女勇者の父、おつかいを頼まれる
火大陸の東の都トトを出て5日。
首都テテからは7日で北の玄関口『タタ』の街に到着する。
すぐにやるべきことは2つあった。
トカゲの馬車を売り払うことと、酔い止めの薬を手に入れることだ。
最初は二手に分かれることも考えたが、馬車を売るのも、薬を買うのも火大陸に明るいリリがいた方が無難だろうという結論に至った。
そのため、先に全員で馬車を売りに行き、あとから酔い止めの薬を買うことにする。
馬車を売り買いする店は街に入ってすぐのところで見つけた。
こういう店を利用する大部分は、火大陸各地から土大陸へ行く者か、逆に土大陸からやってきて別の街を目指す者のどちらかだろう。
であれば、当然の立地である。
しかし、そういう人たちが欲するのは乗りやすい馬の馬車で、砂漠を想定して選ばれるトカゲではないようだ。
つまり、トカゲの馬車は俺たちの思っていたより需要がない。
「これでもトカゲの状態がいいのでだいぶ頑張っているんですよ!」
馬車屋の店主が額に汗を浮かべて値段を提示する。
2匹で20万DG。
聖大陸なら10万ゴールドというところだ。
トカゲが引いてきた馬車は木の箱に車輪がついただけの簡素な作りで買い取れないどころか処理費用がかかると言われたが、その分を差し引いてトカゲの代金を計算してもらった。
「まあ、いいんじゃないか?」
元々はゾゾゾゾゾゾ王にもらったトカゲと馬車だ。
相場は分からないが、現金に変わるなら文句はない。
しかし、リリは納得がいかないようだ。
俺にとっては「ゾゾゾゾゾゾ王にもらった」からこそいくらかでも金になればいいが、第1王女の護衛を務めていた彼女にとっては「ゾゾゾゾゾゾ王にもらった」からこそ低い値段では首を縦に振れないのだろう。
「リリが思っているよりは安かったのかもしれませんが、20万DGということはテテの街で一般的な4人家族が1ヵ月暮らせるくらいの額ですよ。」
納得がいかないという表情を続けるリリに対し、ノアが優しく諭す。
「そう、なのか。」
物心ついて以来、ドワーフの王宮で暮らしてきたリリは一般レベルの物価についての感覚があまりなかったらしく、ノアの言葉で心が動いたようだ。
結局、馬車屋の店主ももう少しだけ融通してくれて、22万DGでトカゲと馬車を買い取ってくれた。
続いて俺たちは予定通り酔い止めの薬を求めて薬屋を探し始めた。
道行くドワーフに尋ねながら15分ほど歩いたところに薬屋はあった。
タタの街並みも首都テテと同じように赤い土で作られた建物が並んでおり、看板がなければそれが店舗なのか家なのか分からない。
中に入ると建物と金属づくりの立派な棚やカウンターが設置されている。
この店が特別なのではなく、ドワーフの店は一般的にこういう造りだとこの半月余りを火大陸で生活してきた俺たちは知っている。
砂と岩、それから水はけのよすぎる土でできた火大陸では木が育ちにくく、家や棚を作るための木材が取れないためだ。
また、客も店員もドワーフ族を想定しているため、俺たち人族が想像する棚やカウンターより一段低いという特徴がある。
そのため、材質の違いこそあれ貴族の子供が遊ぶおままごとセットのようにも見える。
分厚い土の壁と天井で作られた火大陸の店はたいがい光を取り入れるために大きな窓があるが、薬屋は貴重な商品や材料に日光を当てないためかそれがなかった。
薄暗い店内に入り、カウンターの奥に座るドワーフ族の老婆に声をかける。
「酔い止めの薬がほしいのだが。」
「すまないねえ。残念ながら売り切れだねえ。」
老婆の話では、雨季明けの7月は船の利用者が多く酔い止めの薬の需要が高まる一方で、雨期の間にアサガオの種が採取できなかったせいで材料が入荷しにくいらしい。
ちょうど少し前に売り切れてしまったところなのだそうだ。
「今の時期は作っただけ売れるから、材料があればいくらでも作るんだがねえ。」
「材料があれば作ってくれるのね?」
老婆の愚痴にソフィアが食いつく。
何がなんでも酔い止めの薬を作ってもらうという断固たる決意を感じる。
俺ももちろん同じ気持ちだ。
「どこに行けばそのアサガオがあるんだ?」
「このタタの街の南の砂漠を5キロほど進んだところにオアシスがあるんだねえ。そこに小さな集落があって、アサガオを作っているんだねえ。タタの薬屋のババが酔い止めの薬を作るって言えばタネを売ってくれるんだねえ。」
ババというのがこの老婆の名前なのか、『婆』なのか疑問だがやるべきことは分かった。
「じゃあ、俺たちがアサガオのタネを買ってくるからそれはあんたが正規の値段で買い取ってくれ。ついでに作った酔い止めの薬を分けてくれ。」
「なかなか商売上手だねえ。まあ、いいんだねえ。じゃあ、アサガオのタネを1キログラム買ってきてほしいんだねえ。」
こうして俺たちは酔い止めの薬を手に入れるため、オアシスに向かうことにした。
「っていうか、砂漠に行くならトカゲ売らなきゃよかったわね。」
「買い戻すほど金に余裕はないし、5キロくらいなら歩けるだろ。」
ソフィアが言うとおり、トカゲを売ったことを後悔しながら俺たちは来たばかりのタタの街を出てオアシスを目指すのだった。
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