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学び舎の緑風  作者: 瓶覗
145/477

145,声掛けの押し付け合い

 かなり盛り上がっている三人を眺めつつお茶を飲んでいたら、いつの間にか結構な時間が経っていた。

 そろそろお昼ご飯の準備をする時間だけど……二人とも気付いていないみたいだ。


 止めるべきかなぁと考えながら何となく窓の外を見てみたら、アオイ姉さまとソミュールが話しているのが見えた。

 ソミュール、いつ起きたんだろう。


「セルちゃぁん。放置せんといてやぁ」

「いつから見てたのシオンにい」

「実はずっとソファで丸くなっとったんよ」

「クッションに紛れるのやめてよぉ」


 全然気付かなかった。

 そういえば朝ごはんの前に見かけたきりだったけれど、姿が見えないのは珍しい事じゃないので気にしていなかったのだ。


 まさか庭じゃなくてソファで寝ていたとは……

 猫の姿のシオンにいはソファで丸くなっていると置かれているクッションにそっくりなのだ。

 間違えて抱えたことも一回や二回じゃない。


「というか見てたならシオンにいが止めてよ」

「あの状態のウラハに話しかけたくないんよ」

「私だって横で見てるのが一番楽しい……」


 どちらが止めに入るか押し付け合っていたら、地面からトマリ兄さんが生えてきた。

 ちょっとびっくりしたけれど、まあトマリ兄さんだしな、と息を吐く。

 呆れ顔でこちらを見ているのは話を聞いていたからだろう。


「セル、お前がああなるようにしたんだろうが」

「そうだけどさぁ……」

「シオンもセルに押し付けようとすんじゃねえよ。普段甘やかしてるくせに」

「それとこれとは別問題やん?」


 頭を叩かれた。痛い。私の横ではシオンにいも叩かれていた。

 シオンにいの方が痛そうな音がしたので、私はかなり手加減されているみたいだ。

 でも普通に痛いからすぐに手を出すのやめて欲しい。


「もうトマリ兄さんが止めてよ」

「せやぁ」

「俺が言って止まるわけねえだろ」

「やるだけやってみようや、な?」


 一対一の押し付け合いならともかく、二対一の押し付けなら意外と押し通せてしまうものだ。

 トマリ兄さんが口喧嘩強くないってのもあるけどね。

 基本的に黙って物理で反撃してくる。酷い人だ。


「なあ」

「でもやっぱり色はこっちの方がいいわよ」

「質感はこっちの方が合いそうですよ?」

「おい」

「どうせなら二枚とも使いましょうか」

「そうなるとやっぱりここのデザインが……」

「腹減ったんだが」


 うーん駄目そう。なあなあ、と声を掛けてはいるけれど全く聞こえてない感じ。

 なんて傍観していたらトマリ兄さんがこっちを見たのでとりあえずシオンにいの方を見ておく。

 このままシオンにいを押し出してどうにかならないかな。


「あれー?なにしてるの?」

「お、サクラ」

「あ!また服作ろうとしてるー!もうご飯の支度しないとだよ!」

「あら、もうそんな時間?」

「わあ、本当だ。続きは後で、ですね」


 両手で籠を抱えて入ってきたサクラお姉ちゃんの一声で作業が中断された。

 すごぉ、と緩い声がシオンにいと同時に漏れて、思わず顔を見合わせる。

 なんというか、声の通りが違うんだなぁって。


「俺が言う必要なかったじゃねえか……」

「トマリ兄さんが落ち込んでる……珍しい……」

「普段無視なんてされんからダメージ大きいんやろなぁ」


 ズーン、って感じの気配を纏ったトマリ兄さんはそのまま闇の中に沈んでいき、ウラハねえとモエギお兄ちゃんが慌てて布を片付けて昼食の支度を始めた。

 シャムはなんだか上の空だ。口元を抑えてほわほわしている。


「シャム?」

「すご、すごいよセルちゃん。すごいんだよ。デザインこんなにいっぱい……まだ増える……」

「そうだね、最終確定までには多分倍くらいになるね」

「私のために、こんなに……」

「まあ、没案もどこか別の所に使われたりすることあるけど……良かったね?」

「うん!セルちゃんもありがとう!」


 満点の笑みを向けてくるシャムの頭を思わず撫でてしまった。

 嫌がられてないしまあいいかな……なんて思いつつ、まとめて置いてあるデザイン案に手を伸ばす。

 このデザイン案は全てウラハねえが描いている。上手だし描くのが凄く早い。


 避けられた布はとりあえず全てソファの方のテーブルに置かれているので、デザイン案もそっちに運んでおく。

 最終的にどうなるのかは私には分からないので、完成が楽しみだ。


「セルちゃん、手伝ってくれるかしら」

「はーい」

「あ、私も手伝います!」

「ありがとう」


 慌ただしく始まった昼食の支度はウラハねえとモエギお兄ちゃんを中心に、私とシャムとサクラお姉ちゃんが手伝ってかなりの速度で進んでいく。

 元々下処理は終わっていたのか、いつでも使えるように作り置きされていたのかお手伝いは簡単なことだけだった。


 それでも量が量だからね、人手は多い方がいい。

 ……というか、さっきまでここに居たはずのシオンにいはどこに行ったんだろう。

 どうせなら手伝ってくれればいいのにいつの間にか消えている。


「セルちゃん、ちょっと鍋混ぜててくれますか?」

「はーい」

「畑から野菜取ってきますね」

「これもお願い。あと三つくらい」

「はい、行ってきます」


 バタバタと進んだ昼食の支度は、なんだかんだいつもの時間通りに終わった。

 やっぱり手際がいい。うっかり遅れそうになっていたなんて言われなければ気付かないだろう。

 なんて思っていたら、中に入ってきたリオンがきょとんとした顔をした。


「なんでシャムがセルの服着てんだ?」

「……あ、そういえば着せたままだった」

「ちょっと貸してもらったんだー。可愛いでしょ」


 クルクル回るシャムに似合う似合うと拍手を送り、外から来た人たちには手を洗ってくるように促す。

 あとはもうお皿をテーブルに運ぶだけなのでみんなが戻ってくれば昼食になる。


 午後はまた服作りを眺めているつもりでいるので、午前中の魔視練習の成果は食べながら聞いておこう。……あと、一回は起きたはずなのにここには来ていないソミュールのことも聞いておこう。


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