1,長い話は右から左へ
あたたかな日差しの中を風が抜けた。
その風は森の香りを乗せて人ごみの中を通り抜ける。
とある場所に集まっていた少年少女たちの間を抜けて、その先へと流れていく。
風に乱されたシルバーピンクの長髪を撫でつけて、一人の少女が前を向いた。
風は好ましいものだ。彼女にとっては、自然の中で最も好ましいものである。
風に誘われるように目線を滑らせると、その先の壇上に人が現れたところだった。
「それでは始めましょう。まずは、入学おめでとうございます。皆様で入学生は第十期目となり、この学校の節目ともいえる年になりました」
そんな言葉を聞き流す。彼女の敬愛する姉が、長い話は聞き流すものだと言っていたから。
入学式、と位置付けられたその式典を終えて、まずはぐっと伸びをする。
はしたないとかそんなことは知らない。
それは気にしないものとしていた。……過度なことは、除くけど。
伸びをしている間にいつの間にか先生が来ていて、誘導されて移動が始まる。
ここは、勇者が作った国フォーンにある国立学校である。
今日は今年の分の入学生を受け入れる日であり、受け入れられる側であるセルリアは大人しく指示に従った。
この世界に初めて作られた学校という施設は、今はまだここのフォーンにしかない。
今、別の大陸で作る予定が出来ているらしい。
そんな噂を思い出しつつ案内された教室に入り、席を確認する。
教室の前に張り出された席の確認をしていると、後ろから高飛車な声が聞こえてきた。
……分かってしまう。ああ、面倒ごとが始まりそうだ。
「私、ネフィリムから参りましたアンネッタ・ファルネティと申しますの。皆様のお名前をお聞きしてもよろしくて?」
言葉使いは丁寧だが、真っ先に自分の姓を強調した。
つまりは自分の生家が貴族であると言いたいのだ。そのうえで、貴族でないものを威圧するように名前を聞いてきた。
そっと後ろを振り返ると、声の主は思った通り取り巻きを従えてふふん、と胸を逸らしている。
……様々な知恵をくれた兄が言っていた。貴族というものは、人によるが自分が偉いのだと誇張してそう扱わないと不服と騒ぐものなのだと。
姉さまはその立場を主張することを嫌う人だったから、直接的には分からなかったがなるほどこれか。
確かに面倒くさそうだ。というかすでに面倒くさい。
何が気に入らないかと言われれば、その一行は既に名前を聞く相手を決めているらしいのだ。
全員服装は指定された制服だが、その中でも装飾品や身だしなみでそれなりに財のある家の者は分かるのだろう。
分かっていて、自分が上だと確信したいのか証明したいのか。
ファルネティとかいう家がどのくらいの立場か、私には分からないが分かる人は分かるのだろう。
なんて横目で眺めていたら、何と面倒なことにそいつらは私の方に歩いてきた。
……ああ、これは。
抱えた杖の質か、それとも髪留めか。
どちらも姉さまがくれたもの。質が悪いわけがないので当然と言えば当然か。
「貴女は?なんとおっしゃいますの?」
「……セルリア。姉が一代貴族なだけで、私に姓はないわ」
素直に答えると、相手は勝ち誇った顔をした。
私が貴族でないから?はっ。
その余裕の表情がどう動くのだろう、と意地の悪いことを考える。
「あら、そうなのね?お姉様のお名前は?」
「アオイ・キャラウェイ」
「……え?」
「聞こえなかったかしら?アオイ・キャラウェイが私の姉の名前よ」
私の、親愛なる姉さまの名前。
聞こえなかったわけではないのだろう。
一代貴族、とバカにしていた相手が、自分より上の立場で思考が止まったのだろう。
……ふふ。さっきの余裕の表情はどこへやら、ポカンと口を開けて止まった顔は滑稽だ。
なんて、あまり考えていると怒られてしまう。
視線が集まっているのを感じながら席の確認に戻ると、相手は放心から戻ってきたらしい。
アオイ・キャラウェイ。私の、血のつながらない姉。
この世界でただ一人の最上位薬師。その身分は王族と同等とか言われていたっけ。
本人がそれを嫌っているのは、一体何人が知っている事か。
なぜそんなに嫌うのかと聞いてみたら、ぼやぼやと人の上だとか、人の前だとかに立つのは苦手なのだ、と言っていた。
世界全ての薬師の師と謡われる最上位薬師が。
世界中の何よりも美しい美貌の人が。
聞いた時に思わず笑ってしまったら、酷く拗ねられてしまった。
思い出して頬が緩まないように表情筋に力を入れると、存在を一瞬で忘れていた背後の相手が何か言おうとした気配がした。
面倒ごとの再来に顔をしかめると、言葉が来るより先に教室の戸が開く。
「全員いるな?校内案内だ。移動する。ついてこい」
全ての音を遮ってそういった人は、入学式で見かけた人。
あの列にいたということはこの学校の教師なのだろう。
「私語は基本許さん。質問は許す。遅れる者は置いて行く」
淡々と、興味がないかのようにそう言って歩き始めたその人の後ろをみんな慌ててついていく。
私もその波に乗り、背後の面倒ごとから距離を取った。
……なんだか私まで避けられているようだ。
家を出るときに、必要ならいくらでも使えと名前を出す許可は貰ったが、使用機会が思っていたよりずっと早かった。
自分では嫌っている立場のくせに、使うことに躊躇いはないらしい姉さまの潔さに感謝である。
校内案内を先導している教師は、長い紫銀の髪を揺らしてまっすぐに歩いていく。
そして、振り返ることなくよく通る声を発した。
「今いるのは戦闘職の教室棟だ。向かい側に研究職の教室棟があるが、基本行くことはない。この廊下の先が中央施設。もうすでに通っただろう。教師の部屋や教務室、手当て用の保健室等がある。中庭を通るぞ。ついてこい」
ちらりと振り返って、その先生は中庭に出た。
その後ろを付いていくと、長い袖に隠された手で左側を示すのが見えた。
「あれが研究職の教室棟だ。今から向かうのは生活施設棟。食堂や図書館がある」
図書館、と聞いて思わず顔が上がる。
きっと、見たことも無いような本も置いてあるのだろう。
……貸し出しは出来るのだろうか。出来ないなら、私は図書館から出て来られないかもしれない。
姉さまは必要な分だけの本を持っている人で、それでも本の量はすごく多かった。
姉さまよりも私の主な育て手だったシオンにいの方が本は持っていたが、その内容にはやはり偏りがある。知らない本が読めるのは、何より楽しいことだった。
初めまして、もしくはお久しぶりです瓶覗と申します。
新しく書き初めましたこの話ですが、世界観は前作前々作と同じですし続きのつもりで書いているので、説明した気になって説明を入れ忘れてる場所等あるかもしれません。
もし見つけたら教えていただけたら嬉しいなと。
それ以上に、長くなると思うますが最後までお付き合いいただければ嬉しいなと思います。