女勇者の父、娘との別れ
ケビンと親しげに会話をしていたからか、俺たちと話す前にケビンを取り巻いていた貴族らしい保護者たちがこちらに寄ってきた。
「ケビン様とはどのようなご関係で?」
なんだろう?娘の後見人でいいのか?よし、後見人ということにしてしまおう。
「もしかしてお子様は特待生なのですか?優秀なお子様で羨ましいですわ。」
俺には生まれながらに金持ちで、親に大事に育てられてきたであろうあんたらの方が羨ましいが。
本音は隠しつつ、貴族連中と会話を楽しむ。
娘のルナが家庭教師に礼儀作法を習っている間、俺たちも一緒に聞いていたのでボロが出ない程度には付き合える。
ケビンに取り入るべく群がってきた貴族たちに会話の中で特待生のルナは後見人が騎士団長のケビンであると認識させる。
これで余計なトラブルは避けられるかもしれない。
ある程度の会話を済ますと、俺たちに十分取り入ったと感じたのか貴族たちは去っていった。
その後は、ケビンが来る前と同じようにアンジェリカと話しながらよく分からない高級料理に舌鼓を打って時間を潰す。
終了時刻も間もなくというところでケビンが再び近づいてきた。
「アベルとアンジェリカ殿はこのあとどうするのだ?」
ケビンは俺のことは呼び捨てだが、アンジェリカには殿を付ける。
一度、アンジェリカ自身が呼び捨てでいいと言ったがケビンは「男所帯で生活してきたせいか女性に対しては構えてしまってな。家族以外の女性には皆、殿を付けておる」と話していた。
気のいいオッサンすぎてついつい騎士団長などという本来であれば会話をするような機会が一生に一度もなかったであろう雲の上の存在なのだということを忘れてしまう。
「アンジェリカを馬車乗り場まで見送ったら必要な物を買って、明日から旅に出ようと思っている。」
立食パーティーは朝から始まった入学式が終了してすぐに始まったので終わっても昼の12時前だろう。
午後は丸々使える。
アンジェリカとしばらく離れるならもう少し一緒にいたいという気もするが、旅立つのが遅くなればそれだけ決心が鈍りそうでもある。
娘の入学式で気合も入っていることだし、こういうのは勢いが大事だろう。
「であれば、アベルだけでいいから夕食前に私の屋敷に寄りなさい。夕食がてら紹介したい人物がいる。ああ、ついでに泊っていくとよい。」
「ケビンさんがそう言うなら、きっと俺のためになることなんだろうな。是非とも寄らせてもらう。」
「うむ、悪いようにはせん。」
11時30分に立食パーティーは終了した。
再び貴族に囲まれたケビンには挨拶できなかったが、顔見知りになった数人の貴族には挨拶できた。
自分の子供たちにルナと仲良くするように伝えておくと言ってくれた。
ありがたいことなので丁寧に頭を下げておく。
校門付近にはオリエンテーションを終えた子供たちが待っていた。
近くに住む貴族の子供たちはここで親と合流して家に帰るようだ。
ルナのように今日から寮暮らしになる子供たちにとっては親との別れの場である。
「パパ!ママ!」
金色の髪と瞳の少女が俺たちに手を振りながら駆け寄ってくる。
もちろん、娘のルナだ。
王立学校の制服を着ている。
学びの場においては身分に差はなく、全ての生徒が平等であることを分かりやすくするために制服が採用されているらしい。
「パパ、似合う?」
今朝、王都の宿で着替えてから入学式までの百回は聞かれた質問だ。
「ああ、世界一似合ってるぞ」
俺も百回同じ言葉を返す。
「えへへーっ。」
自分で聞いておきながら照れてわざわざ変な顔をする。
小さい頃からの癖だ。
「先生の言ってることちゃんと理解できたか?」
オリエンテーションで何を聞いたか確認したところ、ルナはひとつひとつはっきりと口にして教えてくれる。
大丈夫そうだ。
寮の部屋にもすでに案内されたらしい。
「リズちゃんって子と一緒の部屋なんだよ!」
「そうか。もう仲良くなったのか?」
「うん!お昼ご飯もこれから一緒に食べるんだ!」
ルナは好き嫌いはないし、ここの料理も立食パーティーほど豪華ではないだろうが味は間違いないだろう。
「いっぱい食べて、大きくなるんだぞ」
「うん、パパよりも大きくなるからね!」
「そこまでは言ってない。」
俺だって175センチで平均的な成人男性の身長くらいはあるんだ。
妻も交えて親子水入らずの会話を楽しんでいると鐘が鳴る。
12時のようだ。
学校の職員が「寮生は昼食の時間です。中に入ってください」と叫んでる。
アンジェリカが別れを惜しむようにルナを優しく抱きしめる。
「ママ、だーいすき!」
ルナがアンジェリカを小さな腕で抱きしめ返す。
アンジェリカは「私もよ」と言って強く娘を抱きしめたあと、名残惜しそうに体を離し、ハンカチで目元を押さえる。
「パパもだーいすき!」
そう言うルナの頭を撫でる。
「パパもだ」
しゃがんで娘の柔らかなほっぺたにキスをする。
娘も笑いながら俺の頬に口を付けた。
「さあ、ご飯の時間だ。いっておいで」
「はーい!じゃあねー!」
そう言って校舎の方に駆けていく娘は途中で赤い髪を三つ編みにした女の子と合流し、手をつないでまた走り出した。
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