女勇者の父、アジトを探す
ナラーシャの里を出て2日目の昼前。
エルフ族を攫い、人身売買しているという組織のアジトがあるというソベルタ地域にほど近いラフティーリャの里に俺たちは着いた。
さほど大きな集落ではなく、森の中の木が少ない場所に人が住み着いているという感じであり、里の範囲を示すための柵もなかった。
集落の中央には田畑が作られ、森に近い日当たりが悪い部分に家などの建物が設置されている。
ナラーシャの里に行く際に立ち寄った里と大きな違いは見られない。
せいぜい晴れているのに外で遊んでいる子供がいないということくらいか。
エルフ族は子供を授かる可能性が人族の25分の1という低確率らしいから、人口の少ないこの集落には子供がいないだけなのかもしれない。
「調査にどれくらい時間がかかるか分からないっすけど、この里を拠点にするといいっす。ここならちょうど人攫いが起きている地域の真ん中くらいなんで調査の便がいいはずっすよ。泊まるところが必要だったらあの空き家を使ってほしいっす。」
かろうじて建っているという感じの古い小屋をルディが指で示す。
寝ている間に崩れ落ちてきそうなので近くにテントを張った方がいいかもしれない。
「おれはちょっとラフティーリャの里長と話をしてくるんで、みなさんは戻るまでその辺で休んでいてほしいっす。何か新しい情報はないか聞いてくるっす。」
俺たちはルディがこの里の中ではそれなりに大きい方の家に入っていったあと、装備の手入れをしたり、荷物の確認をしたり、早めの昼食を済ませて体を休めたりする。
その間に、俺はパーティーメンバーとのコミュニケーションを取っておく。
道中はルディばかりがしゃべっていたからな。
あんなにしゃべっていて声が枯れないのだろうかと疑問をぶつけたところ「おれは口の中に水の精霊を住まわせているから常に喉が潤ってるんす」などという本当か嘘か分からない答えが返ってきた。
ノアにそんなことが可能なのか聞いたが分からないとのことだ。
とにかく、コミュニケーションは大切だ。
体力に不安のあるノア、若く経験が浅いソフィア、難しい顔をしているリリ、何も考えてなさそうなガルウと順番に話をして問題が起きていないか確認する。
そして、個別に必要な指示や打ち合わせをしておく。
「お待たせしたっす!」
ルディが戻ってくる。
「この里ではまだ人攫いの被害は出てないみたいっす。いちばん最近では隣の集落で起きてるみたいなんでさっそく行ってみるっす!」
ラフティーリャの里から2時間。
人攫いの被害が最近あったという里に到着する。
ルディがこの里の長に聞いてきたという情報を俺たちに伝えてくれる。
「人攫いの被害に遭ったと思われる行方不明のエルフは140歳の女性っす。最後に姿を見たのは一昨日の朝。ラフティーリャの里の方に用事があって出掛けたっきり行方が分からないっす。」
140歳というと人族の感覚でいえばおばあちゃんを通り過ぎてもはや表現する言葉が思いつかないが、最長で千年生きるとも言われ、成人すると死ぬまで老化しないエルフ族なら普通に若い女性の見た目だ。
法を犯してまで美しいエルフ族を手に入れたいという金持ちたちにとっては子供のエルフ族を育てるより、すでに成人した者を購入する方がすぐに所有欲を満たせるのだろう。
「今まで攫われたエルフ族の年齢の分布はどうだ?」
「いちばん若くて30歳くらいから最年長で200歳っすね。」
人族の俺にとって30歳から200歳というのがエルフ族にとってどれくらい成熟してると判断されるかの感覚は分からない。
しかし、人身売買組織や買う側の連中の気持ちは想像できる。
早く死ぬよりは長生きした方が価値は高いと考えるはずだ。
不要になればまた売ればいいのだし、買い手もすぐに見つかるだろう。
であれば、攫うエルフは成人していれば少しでも若い方がいいに決まっている。
(だが、人族や他の種族にはエルフ族の年齢を見た目で判断することはできない。)
それはリリやガルウとも確認している。
エルフ族の年齢は俺たちだけでなく、ドワーフ族のリリも、獣人族のガルウも判断できないようだ。
それにも関わらず、人身売買組織は若いエルフだけを狙って拉致している。
(つまり、エルフ側に手引きしている奴がいるな。)
「おれはちょっと他の里にも情報収集に行ってくるっす。この里で攫われた人はラフティーリャの里への道を歩いていたらしいっす。それなんでみなさんにはここからラフティーリャの里に戻りながら手掛かりを探してほしいっす。」
ここからルディとは別行動になるようだ。
俺たちは来た道を戻りながら手掛かりを探すことになる。
ルディが里の反対側から出ていくのを見送り、俺たち4人はラフティーリャの里に向かって歩き出した。
「で、ラフティーリャの里に帰ってきてしまったんだが。」
2時間後、俺たちは何の手掛かりもなくラフティーリャの里に戻ってきてしまった。
「おかしいのう。攫った連中がどこかで道じゃないところに入っていったとすればその痕跡が残っていそうなものじゃが。」
「植物に詳しいアベルやガルウが見てもおかしな痕跡はなかったのですね?」
「ああ。枝や草に曲げられたり踏まれたりしたようなあとがついている感じはしなかったな。」
「ねえ、ガルウが地面の匂いを嗅いで探すことはできないのかしら?」
ソフィアがいいこと思いついたとばかりに目を輝かせる。
「ワシは犬じゃないぞ!」
「問題ありませんよ。狼は犬よりも嗅覚が優れているそうですから。」
ノアが若干ズレたフォローをする。
「そういう問題じゃないんじゃ!」
「そうだぞ、ノア。匂いで探すにも被害者の遺留品がないと難しいだろう。」
「アベル!」
獣人族といっても人族より少しだけ嗅覚や聴覚が優れている程度で、受け取れる情報量は俺たちとさほど変わらないそうだ。
獣化してもあくまで筋力が上がるだけで、顔は狼になっても嗅覚や聴覚は普段と変わらないらしい。
「手掛かりが掴めなかったのは残念だが、これ以上の探索は危険だ。俺たちはこの辺の地理に疎いからな。また明日、ルディに案内してもらおう。」
「そうですね。ルディの方で何か分かればいいのですが。」
「あまり期待しないで帰ってくるのを待ちましょう。優秀って言われてる割には今までもずっと空振りだったみたいだし、ルディ。」
「それじゃあ、テントでも立てるかのう。」
こうしてエルフ族を狙った人身売買組織のアジト探し1日目は何の成果もなく終わるかに見えた。
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