女勇者の父、薬がほしい
次の目的地である土大陸へは、火大陸の北端にあるタタという港町から船に乗る必要がある。
ゾゾゾゾゾゾ王の計らいで、俺たちはタタへの移動手段としてトカゲの馬車を1台もらうことができた。
リリへの餞別だそうだ。
ププ王女の護衛の籍は残しておくから退職金替わりではないとも言っていた。
娘の護衛であり、友人でもあるリリのことをゾゾゾゾゾゾ王も大事に思っているようだ。
「馬車とトカゲは船には乗せられないし、森の多い土大陸では無用であろう。タタの街で売って路銀の足しにでもするがよい。」
「恐れ入りますがタタまでは砂漠でなく街道を行くのですよね?それでしたら普通の馬車というわけにはいかないのでしょうか?」
ノアがゾゾゾゾゾゾ王の顔色を窺いながら質問する。
トカゲの馬車は馬に比べるとスピードがないくせに、左右に揺れながら歩くので乗り心地も著しく悪いのだ。
馬よりも砂漠を歩くのに適しているという点で火大陸ではトカゲも馬車を引いているにすぎない。
ノアの質問に答えのは先ほど俺たちのパーティーに加わったリリだった。
「馬、扱えない。」
話を聞くとリリが手綱を握るとなぜか馬が暴れてしまい、馬車を引いてくれないらしい。
トカゲは穏やかな性格のためかリリが手綱を引いてもきちんと馬車を引いてくれるそうだ。
トトの街に行った時にもトカゲの馬車だったのはこのためだったようだ。
俺たちも馬に乗るくらいならできるが、馬車を引かせた経験はないのでトカゲの馬車で手を打つことにする。
「それではそろそろ行くとしよう。」
俺たちはププとゾゾゾゾゾゾ王に別れを告げ、火大陸の北端に位置する港町タタを目指してトカゲの引く馬車を走らせる。
相変わらず揺れが酷いが幌がないおかげで風を感じられる分、酔うほどではない。
船よりはだいぶマシだな。
そんな感想を俺が漏らすとリリが反応した。
「アベル、船酔い、ひどいか?」
「ああ、聖大陸から火大陸に渡った時は地獄だったな。ノアとソフィアもダウンしてたぞ。」
「また船に乗るのかと思うと気分が重くなるわね。」
「そうですね。思い出したら馬車の揺れまで気持ち悪くなった気がします。」
半月前の船旅を思い出してソフィアとノアが顔を青くする。
そんな俺たちにリリがアドバイスをくれる。
「酔い止めの、薬、飲めばいい。」
「そんなものがあるのか?」
「テテの街、売ってる。タタにも、たぶん売ってる。」
土大陸の港町ではメジャーな品物のようだ。
「アサガオの、種で、作るらしい。」
リリに詳しく聞くと、アサガオの種を特殊な方法で薬にしたものには揺れに対する耐性を上げる効果があるそうだ。
俺も祖母に教えてもらって聖大陸の植物については詳しいつもりだったが、アサガオの種にそんな効果があるなんて聞いたことはなかった。
火大陸のアサガオは種類が違うのだろうか。
「それはいいことを聞きましたね。」
先ほどまでは顔を青くしていたノアが目を輝かせる。
「タタに着いたらまずは薬を買いに行きましょうよ!」
ソフィアも乗り気だ。
俺もあの死にたくなるような船酔いが軽くなるというのなら悪魔の薬にだって手を出したいくらいだ。
「よし、ソフィアの言うとおりタタに着いたら酔い止めの薬を買いにいくぞ!」
「「おー!!」」
3人の心がここまでひとつに重なったのは初めてかもしれない。
それほどまでに船酔いとは強敵だったのだ。
(魔王とは船酔いのことなのかもしれない。)
俺がそんなくだらないことを考えるくらいに。
トカゲの馬車に揺られて2日。
先日もこの4人で訪れてメロンを食べたばかりのトトの街に着く。
火大陸で大都市とされるのはこのトトを含めて4つ。
王女ププたちの住む南の首都『テテ』、俺たちが向かっている北の玄関口『タタ』、聖剣の洞窟に近い西の『スス』、そして東の都『トト』。
首都テテを除けばどの街も海に面している。
しかし、他の大陸との往来はタタと、首都テテに近い港町の2か所だけだ。
トトやススの街は漁港として栄えている。
聖大陸でもイーストポートとウエストポートの2つが他大陸との行き来があり、ノースポートやノアの出身でもあるサウスポートは漁港だった。
この世界は6つの大陸が正六角形のように並んでいる。
六角形の上の角から右回りに魔大陸、水大陸、風大陸、聖大陸、火大陸、土大陸となる。
船での往来は隣接する大陸間のみで行われ、例えば聖大陸と土大陸、火大陸と風大陸のような行き来はされない。
そのため、火大陸の東の都トトや、聖大陸のノースポートは漁港としての役割しか持たないことになる。
これは、船での移動時間が長くなるほど旅の危険が高まるという面もあるが、大陸が作る六角形の中が船で渡れないほど環境が悪いというところに最大の要因がある。
まず、天候が不安定で急に嵐が来て準備する間もなく船を飲み込む。
次に岩礁地帯が多い。
そして、単純に潮の流れが速く、油断すると岩礁に乗り上げたり、船をぶつけて破損させたりする。
毎年、ノースポートから土大陸や水大陸を目指して船を出す冒険者がわずかながらいるらしいが無事に帰ったという話は聞かない。
それでも彼らがこの危険な海に挑むのは、新しい航路を見つけたことによる名声と一攫千金を狙ってということもあるだろうが、純粋な好奇心とロマンによるものだろう。
誰も成功したことがない難題があれば挑戦したいと思うのはランクが高い冒険者になるほど当然のことだ。
だが、そんな熟練、もしくは期待の新星たちの命はこの海にことごとく飲み込まれていく。
この危険な海を内海と呼ぶのに対し、大陸が作る六角形の外側の海を外海という。
この外海も大陸から一定の距離を離れると内海と同様に荒れた環境が広がっており、詳しい様子を知る者はいない。
こちらも『世界の果て』がどのようになっているのかという真実を求めて船を出す者がいるが、やはり成功したという話は聞かない。
(そう考えると俺たちが知っている世界は大陸が作るこの六角形の辺の上だけってことなんだな。)
聖大陸で暮らしていた頃は住んでいた田舎町が世界の全てと言っても過言ではなく、他の大陸のことなど考えたこともなかった。
こうして旅に出てみて初めて自分を含め人々は自分たちが住むこの世界のことをよく分かっていないということに気付く。
自分の手でこの海の秘密を解くというロマンに挑戦してみたいという欲求がないとは言わない。
しかし、そのような危険に挑むには家族の存在が大きすぎた。
魔王が海の真ん中にでもいない限り挑戦することはないだろう。
最後まで読んでいただきありがとうございました!




