女勇者の父、土大陸に着く
「うおー、見えたぞー!土大陸じゃー!」
そんな声が聞こえたので俺たちは揺れに気を付けながら甲板に出てみる。
揺れに気を付けるのは転ばないためというより、船酔い防止のためだ。
酔い止めの薬を飲んでいるとはいっても油断すればすぐに気分が悪くなりそうだ。
デッキに出てみると緑に染まった大陸を遠くに見ることができた。
ソフィアが言っていたとおり、土大陸は大部分が森林に覆われているようだ。
大地の上が緑色に染め上げられていることからそれが窺える。
大陸の手前側、緑色の中に一か所だけ白や赤、灰色の塊が見える。
あれが港町エリューカだろう。
これもソフィアから聞いた知識だが、土大陸で暮らすエルフ族のほとんどは森に住み、昔ながらの、悪く言えば閉鎖的な暮らしを大事にしている。
新しいものを求めるエルフ族の若者は、大陸を渡り聖大陸や風大陸に移り住むらしい。
エルフ族の大半は森の中に住み、残りは土大陸を出る。
ということで、港町エリューカ、エリュートは土大陸の玄関口ではあるがエルフ族はあまり住んでいないそうだ。
港町にはエルフ族と相性が悪いとされるドワーフを除く他種族が住み、エルフ族との交流を望む者に集落までの案内人として橋渡しをしている。
もちろん、有料で。
自分たちを商売のネタにされることを憤るよりも森に住んだまま外貨を得られる方が大事らしく、特に問題なくこのシステムが成立している。
それぞれの集落が一定の信頼を得た代理人だけを受け入れおり、目的地に応じて適正な案内人を探す必要がある。
そのため、エリューカとエリュートの街には案内人ギルドなるものがあるそうだ。
案内人ギルドではその人の目的によってどこの集落に行くのがよいのか、案内人は誰が相応しいのか相談できる。
ただし、相談も有料だ。
俺がイメージしていた『緑豊かな土大陸で、エルフ族は自給自足で慎ましく暮らしている』というのは絵本の中の話で、実際は色々と金がかかるようだ。
いや、実際にエルフ族がそういう暮らしをしているからこそ、外貨獲得の手段としてこういうシステムが必要になったのだろう。
「まずは世界樹までの行き方を調べないとな。」
「でも、簡単に教えてもらえるものかしら?」
「王立学校の教科書ですら伝説扱いだった木ですからね。エルフ族でない僕たちが尋ねてもまともに取り合ってもらえないかもしれませんね。」
世界樹は物語によっては空に届くほどの巨木として描かれることもあるが、目の前の土大陸にはそのような木はもちろん見えない。
大陸の大部分を占める広大な森の中にたった1本、世界樹と呼ばれる木があるとしたらそれを探し出すのはどれだけ大変なことだろう。
やはりエルフ族の協力は必要だ。
しかし、ソフィアとノアが言うとおり簡単には協力してはもらえないのかもしれない。
「案内人ギルドに行ってみて、だな。」
船はいよいよ土大陸に到着した。
1ヵ月前に火大陸に降り立った時は船酔いでふらふらだった俺たちだが、今回は両の足でしっかりと大地を踏みしめている。
ちなみに火大陸と土大陸は2日で、3日かかった聖大陸・火大陸間より船での移動時間が1日短かったのもありがたかった。
「聞いてはいたがエルフ族がいなくて土大陸に来たって実感が湧かないな。」
エルフ族の住む大地、土大陸に着いたというのに道を歩いているのは尖った長い耳が特徴のエルフ族ではなかった。
俺・ノア・ソフィアと同じ人族。
頭の上に猫や犬のような耳が生えており、尻尾をゆらゆら揺らしている獣人族。
耳の代わりにエラかヒレを思わせる突起がついた海人族。
頭のてっぺんに2本の角を生やした魔族。
様々な人種が往来しているが、リリと同じドワーフ族の姿は見られない。
やはり、ドワーフ族とエルフ族は水と油のようだ。
(リリがいるせいでエルフ族との関係が悪くなるなんてことないだろうな。)
少々不安になるが、だからといってリリをここで置き去りにする訳にはいかない。
ちょっと生意気で俺への当たりが強いがリリは大切なパーティーメンバーだ。
いや、ちょっとどころか非常に生意気だな。
それに先日は俺のことをサンドワームに食わせようとしてた気がする。
(う~ん、ここで置いていった方がいい気がしてきたぞ。)
しかし、恩人であるゾゾゾゾゾゾ王とププ王女に託された大事な仲間だ。
やはりちゃんと連れていくことにしよう。
まあ、人として当然のことだが。
「まずは腹ごしらえとしましょうか。」
ちょうど昼時だったのもあり、ノアの提案に全員が賛同する。
せっかく土大陸に来たのだからとエルフ族の料理を食べられる店を探す。
