女勇者の父、魔王と話す その3
ソファーに向かい合って座る俺とクリム王子。
その間に置かれたテーブルの上に広げられた世界地図。
俺はその最北端にひとさし指を置き、さらに北に向かって動かす。
もちろん、地図から飛び出した指を5センチほど動かしたところで止める。
「ここに新しい大陸があります。魔族の皆さんにはここに移住していただきたい。」
「……移住ですか?」
「はい。この大陸は今から150年前の、つまり無理な開発で土地が荒れ果てる前の魔大陸と似た自然環境が広がっています。そして、大きさも魔大陸と同じくらいです。」
魔族にとって住みやすいことは約束できる。
なにせ、150年前の魔大陸を参考にリュウジンたちがこの新しい大陸を造ったのだから。
「しかし、こんなところに大陸があるなどと聞いたことはありませんよ。それに、この岩礁地帯から出るのは不可能だと言われています。」
クリムは地図の中で6つの大陸を囲むように描かれた岩礁地帯を見てそう言った。
「そうですね。この大陸はまだ誰にも発見されていない。だから、誰もこの場所に大陸があることを知りません。そして、私は岩礁地帯を抜ける術を知っています。」
術もなにも船で近付けばリュウジンが岩礁地帯を海路に変えてくれるだけなのだが。
まさに神様、リュウジン様だ。
あ、そういえばリュウジンも神様だったな。
「なぜ、アベルさんはこの場所に大陸があるといえるのです?まだ発見されていないとおっしゃってましたよね?」
「この大陸は魔族の皆さんに移住してもらうために造られたものであり、私はこの大陸を造ったお方に言われてあなたに話をしに来たのです。」
「大陸を……造る?」
まだあどけなさこそ残るが、王子として高度な教育を受けていることを自然に漂わせていたクリムでも、さすがにこの話までもすんなりと受け入れることは難しかったようだ。
「岩礁地帯を造ったのもそのお方であり、だからこそそれを取り除くことも可能なのです。」
「まるで神のような方ですね」
「そう思っていただいても問題ありません。」
実際に神様だからな。
「にわかには信じがたい話です。アベルさんの作った物語として聞かせていただきたいのですが、そのお方はなぜ私に話をするようあなたに言われたのですか?」
「それはクリム王子が魔王でいらっしゃるからです。」
その瞬間、部屋の温度が下がったような感覚を覚える。
俺が『魔王』と口にしたことでクリムの護衛たちの警戒度をワンランク上げたことによる緊張感がそう感じさせるのだろう。
「勘違いしないでいただきたい。私は人族ですが、魔王と敵対するつもりはありません。人族にも勇者が生まれていますが、魔王と勇者が必ずしも戦わなくてはならないという訳ではないことは歴史が証明しています。」
「そうなのですか?」
クリムが食いつく。
幼い頃から将来の魔王として勇者と戦うことを刷り込まれてきた彼にとって思いがけない発言だったのだろう。
「いちばん最近では3000年前の魔王シフォン。残念なことに早逝されましたが、彼が活躍した時代には人族に勇者が2人も誕生しています。しかし、魔王と勇者が争わなかったことから、魔族にはその時代の勇者のことが伝わっていないし、人族もシフォンの名を知りません。」
「シフォンの時代に勇者がいたのですか。」
魔王シフォンの勇敢さと強さは魔族の間では今でも広く知られている。
巨大な魔獣を素手で倒したとか、危険な魔獣の群れをひとりで滅ぼしたとかいう彼の武勇伝が残っており、とても人気らしい。
そのため、その時代に勇者がいれば戦いによってシフォンの強さを世界中に知らしめることができたはずというのが魔族たちの共通認識なのだ。
「シフォンもそうですが、魔王というのは勇者や人族と戦う者に与えられる称号ではありません。魔族を正しい道に導く者が魔族の王、魔王と呼ばれるのです。」
「正しい道ですか。」
「あなたには人を惹きつけ、引っ張っていくカリスマ性があります。そして、これまでの努力で身についた知識と知恵があります。それらを武器に何をされるのか。どうやって貧困に喘ぐ魔族たちを救済するのか。」
クリムは答えを探すように俯いた。
その視線は、先ほど俺がテーブル上に示した新大陸の場所に向いているようにも見える。
黙ったままのクリムに俺は続けて語りかける。
「他国に攻め入るのもひとつの手段です。それを選ぶことを私は非難いたしません。しかし、私が用意した案も選択肢に加えていただきたい。新大陸は魔王であるクリム王子に発見していただいてこそ、その真価を発揮するのですから。」
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