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学び舎の緑風  作者: 瓶覗
115/477

115,合同授業・魔法歌

 朝食を終えて杖を揺らしながら教室に向かっていると、後ろから小走りの足音が聞こえてきた。

 私の後ろで減速したので振り返ってみると、朝食には起きてこなかったリオンが立っている。


「よう」

「おはよ。もうちょっと早ければ朝ごはん食べれたのに」

「ちょっと損した気分だよなぁ。普通に腹減りそう」

「パン一個あるよ」

「くれんの?」

「いいよ」

「流石セル。サンキュー」


 一限に現れないようなら私のお昼ご飯にするつもりだったけど、このタイミングなら一限が始まる前に食べ終わるだろうしいいだろう。

 でもやっぱり自分で起きてきてちゃんと食べるべきだと思うけどね。


「というか移動場所はちゃんと覚えてたんだ」

「まあ、昨日ヴィレイせんせーに睨まれたしな……」

「笑い堪えるの大変だったよ」

「お前なぁ……」


 昨日の時点で今日の合同授業のお知らせはされていたし、その際に教室を間違えない様に、と言ったヴィレイ先生が特に強めの眼光でリオンを見ていたのだ。

 あれは「お前は特に聞いて無さそうだからちゃんと確認して来いよ」的な目だった。


 思い出して笑っていると頭を小突かれた。

 睨まれるようなことを日常的にしているほうが悪いだろう。

 私は放課後に遊んでいることでたまにため息を吐かれるくらいで、授業に関しては何も言われていない。


「そういやセルお前、ロイたちと一緒に来なかったんだな」

「あー、シャムが部屋に忘れ物したらしくて、二人はそっち寄ってから来るんだって」

「ほーん」

「聞いといて興味なさそうだな……」


 合同授業なので向かう教室は同じであり、朝食の時は一緒に行こうか、と話してもいたのだ。

 シャムが忘れ物に気付いた時に一人で取りに戻ると言っていたけどまだ目が覚めていなさそうでちょっと危なっかしかったのでロイも一緒について行き、私は一人教室に向かっていた。


 なんというか、ロイは本当に面倒見がいい。

 故郷の村では子供たちに大人気だと聞いたけどそうだろうなぁ、と心の底から納得してしまう。

 リオンも子供と仲がいいけど、ちょっと違うタイプだ。


 そんなことを考えながら廊下を進み、教室の中に入る。

 教室の中はまだ人もあまり居らず、席は好きなところに座れそうだ。

 どこがいいだろうかと見渡してみると、ミーファとソミュールが後ろの方に座っていた。


「あ、おはようセルちゃん、リオンも」

「はよー」

「おはよう。ソミュール寝てる?」

「寝てるけど……いつもより眠りが浅いみたいでちょっと起きてまた寝ちゃうの」


 ソミュールの横に座って杖を立てかけ、荷物を足元に降ろす。

 ……ソミュールはいつも枕を抱えて頭を埋めるようにして寝ているから、起きている時は見えない髪留めが寝ている時はよく見える。


 これ、見えてるといたずらしたくなるんだよねぇ……

 外したい。外したからって何も無いんだけど、なんか外したい。

 うずうずしながら手を伸ばしたら、ちょうどソミュールが起きて手を掴まれてしまった。


「セールーリーアー」

「まだ何もしてないよ」

「もう、セルリアすぐ僕の髪留め取るんだから……」


 ぷくーっと頬を膨らませたソミュールは掴んだ私の手をぶんぶんと振る。

 眠気は覚めたのだろうか。


「セルリアの髪留めも取ってやるー」

「あはは」


 手を伸ばされても取られる気がしない。

 ミーファはソミュールの後ろで笑っているようで、堪えきれていない小さな笑い声が聞こえる。

 見えないけれどリオンも私の後ろで笑っているようだ。


 そんなことをしている間にいつの間にか授業開始の時間になったようで、ノア先生が教室に入ってきた。

 それと同時に鐘が鳴り、流石にじゃれるのはやめて前を向く。


「さあ、合同授業・魔法歌。始めましょうか」


 教壇に立って笑顔で教室内を見渡したノア先生は、手元の手帳に何かを書き込んで再び顔を上げた。

 ……出席表かな?合同授業は欠席すると後から補習が入るって言ってたし、多分そうだろう。


「まずは魔法歌について説明しましょうか。知っている人もいると思いますが、魔法歌とは歌によって発動する魔法の種類です。

 演唱の代わりに歌を歌うのですが、発動するかどうかは個人差が大きく、扱える人が少ないことからあまり一般的ではない物の一つですね。

 発動条件が分かりにくい反面、扱えれば非常に強力です」


 魔法適性と魔法歌の適性は全く別のものであり、ついでに魔法歌の適性は歌一つずつ違う。

 あの歌が発動するならこれも行けるだろう、とかが出来ないも術者が少ない理由の一つなのだとシオンにいが言っていた。


 魔法歌自体は見つけ次第記録を残されるような希少で強力なものなので調べれば本に載っていたりするが、歌詞だけ分かっても歌えないので結局は人が歌って忘れない様にするのが一番なのだ。

 そんなわけで魔法歌はそれとは知らずにその村の昔から伝わっている歌、みたいな感じで世界各所で聞けたりする。


 村の子供や訪れた旅人が何とはなしに歌ってみて魔法歌としての効力を発揮する、みたいなこともそれなりに聞く話ではある。

 急に発動するし滅多に見れないものだから誰も何が起こったのか分からなくて大騒ぎになるらしい。


「魔法歌を聞いたことがある人は居ますか?出来れば発動を見たことがあると良いのですが」


 穏やかな声で挙手を求めるノア先生と目が合った。

 ……これ、手を挙げても挙げなくても指名されるやつだな。

 どうせバレているなら大人しく挙手した方がいいだろう。


「三名ですか。うん、多い方ですね。セルリアは星読みの歌ですね?」

「はい」

「他二人はどうでしょう。名目が分からなくても、どのような歌だったか教えてください」


 星読みの歌は、シオンにいが歌う魔法歌の一つだ。

 おまじないみたいなものだって言ってたけど、おまじないと呼ばれる物より曖昧ではないのだと後からコガネ姉さんが教えてくれた。


 先生たちは姉さまとその契約獣……つまりは私の兄姉たちをよく知っているみたいだから、私が聞いたことがあるのも最初から知っていたのだろう。

 そんなことを考えながら先生の話を聞き、メモを取っていたらノア先生がパンっと手を叩いた。


「さて、魔法歌は実際に聞いてみるのが一番ですからね。去年は出来ませんでしたが、今年はタイミングが合ってよかった。今から魔法歌が聞こえますから、皆静かにしていてくださいね」


 言いながら窓を開けた先生に教室内は少しざわついて、その後すぐに静かになる。

 その様子を見てにっこりと笑った先生の横、開いた窓からは春風と共に優しい歌声が入ってきた。


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