【番外編】女勇者と夏祭り(下)
前回の続きで未来の勇者ルナちゃんと賢者リズちゃんのお話です。
9年A組のメイドカフェでランチを済ませた私とリズちゃんは、今はゲームのチケットを使うために他の教室の前をうろうろしてます。
「ねえ、見て!ゾンビハウスだって!」
リズちゃんが指差したのはメイドカフェがあった9年A組のひとつ下の階、8年D組とE組の2教室を使って行われているゾンビハウスです。
中からは大きな悲鳴が聞こえてきます。
悲鳴が聞こえる度になぜかリズちゃんは目を輝かせます。
「ねえ、リズちゃん……。ここさあ……。」
「うん、楽しそうだね!」
私は「怖そうだね」って言いたかっただけど。
そういえば、リズちゃんって寮の部屋でもゾンビとか呪われた人形とかの本読んでた気がする!
「ルナちゃん、入ろうよ!」
本当は嫌だって言いたい。
だって、怖いもん。
だけど、さっきは私のお願いを聞いてもらって9年生のメイドカフェまで付き合ってもらっちゃったし……。
ここで断るのはやっぱりいけない気がする。
「う、うん!でも、ずっと手をつないでてね。」
ゾンビハウスの受付には顔を包帯でぐるぐる巻きにしたおねえさんがいました。
「ミイラおんなだよ」とリズちゃんがそのアンデットモンスターの名前を教えてくれました。
アンデットとは動物が凶悪化した魔獣と異なり、生き物の死体を傀儡魔法で操って動かすモンスターの種類だそうです。
闇大陸に住む魔族にとっては割とメジャーな魔法だそうです。
「いらっしゃいませ。ヒヒッ!」
私たちはゲーム用のチケットをミイラおんなさんに渡しました。
待ってる間も何度も悲鳴が聞こえてきて、私の心臓がもうずっとバクバク言っています。
「1年生にはちょっと刺激が強すぎるかもしれないよ……ヒヒッ!」
「楽しみー!」
すでに泣き出しそうな私の隣でリズちゃんは興奮してるのか、ほっぺたを赤くして待ちきれないという顔をしています。
「中にいるゾンビは絶対にお客さんに手を触れないように躾けられているからそこは安心してくださいね。ヒヒッ!」
私があまりに怖がっているからか、ミイラおんなさんが少しだけフォローしてくれました。
そして、いよいよ順番が回ってきてしまいました。
「絶対に手を離さないでよ!」
「うん!」
私はリズちゃんの手をぎゅっと握ります。
少し中に入ると薄明かりの中に人の影がいくつも動いているのが見えます。
風魔法でしょうか、生暖かい空気がゆっくりと流れていくのを感じます。
空気の流れに乗って「うぅ……」とか「あぁ……
」みたいな呻き声が聞こえてきます。
入ってすぐは教室の半分くらいの幅がある大きな空間でした。
壁の両側に何人ものゾンビらしき人(怖くてちゃんと見てないのでどんな感じか分かりません!)がいますが手を動かすだけで近づいてはきません。
なので、怖かったけど部屋の真ん中を歩けば耐えられました。
リズちゃんは「もっと近づいて観察したいなー!」なんて言ってたけど私は絶対に無理!
最初の部屋のいちばん奥まで行くと壁の隙間から次の部屋へと入ります。
次の部屋も教室の半分を使ったスペースで、ここではゾンビが歩き回っていました。
「ひぃっ!」
私は怖くて動けなくなりましたが、受付のミイラおんなさんが言っていたとおりゾンビたちは私たちに触れないように一定の距離を取って動いているのが分かりました。
私は剣術の授業で習った相手の動きを読むということを思い出し、リズちゃんの手を引っ張ってゾンビたちの間を駆け抜けました!
「ルナちゃん、もっとゾンビと触れ合おうよー!」
「やー!」
その部屋の奥まで行くと、入ってきたところとは別の教室の出入り口です。
教室の前と後ろにある出入り口の後ろの方です。
そこから布で仕切られたトンネルのような小部屋を移動して隣の教室の前側の出入り口から次の部屋へと入ります。
今度の部屋は天井が低く、幅も細い道でした。
水の垂れるようなピチャン、ピチャンという音だけが響く薄暗い空間です。
「この部屋はゾンビがいないみたいだね」
次の部屋への入り口を見つけて少し安心したその時……
「うがあああああ!」
低い天井に隠れていたとのでしょう、目の前にゾンビが逆さまに降ってきたのです!
