136,休みの間の過ごし方
姉さまとソミュールが一言声を交わしただけなのに、なんだか一気に空気が変わった。
呼び名の多い姉さまだけど、本人が知らない呼び名を何故ソミュールが知っているのだろう。
二人の顔を交互に見ていたら、キッチンでお茶の用意をしていたウラハねえと目が合った。
「そういえば、夢魔族は花の民だったわね」
「うーん……そのあたり、僕はよく知らないなぁ」
「知らなくても覚えているものなのよ。あと、マスターは姫様って呼ぶと怒るから気を付けてね」
「怒らないよ、好きじゃないだけ」
花の民、という言葉の意味は分からないけれど、夢魔族が姉さまを呼ぶときの呼び名という事でいいのだろうか。
なんで夢魔族が姉さまを知っている前提なのかとかは言わないでおく。
言い始めたらキリがないからね。
姉さまたちが私に何かを隠していることは昔から分かっていたし、別にいいのだ。
何か悪意があって言っていない、なんてことはないって分かっているからそれでいい。
「ウラハ―、カップあったでー」
「あら、やっぱりシオンが持ってたのね」
「セルちゃんはどうしたん?なんか言いたげやなぁ」
「何でもないよ。分からないことは分かってるから」
「ん、そっか」
話しながらシオンにいはウラハねえにティーカップを渡し、代わりにトレーに乗せた人数分のお茶を受け取って机に乗せた。
……人数分、と思ったけど一つ多い気がする。
もっとたくさんあったら皆来るのかな、ってなるけれど、そもそも椅子の数が足りないのでそれはないだろう。
まあ、一人ならコガネ姉さんかな。姉さまは大体なんでもコガネ姉さんに丸投げするからね。
「さて、じゃあ本題に入ろうか。コガネー?」
「居るよ。主の話はもういいの?」
「うん。それはまた後で、ね」
姉さまに呼ばれて、奥からコガネ姉さんが出てきた。
迎えに来てくれた時は男の姿だったけれど、もういつもの少女の姿に変わっているししっかり着替えている。
その姿を見て、綺麗にみんなが固まった。
……そういえば、何度か会ったことがあるとは言ってもこの姿を見るのは初めてなのか。
私としてはこっちの方が馴染みがあるというか、いつもの姿って感じなんだけどね。
「……え?」
「あ、説明してなかったの?」
「してなかったの?セルリア」
「それ私がやることだったんだね……」
とりあえずコガネ姉さんは小首をかしげるのをやめて欲しい。
それ普通に破壊力あるからね。ほら、もうロイとかシャムとか固まっちゃってるからね。
意外にもミーファが一番落ち着いているけど、それでも目は見開いてるから。
「コガネ姉さんは家に居る時はこの姿だよ。外に出るときは男の人になってるけど」
「自由なの……?自由でいいの?それ」
「私たちに性別はないからね」
「でも、普通やらないよねぇ」
聞こえているだろうに何も言わずに椅子に座った姉さんは、手に持っていた紙を机に置いた。
そのまま目の前に置かれたお茶を飲んでふっと息を吐き、固まったままのシャムとロイを凝視している。
見られたシャムがビクリと肩を揺らして、その様子にコガネ姉さんがそっと目線を外した。
「……主相手に平然としているなら大丈夫だと思ったんだ……」
「系統が違うのよ、系統が」
「というか男の姿知ってるから余計にびっくりしてんやろなぁ」
コガネ姉さんは自分の容姿に基本的に興味がない。
姉さまもそうだったらしいので、お互いにお互いが目立っているんだろうと思っていたらしい。
どうなんだろうそれは。まあ最終的にはちゃんと二人とも目立っている、という結論に至ったのだからいいか。
それでもコガネ姉さんからすると姉さまが一番だから、姉さまが目の前に居てとりあえず固まったりはしていなかったから大丈夫だろうと凝視していたらしい。
そういえば来てすぐにソミュールと姉さまが話し始めたからなのか、二人とも姉さま相手にはあんまり緊張してはいなそうだった。
「せ、セルちゃんのお姉さんたちって美人ばっかりだね……」
「そうでしょ。感覚狂わされるでしょ」
「セルリアも自分の見た目に興味ないもんねぇ」
のんびりとした口調でソミュールがそんなことを言っているが、私はどちらかというと気にしている方だと思う。
確かに昔よりは気にしない様になったけど、何せ目の色が原因で捨てられたわけだし。
今でも時々悪魔の目―っていう言葉が聞こえるから、そのたびにちょっとは気にするしね。
まあ、あまり気にしない様にしているから興味なさげに見えるのかもしれない。
それはそれでいい事……なのかな。そういうことにしておこう。
「まあ、それは今はいい。とりあえず、休みの間の過ごし方だけ伝えておくね。
基本的には客間を自由に使ってくれていいよ。食事は客間のテーブルに置いておくけど……セルリアはどうする?こっちで食べてもいいけど、客間に椅子追加してもいいよ」
「うーん……朝はこっちで食べるよ。昼は……どうするか分からないけど」
「うん、了解」
そもそも朝は揃って食べることの方が少ないから、終わり次第顔を出すくらいでいいだろう。
ロイはちゃんと食べるだろうけど、シャムは朝あまり食べないしリオンはそもそも起きないし、で朝食が余ることもありそうだ。
「で、次だね。うちにはたまに来客があるけど、基本的には主の知り合いだから気にしないで。何か頼みたかったら声をかけてもいいけど。
あとは……出店リコリスは第四大陸の三国に店を出すから、着いて行きたかったら言ってね。出店日はこれに書いてあるから。行ってからは店が帰るまで国内で自由行動になるよ」
コガネ姉さんが机に放置していた紙を渡しているので、あれに出店日が書かれているのだろう。
というか姉さまがコガネ姉さんを呼んだ理由はこの説明のためだったのか。
それくらい自分ですれば……という思いとまあ姉さまならコガネ姉さんに頼るよなぁ、という思いが同時にやってきてどういう顔をすればいいか分からなくなる。
「僕は何かすることあるの?薬作るって聞いたけど」
「それに関してはちょっと説明しないといけなくてね。ある程度の形は出来てるんだけど、それでも完成じゃないからどう影響が出るか分からないんだ。だから、出来れば手伝って欲しいな、くらいなの。あんまり気にしないで自由に過ごしてくれていいよ」
姉さま的には直接話しているだけでも薬造りのヒントになるんだろう。
なんというか、天才ってこういうことを言うんだろうな、って感じの思考回路してるからね、姉さまは。
必要になるとものすごい速度で新薬制作するもん。
正直傍から見ていると意味が分からない。
ちなみに薬造りを手伝っているコガネ姉さんも意味が分からないなって思っているらしい。
なんてことを考えていたら、キッチンで立ったままお茶を飲んでいたウラハねえがポンっと手を叩いた。
シオンにいもその横でお茶を飲んでいる。ついでにお茶菓子まで摘まんでいる。ずるい。
「とりあえず説明は終わったんだし、昼食まで外を見て回ったらどうかしら」




