135,我が家は結構広いので
「おかえりセルちゃーん。コガネとトマリもおかえり。ありがとうね」
「ああ」
「おう」
出店リコリスを止めて寄ってきた兄さんたちに向けてにっこりと笑った姉さまは、そのまま向きを変えて出店の方に歩いていく。
その後ろを付いていきながら姉さまを盗み見ると、非常に楽しそうに、嬉しそうにニコニコと笑っているのが見えた。
とってもいい笑顔なのだけど、それ故に皆固まっちゃってるんだよなぁ。
それに気付いているのかいないのか、出店の前まで移動した姉さまは皆を見渡してニコーっと笑う。
うーん、ご機嫌。
「こんにちは、初めまして。来てくれてありがとう」
「姉さま、皆固まっちゃってるから」
「あら本当。……嬉しくてつい、ね?」
普段は自分の容姿が人を固まらせる自覚があるのに、テンション上がると忘れるのがアオイ姉さまの特徴だ。
今日もしっかり髪を結ばれている辺りソワソワしながら待っていたのだろうし、私は私で何の説明もせずにとりあえず姉さまに飛びついたから何も言うことはないんだけどね。
「あーあー。皆固まってもうてるわ」
「来るのがちょっと遅かったかしらね。マスター、ほらちょっと下がって」
「あ、シオンにい。ウラハねえ。ただいま」
「おかえりセルちゃん」
離れの方から歩いて来たシオンにいトウラハねえに頭を撫でられ、身をゆだねている間にウラハねえが離れて姉さまを回収していた。
シオンにいは出店の方を向いて手を叩いている。
「とりあえず荷物運んでやー。話はそのあと。質問はまあ、いつでもええけど」
「あ、この人がセルちゃんがよく話してくれるお兄さんか」
「たまにセルあの口調になるもんな」
「え、直してるはずなんだけど。というか私それ記憶にないんだけど」
「そりゃあ、気が抜けてる時にしか出て来ねえもん。覚えてねえのはそれだろ」
リオンが言うには、私が黙々と読書をしている時に声をかけると「待ってぇや今いいとこなんやから……」等々返されることがあって気にはなっていたらしい。
……いや初耳だよ、なんでその時に言ってくれなかったの。
文句を言おうと思ったのに、皆頷いているから一度は聞いたことがあるみたいだ。
もしかして気付いていなかったのは私だけなのだろうか。
シャムとロイも聞いたことがあるなら図書館とかだろうけど、私そんなに気を抜いていたつもりはないのだけれど。
「まあ、セルちゃんは昔から読書始めると他の事に気ぃ回らんくなるからなぁ」
「そんなに……?」
「口元にお菓子持ってくと食べるんよ。面白くてよくやったわぁ」
「なにそれ知らない」
昔からってことは私はもしかして知らない間にシオンにいに餌付けされていたのだろうか。
というかそれ、せっかくの美味しいお菓子を無意識で消費してるのすごく勿体ないのだけれど。
そういうことしないで欲しい。食べるならちゃんと味わいたい。
「まあ、それは今はええやん?ほら荷物運ぼー」
「そういえばさっき、シオンにいとウラハねえ、離れの方から来た?」
「最終確認しとったんよ。たまーに誰かが物置きっぱなしにしとるからなぁ」
そんなことを話していたら、皆荷物を持ってリコリスから降りてきていた。
私の荷物はとりあえずこのままでいいだろう。
急いで置いてこい、ということなら窓から入れて戻ってくるけど、そんな雰囲気でもないし。
「にしても家でけぇなぁ……」
「家だけじゃなく土地も広いね……立派な畑……」
「わあ、湖もある!」
改めて周りを見る余裕が出来たのか、出店リコリスが止まった玄関前から離れの方に向かいながら敷地内を見渡して楽しそうな声が上がる。
ソミュールは眠そうにしているけれど、それでもキョロキョロとあたりを見渡している。
シャムが一番はしゃいでるかな。ロイの緊張も解けたみたいだ。
そのまま客間の扉を開けると、シャムが歓声を上げて中に駆けこんでいった。
「すごい、すごい!これが離れ!?これで離れなの!?」
「おー!すげえ!宿みてぇ!」
「ソファと暖炉がある……それの他にテーブルセットもある……」
「奥に個人部屋があるから好きな所選んで荷物置いてきな。一番奥がトイレとお風呂だよ」
荷物を置きがてら中を探索してくるだろう、と廊下を眺めていたら、離れの扉が開いてトマリ兄さんが入ってきた。
何か用事があるのかと思ったら、何も言わずに私の頭に肘をついた。
「重い!やめて!」
「おー。セルの荷物部屋に入れといたぞ。なんか先に分けるもんあるなら行ってこい」
「ありがとー、特に分けなきゃってものはないかな」
「そうか。おいシオン、ウラハが呼んでたぞ」
「あ、そうなん?まあ直接じゃないならこれ終わってからでええやろ」
一応用事はあったみたいだ。
あとで置きに行こうと思っていた荷物はトマリ兄さんが運んでくれたらしいし、私はここでみんなと一緒に居ていい感じかな。
なんて思いつつトマリ兄さんの肘を退けようと藻掻いていたら、荷物を置いたらしいソミュールとリオンが戻ってきた。
部屋割りは、男女でそれぞれ固まる感じになったみたいだ。
「早かったね」
「俺ら荷物少ねぇからな」
「置くだけだしねぇ。この後は?」
「マスターが会いたがってるからそっち行くで。その後はまあ、昼飯まで自由やな」
「マスターってセルの姉ちゃんか」
「そ、俺らの主、セルちゃんのお姉様」
この二人は特に姉さまに対しての緊張がないから気軽だ。
なんて思っている間に他の人たちも部屋から出てきたのでこのまま家に向かうことになった。
姉さまの事だから外で待ってたりするかと思ったけれど、流石にそれはなかったみたいだ。
家の玄関を開けると何故かカウンターに椅子が増えていたけれど、それは気にせず奥に向かう。
姉さまは食卓のいつもの椅子に座ってお茶を飲みながらウラハねえと話していた。
こちらに気付くと笑顔で手招きしてくるので、とりあえず寄って行って座る。
「みんなも座って。どこでもいいよ」
「は、はい」
「ウラハは俺になんか用事あるん?」
「ええ。昨日使っていたティーカップ、シオンが持っていった?見当たらないのよ」
「あー……部屋にあるかもしれん。見てくるわ」
シオンにいが二階へ向かって行き、その間にみんなが空いている席に腰を下ろす。
姉さまの正面にはソミュールが座ったみたいだ。
目が合った二人は数秒間見つめ合っていたけれど、ソミュールが笑って視線を外し、口を開く。
「初めまして、愛しき空の姫」
「うーん、その呼称は初めて聞いたなぁ」
ソミュールの口から、どこかソミュールのものではないような声が姉さまを呼んだ。




