112,少し不思議な黒猫後輩
入学式から早一週間ほどが経ち、校内で見かける一年生たちの行動もどこか落ち着いてきたような気がする。
私は研究室にも所属していなければ入学生に知り合いもいないのであまり関係がないことだ。
なんて高を括って一年生にどんな子が居るのかの確認すらしていなかったら、急に目の前に人が現れた。
……いや、急に、ではないかもしれない。
私の目の前に現れた子は、首に鈴付きのチョーカーを付けているから歩いてきたのは音で分かってはいたのだ。
でもまさか私の目の前で止まるとは思わなかったので驚いてしまった。
「こんにちは」
「……こんにちは」
ニコーっと笑った少年の頭には黒色の猫耳がピコピコと動き、腰からは黒い尻尾が垂れている。
猫の獣人みたいだけれど、私に猫獣人の知り合いはいない。
姉さまには居た気がする。羊の獣人と共に行動する実力派の冒険者だったはずだ。
「貴女がセルリアさんだよね?」
「そうだけど?」
考えてみたけれど結局この少年が何者なのかは分からなかった。
けれど、向こうは私のことを知っているみたいだ。
……なんだろうか。喧嘩なら買うけど。
「やっぱり!俺はイザール。よろしくね」
「……ごめん、知らない人だ」
「あ、うん。会ったことはないよ。俺が知ってただけ」
なんだよもう。結構真剣に一回でも会ったことがあったっけ、って考えていたのに。
まあそれならわざわざ名乗りはしないか。
「この後暇ならちょっとお話しない?」
「んー……まあいいか。食堂でいい?」
「うん」
何が目的なのかは分からなかったが、学校内ならそんなに警戒しなくてもいいだろう。
一応杖は持っていればいいし、食堂なら人が居るから何かあっても大事にはならないと思うし。
そんなわけで食堂に移動してお茶を用意して向かい合う。
「……それで?」
「俺ねー、フォーンの王様に飼われてるんだ」
「飼われてる……?」
「そー。いいでしょ?これ」
ちりん、と首の鈴を鳴らして、目の前の黒猫は機嫌よさげに笑う。
獣人って飼われているっていう言い方を嫌う印象があったのだけれど、イザールはそうじゃないらしい。むしろ気に入っているみたいだ。
「王様、ってとこには何も言わないの?」
「ああ、そうだね。ケイさんに獣人を飼う趣味があったなんて知らなかった」
「んっふふ。飼われてるって言い始めたのは俺だからね」
ケイさん、とはフォーンの王様で魔王を倒した勇者様で、姉さまの知り合いだ。
王様というよりは優しいおじさんという印象で、王の職務は早めに引退してのんびりした隠居生活を送りたいと言っていた。
孤児院を作ったりもしていたから、イザールは拾われたのだろうか。
基本的には孤児院に入るとしても何か能力があれば王城の方に引き取られることもあるのかもしれない。
「それでねー、俺はフォーンのお城から学校の中の状況を見てくるようにーって言われたんだ」
「学校の中の状況……ねぇ」
「そう。亜人差別とか、そういうの」
「それ私に言っていいの?」
「誰になら言っていいとかは言われてないしね。一人くらい知ってて助けてくれそうな人が居たらいいなーって思ってたんだよ」
それで私に白羽の矢が立ったのか。
何をもって私を選んだのかは分からないけれど、フォーンの王城に居たなら姉さまのことも知っているだろうしそれでだろう。
「アオイさんの妹だって言うから大丈夫かなーとは思ってたけど、正直予想以上だったよ」
「何が?」
「一週間こっそり見てたけどさ、一緒に居る人大体亜人じゃん」
「……確かにそうかもしれない」
「あれ、無意識なの?」
見た目はただの人と変わらないし、一緒に居すぎて忘れていたけど私の周りで亜人じゃないのはロイだけだ。
言われるまで本当に忘れていた……というか気にしていなかったのでちょっと驚いてしまった。
「あはは!ほんと、予想以上だなぁ」
「まあいいや。知ってても何も言わなきゃいいんでしょ?」
「うん。あと、気が向いたら助けてくれると嬉しいな」
「襲われてるところに遭遇したらね」
「わぁい。頼りにしてるね、先輩」
欠片も思っていなさそうな声だけれど、尻尾が持ち上がっているのを見ると頼りにはされているのかな、とも思う。
……性格だのなんだのはまだ分からないけれど、見た目は割と可愛いしね。
「うん?なんか俺すごい見られてる?」
「……黒猫かぁ」
「先輩猫好き?」
「好きだよ。尻尾触っていい?」
「駄目」
駄目かぁ。ミーファは結構耳とか触らせてくれるのに。
まあそのあたりは個人の自由なので何も言わないし無理強いもしないけれど。
「そういえば、その鈴邪魔じゃないの?」
「慣れたからね。飼い猫の証っぽくて気に入ってるんだ」
「ふうん……王様からの貰い物?」
「そうだよ。欲しい物聞かれた時に鈴って言ったらこれ貰ったの」
「……鈴付きチョーカーを」
「いや、後からチョーカーに付けた」
「だと思った」
ケイさん最初いい顔しなかったんだろうなぁ。
それでも本人が嬉しそうだからと怒ることも出来なくてそのままなのだろう。
なんか目に浮かぶ。苦い顔しながら頭撫でたりしてたんだろうな。
そんなことを考えながら、何となくおしゃべりを続けて夕飯の少し前に解散になった。
このまま食堂に居ても良かったのだけれど、まだ時間もあるし荷物を部屋に置いてくることにしたので席を立つ。
イザールはこのまま食堂に居るらしいので、とりあえず手を振って別れる。
なんだか不思議な後輩と関わることになった気がしなくもないが、これも縁だろう。
襲われているところに出くわしたら助ける、とは言ったけれど、あの黒猫がそんな危機に陥るとは思えない。
何となくの勘だけど多分あの子は面倒事から逃げるのが得意なタイプだ。
猫だからシオンにいと同じ感じがするだけの可能性もあるし、むしろ面倒事に首を突っ込むタイプな可能性も大いにあるけれども。




