13,可愛いは正義と姉は言う
部屋の明かりは、朝一定の時間に勝手につくようになっている。
消灯時間は決まっているわけではないが、生徒たちの目覚めを促すために朝は明るい色で灯るらしいのだ。
目下これが朝日の代わりである。
明るいと自然に目が覚める習慣が身に付いているので、これは本当に有難い。
ぐっと伸びをして顔を洗って、ついでに髪を整えて服を着替える。
朝食を済ませて荷物をかかえ、教室に入って借りてきた本を開く。
ほどなくして先生が入ってきて朝会が始まり、授業の教室に移動したりしなかったりして一日過ごす。のがここでの生活だ。
一週間もすればある程度慣れる。
これでも、適応能力はそれなりなのではないかと思っているので。
「さて。以上が今日の日程だ、が。今日から実技が始める。はしゃぎすぎて怪我をしないように」
朝会をそう締めくくって、先生は教室を出ていった。
そう。今日から実技の授業があるのだ。
何をするのかと言うと、戦闘職というくくりになっている以上戦闘の実技であるらしい。
どうやるのかは知らないが、とりあえず杖を強めに握っておいた。
やってみないと分からないのだから、今考えても仕方ない。気合だけ入れておこう。
まあどうにかなるさーと楽観視して実技のために移動する。向かう先は林の前の空間だ。
あの場所は実技場の代わりになっているらしい。
整え切った場所でやるより身に付くだろう、みたいなことを言っていた気がする。
移動を終えて授業開始の鐘が鳴ると、そこに来ていた先生がパンっと手を叩いた。
そして、笑って両手を広げる。
「さあ、一旦二手に分かれて貰うよ。魔法使いか否か、魔法使いはこちらに寄ろうか」
よく通る声で指示を出し始めた先生の言葉に従って生徒たちが移動を始め、それを見て実技の教師であるグラル先生が満足げに笑った。
「いやはや、今年の子たちは聞き訳が良くて結構。それじゃあ、人数の指定はしないから魔法使いとそれ以外が一人以上ずつ入る組を作ってくれるかな?」
そこで組んだ人と、実技を行うことになるのだろう。
……苦手、苦手だ。他人との会話を強制させられている感じが苦手。
それでも、まあ、魔法使いの方が人数が少ないから一人くらい私と組んでくれる人もいるだろう。
そうであってくれ。そうじゃないと心が死にそう。
そもそも人見知りする質なのだ。自分から声をかけるのは苦手なのだ。
なんて、内心泣き言を言いながらすまし顔でどうしようかと呟いていると、真横に人の気配が現れた。
顔を上げると、そこにはにいっと笑った銀髪の少年がいる。
何となく、見覚えがあるような無いような。
「なあ、俺と組まね?」
「いいけど」
「よっしゃ。俺、リオン。よろしくな」
「セルリア。よろしく」
握手を求められて素直に応じると、少年らしい無邪気な笑みが返ってきた。
……私に真っ先に声をかけた理由は分からないけども、とりあえず最難関はクリアである。
リオンに感謝しなければいけない。
「……先に言っとくけど、俺は薬師興味ないからな」
「誰も何も言ってないけど」
「だってそう思われてそうじゃん」
「まあ、それはまあ……じゃあなんで真っ先に私?」
「ドラゴンと話してただろ?俺、ドラゴン好きなんだ」
「……あ、あの時の」
思い返すのは、授業最初の日。
ドラゴンと対峙した直後に声をかけてきてドラゴンの鱗の感触に目を輝かせていた姿。
なるほど、見覚えはそれだったらしい。
「……ん、一人溢れそうか?」
「本当だ。ミーファさんだっけ」
「セルリアって、差別とか偏見とかないんだな」
「んー……まあ、姉さまが仲いい人は人間以外のことが多いから」
なんて応答をしている間に、リオンは真っ白な耳を不安げに動かしている少女に近付いている。
声をかけて何か話していると思ったら、私が向かうより早く二人そろって戻ってきた。
「え、えっと、私が混ざってもいいの……?」
「おう!」
「よろしくね」
にこやかに答えれば、私より低い位置にある顔がぱあああ、と輝いた。
……私には分かる。姉さまがこの子を見たらそっとお菓子を差し出して頭を撫で始める。
ピコピコ動く耳も愛でる対象と化すだろう。
「よし、ちゃんと組めたね。人数も……寄りすぎてはいないようだ。うん、上出来上出来」
頭を撫でてもいいだろうか、と考え始めていた思考は、先生の声で着陸させられる。
目を向けると先生は腰にある剣の柄に手を置いて、何か確かめるように足元を見ているところだった。……なんだか、嫌な予感がする。
その嫌な予感は私だけでなく傍にいる二人も感じているようで、ミーファは小さく震えているしリオンは先生を睨むように注視している。
そんな視線を受けても先生の態度は変わらない。……な、慣れてる……
「よし、じゃあ一組一体だ。簡単に分けるから、他の妨害等はしないように!したところは見ているし分かってるからね」
先生のよく響く声がそう告げて、途端足元から何か、石のような何かの気配がした。
石の気配、なんて曖昧なことを言ったが、徐々に姿を見せ始めたそれに納得の声を上げる。
戦闘訓練用の、石の兵士だ。兵士と言っても完璧な人型ではなく、何となく胴と手足、頭が分かるくらいの形をしている。
「つまり、倒せと」
「なるほど一気に分かりやすくなったな!」
「こ、これ、ずっと足元にいたんだね……」
兵士の大きさは、私と同じくらいだろうか。
横幅は向こうの方が三倍くらいあるが、まあそれはいいのだ。
「二人とも武器とかある?」
「いやもってね……あるわ!なんか置いてある!」
「いつの間に……」
何もないなんてことはないだろうと声をかけると、二人の驚いたような声がした。
振り返るといつの間にか後ろの地面に訓練用の各種武器が刺さっている。
……本当に、いつの間に。
「ミーファなに使う?」
「あ、じゃあ短剣……」
「よし!俺大剣な!」
滞りなく武器も決まったようだ。何より何より。
そんなわけで、各々武器を構えて目の前の相手を睨む。始めの合図は、もうかかっているようだ。