多様な種族が混在するエリューカの港町には、民族の数だけ料理の種類があるようだ。
見慣れた人族の料理店。
獣人族、海人族、魔族の食堂やレストラン。
街をしばらく歩き回っても、目当ての店は見つからない。
エルフ族はこのエリューカの街にあまり住んでいないということだが全くいない訳ではないのでエルフ族の料理が食べられる店があってもおかしくはないはずだ。
「ここはどうかしら?」
ソフィアが指さしたのは『長耳亭』と看板に書かれたこぢんまりとした大衆食堂だった。
いかにもエルフ族の店という名前に釣られてか、観光客と思わしき人々で店内は賑わっていた。
少なくとも悪い店ではなさそうだ。
「いいんじゃないか。入ろう。」
ドワーフ族のリリも特に反対することはなく一緒に店に入る。
「いらっしゃいませー!」
入口のドアを開けると元気のよい声で迎えられる。
その声の主であるエプロン姿の美しいエルフ族の女性が俺たちを席に案内してくれる。
店の奥に目をやれば、厨房では男のエルフが忙しそうに動いていた。
夫婦でやっている店なのだろうか。
「私たち、土大陸に来たのが初めてなんですけど、エルフ族の定番料理みたいなのってあります?」
ソフィアが店員の女性に質問する。
「そうですねー、この辺のスープとパンのセットが近いですかねー。」
店員はメニューの一部を指さして教えてくれる。
「あと、ウチは観光でこられたお客様向けに食べやすい味付けにしているんですけどー、実際にエルフ族の集落で食べているような料理となると少し味付けが物足りないかもしれませんがそのようにしますかー?」
同じような要望が度々あるのだろう。
店員の女性エルフは慣れた感じで味付けについてレクチャーしてくれる。
「じゃあ、それでお願いします!」
郷に入っては郷に従えということでソフィアはよりエルフ族の料理に近い味付けを選ぶ。
ソフィアはカボチャのスープのセット、俺とノアはそれぞれトマトとジャガイモを使ったスープのセットを同様の味付けで注文する。
リリだけは「私は、濃い味で」と味付けを変えてトマトのスープにエビが入ったものを注文する。
ドワーフ族の彼女には、エルフ族の料理を食べたいという欲求は特にないらしい。
「お待たせしましたー!」
観光客向けの味付けのスープは作り置きなのに対し、俺たちが頼んだエルフ族の料理に近い味付けのスープは注文が入ってから作るのだろう。
俺たちよりあとから来た客よりも遅れてテーブルに料理が運ばれてくる。
「いただきまーす!」
元気な声で料理を出迎えたソフィアは、上品な手つきでスプーンを操る。
食事の時の仕草ひとつで貴族であることが伝わってくる。
でも、それ以外の時は貴族であることを微塵も感じさせないのが彼女のいいところだ。
ちなみにリリもドワーフの王族と一緒に育っただけあってドワーフ流という違いはあるがソフィア同様にマナーが良い。
一方、俺とノアのテーブルマナーは庶民相応である。
俺は王都でもそれなりに大きな商家の出身なので庶民レベルではテーブルマナーの知識がある方だ。
ということで、テーブルの上には様々なマナーが入り乱れている。
「うーん、確かに味付けが物足りないわね。」
スープに口を付けたソフィアが、店員が説明したとおりの感想を漏らす。
ソフィアの言うとおり目の前の料理は味付けが物足りなく感じる。
塩気が足りないというか聖大陸や火大陸の料理に比べて全体的に味が薄い。
一度作ったスープに水を足したようななんとも言えない違和感のある味だ。
「エビ、美味し!」
リリだけはとても旨そうに料理を口に運んでいる。
この店の本来の味はドワーフの王宮料理を長年食べてきた彼女が舌鼓を打つほど良いようだ。
「こちらをどうぞー!」
俺たちが頼んだ料理に後悔しそうになったところで、店員の女性エルフがいくつかの瓶と茹でたエビや貝を持ってくる。
「エルフ族の味付けだとお口に合わないっていうお客様が多いのでー、調味料をあとから出すようにしているんですー。」
ありがたい。
俺たちは店員にオススメの調味料の割合を聞いてそのとおりに味付けを加える。
一口食べれば調味料の複雑な味が絡み合いながらも、野菜本来の旨味を際立たせているのを感じる。
「おいしーい!」
「旨いな!」
「この魚介はスープに入れて食べればいいんですかね?」
「はいー、どうぞー!」
俺たちは今度こそ土大陸の料理を楽しんだのだった。
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