130,それぞれの反応
食堂から教室に向かって廊下をのんびり歩いていたら、ちょうどソミュールを運んでいるミーファを見つけた。
寄って行ってソミュールの身体を浮かせると、ミーファが振り返って微笑む。
「おはよ、セルちゃん」
「おはようミーファ。ソミュールは起きなかったの?」
「自力で着替えはしたんだけど、そのあとまた寝ちゃった」
「そっか」
つまりはまあ、いつも通りだった。これなら一回くらいちゃんと起きるだろう。
授業中に起きるのがソミュールにとっては一番いいのだけれど、今日ばかりは休み時間に起きてくれることを願っておく。
そんなことを話しながら教室に入ると、何やらいつもより賑やかな話し声が聞こえてきた。
何かあったのかと思ったけれど、話題になりそうなものが置いてあるわけでもなく。
見ただけでは何があったのか分から無さそうなので、誰かに声をかけて聞いてみることにした。
「おはようリムレ、なんでこんなに盛り上がってるの?」
「あ、おはようセルリア。今日の一限、先生が急用で自習になったから皆はしゃいでるんだよ」
「へえ、自習に……」
この学校は一つの科目につき一人しか先生が居ないのが普通なので何かあるとこうして自習になることもある。
今はどうにかなっているけれどそのうち人を増やしたい、みたいなことをヴィレイ先生がぼやいていたりもするので、今後は少なくなるかもしれないけれど。
ちなみに自習とは「教室から出ず、過度に騒がす、時間いっぱい好きなことをしていろ」という意味なので周りがはしゃいでいるのもまあ分かる。
私はどうしようかな。ソミュールが起きるのを待ちつつ読書でもしてようかな。
「っしゃあ間に合ったぁ!」
「あ、リオンだ」
「おーっす」
「全力疾走の後にお伝えするのはちょっと申し訳ないけど、今日の一限自習らしいよ」
「マジかよ……」
そもそも走ってこないといけないようなギリギリに起きるのが悪い。
今日は気分じゃなかったのでパンも持ってきていないし、空きっ腹のまま昼まで過ごしてもらおう。
そんなことを言っている間にリオンは流れるように私の前の席に座った。
自習だからって流れるように人の席に座るのはどうなんだろう。
……まあ、その席の人は最初からリオンの席に座ってたんだけどね。
もう何も言わずに当然のように席を入れ替えているんだからちょっと笑える。
「そうだ、リオンは長期休みの予定って何かある?」
「予定?なんもねえよ。いつも通り適当に宿取ってクエスト受けながら過ごす」
「姉さまが休みに友達を連れておいでって言ってるんだけど」
「へえ、セルん家に?泊まり?」
「泊まり。それなりに長々」
ロイとシャムは頭を抱えていたけれど、リオンは目を輝かせ始めた。
そういえば去年の長期休みは誰も居なくて暇だーって言ってたもんな。
最上位薬師様とか考えなければ友人の家に泊まりに行くだけなわけだし、リオンはそっちで考えているのだろう。
「行きてえ行きてえ。他は誰が居んだ?」
「ロイとシャムは返事待ち。後はミーファとソミュールに声をかけるから、ソミュールが起きるの待ち」
返事を待つ気満々だったのに即答が帰ってきた。
姉さまもこのくらいの気軽さで来た方が嬉しいんだろうな。
とりあえずリオンは確定として、後はミーファとソミュールだ。
起きないかなーと目を向けると、ミーファが気付いて近付いてきた。
寄ってきて机に手を付いてしゃがみ、こちらを上目遣いで見てくる。
……うーん、可愛い。完成された可愛さがある。
「どうしたの?セルちゃん」
「可愛い……」
「セルー?話さねえの?」
あまりの可愛さにちょっと思考が停止しそうになってしまった。
姉さまだったらこのまま戻ってこなかったかもしれない。
「ああ、えっとね、ミーファって長期休みの予定は何かある?」
「お休みの予定……今回もソミュちゃんの所にお邪魔する予定だったけど、何かあるの?」
「姉さまが友達を連れてこれないかって言ってるの」
「セルちゃんのお姉さんが……え、最上位薬師様が?」
「うん。ソミュールも誘う予定だし、返事は急ぎじゃないんだけど……」
ピタリと動きを止めてしまったミーファの頭を撫でて、これが普通の反応だよなあとしみじみ思う。
リオンの感覚は中々希少だ。姉さまに気に入られる予感がする。
まあ、トマリ兄さんとは既に仲がいいしそれもあって何のためらいもなく返事をくれたのかもしれない。
なんて話していたら、何やらもぞもぞと動く音が聞こえてきた。
振り返ると、ソミュールが顔を上げて目を擦っている。
眺めていたら目が合って、不思議そうに首を傾げられた。
「おはようソミュール」
「おはよ……授業は?」
「自習になったよ。今話し出来る?」
「うん。いいよぉ」
私が移動したらミーファも付いてきた。
リオンは動いていないみたいだ。まあ、あの位置からでも聞こえるんだろう。
ミーファも聞こえるだろうに、ソミュールの返事が気になるのか私の後ろにピッタリ付いてくる。
「次の長期休みに泊まりに来ないかって姉さまが言ってるの」
「んー、特に用事はないし、行くのは良いけど……僕が行っても寝てるだけだよ?」
「それでも姉さまの本命はソミュールだと思うんだよね」
「そうなんだ。ミーファも一緒?」
「ミーファの返事によるかな」
「そ、ソミュちゃんが行くなら私も」
ソミュールも返事が早かった。それに釣られてなのかミーファも返事をくれた。
これで残るは朝のうちに話した研究職組だけだ。
数日くらいは待つつもりだったのだけれど、皆判断が早い。
これなら明日にでも手紙を出せてしまえるかもしれない。
ソミュールはのんびりと「ヴェローに言いに行かないとなぁ」なんて言っている。
起きている時のソミュールは意外と活発なので、休みの日に起きていると街に行ったりもしているのだ。
私は手紙で現状報告をしているけれど、ソミュールは直接会いに行って色々報告をしているらしい。
大体はミーファと一緒に行っているようで、たまにミーファからも話を聞く事がある。
今回のことも二人で報告に行くのだろう。
「……仲いいねぇ」
「なぁに?急に」
「何でもないよ。詳しく決まったら教えるね」
「うん。じゃ、僕もうちょっと寝るねぇ」
「はいはい、お休み」
ポスっと頭を枕に落としたソミュールを見てから、ミーファと一緒に席に戻る。
とりあえずこれで私のミッションは終わりなので、残りの時間は二人と喋っていることにした。




