのあたりはやっているうちに慣れるか……リオンも扱えるとは思わなかったが」
「なんか、血に魔力が混ざってるから種族的に出来るだろうって」
「なるほどな」
積んであった本を動かすようにお願いしたら本を閉じる音がした。
……まだ休みなのに私を呼び出したんだから、読書しないで真面目に掃除をしてほしい。
私だって本当なら読書しながらお茶を飲んだりのんびりするつもりだったのだ。
「あとはー……ちょっとだけ剣術習ったりしました。ロイも一緒に」
「魔導剣でも使うつもりか?」
「使えたらいいなーとは思ってます。あとはまあ、魔力に頼らない攻撃手段は持っていてもいいだろうってコガネ兄さんもよく言ってますし」
「それは魔法特化種のくせに物理攻撃を好む奴の言い訳だ」
「知ってはいますけど、何もないよりいいじゃないですか」
「……剣の種類は?」
「レイピアがいいんじゃないかって」
「まあ、妥当だな」
一時避難させた書類をパラパラ捲って確かめ、綺麗に積み直して次の場所に取り掛かる。
あっちの棚が小物系を入れている棚だが、例によって棚の前が混沌としているのでそこからだ。
……なんだこれ、妙にキラキラした石だな。
「先生、これなんですか?」
「そんなところにあったのか」
「無くしてたんですか……」
よく分からないけれど、無くして困るものはここに置いちゃ駄目だと思う。
とりあえず見つけたのでそのまま渡し、棚前整理に思考を戻した。
「あ、そうだ先生、聞いてください。ウラハねえとモエギお兄ちゃんがシャムとミーファ用に夜会用ワンピースドレス作ったんですよ」
「持っていて困るものでもないし、あの二人が作ったなら物は確かか。お前の分はないのか?」
「私はもう散々着せ替え人形にされてます」
「それもそうか」
ダンスパーティーあるんでしょ?セルちゃんも持っていく?出してくる?と散々聞かれたのを振り切ってきたのだ。出たくないから持ってこない。
そんな話をしながらしていた掃除は、夕方になってからようやく終わりを迎えたのだった。