「き、きゃああああああ!!」
私がリズちゃんの手を力いっぱいに握ると世界が真っ白になったのです。
***
―――その時の話を聞かせていただいても?
「はい。当時、私はゾンビハウスをやっていた8年D組の担任でした。教鞭を取る傍ら、魔法の研究もしてまして、生徒たちに傀儡魔法について理解してもらうために夏祭りまでずっと演技指導していましたし、当日も現地で監督をしていました。まあ、お祭りといっても教育の一環ですからね。」
―――魔法の研究をされていたんですね。
「ええ、そうです。私たち人族の使う魔法、エルフ族の精霊魔法、そして傀儡魔法に代表される魔族の闇魔法、古今東西の魔法を研究していました。魔法の知識においては、王都でもトップクラスを自負しておりました。」
―――では、その時の白い光というのは?
「あれは聖魔法に分類される『聖域』という魔法です。」
―――聖魔法というのは初めて聞きました。
「聖魔法というのは勇者だけが使えるとされる伝説の魔法です。物語で勇者が大地に剣を突き刺したらアンデットモンスターやゴーレムが活動を停止したなんていう記述がありますが、それのことですね。勇者が最後に歴史に登場したとされるのが少なくとも千年以上前で、当時は資料を文献として残す習慣がなかったので詳しいことは分かっていませんでした。だから、本来ならそれが研究者の間で『聖域』と呼ばれる魔法か断定するのは難しいのですが、私の長年の勘が間違いなくそれだと告げていました。」
―――実際にその場にいてどのように感じましたか?体に異変は?
「とても明るい光でした。ですが、不思議と眩しくはないんですね。ただただ白い空間がどこまでも広がっていくのが分かりました。あとから聞いた話をまとめると彼女たちを中心に直径30メートルほどの大きな光の塊に包まれていたようです。体への影響はありませんでしたね。『聖域』は傀儡魔法の効果を消し去るためのものです。なので人体には全く影響がないのでしょうね。もちろん、ゾンビ役の生徒たちも浄化されていませんよ(笑)」
―――他に何か気付いたことは?
「まず、この『聖域』が詠唱を破棄して発動していると推測されることですね。将来、勇者になる宿命を負っているとはいえ、7歳になる前の少女がこの魔法の正しい詠唱どころか存在すら知っていたとは思えません。おそらくゾンビに恐怖した反応が発動させたのでしょう。」
―――詠唱を省略して魔法を発動させる、というのは一般的なのでしょうか?
「いえ、まさか。魔法を発動させる上で詠唱は不可欠です。少なくともこの時まではそう考えられていました。この件があって初めて無詠唱という概念が仮説として生まれ、今まさに研究が着手されたところです。さらにもう1点、付け加えるならこの魔法が勇者と賢者ふたりの協力のもとで発動していると思われることですね。魔法の発想は勇者ですが、魔力の大半は賢者が担っていたと私は考えています。当時の勇者にはそこまでの魔力はなかったはずなので。」
―――本日は王立魔法研究所所長であり、勇者ルナ様と賢者リズ様も王立学校時代に師事されたアンナ・サウサンプトンさんにお話を伺いました。ありがとうございました。
***
「あー、こわかったぁ……。」
「ルナちゃん、怖いの苦手だったんだね。気付かなくてごめんね。」
思いっきり叫んだあと、私は無我夢中でリズちゃんの手を引いたままゾンビハウスの中を駆け抜けました。
8年生の教室を出た後もしばらく走り続けたようで、気が付くとゾンビハウスとは反対側の8年A組の前にいました。
「ううん、ちゃんと言わなかった私も悪いの。せっかくリズちゃんが楽しんでたのにごめんね。」
「大丈夫だよ!それに、あんまり怖くなかったからそんなに面白くもなかったし。」
「えー、私はすごく怖かったよぉ!」
「ルナちゃんはまだまだお子様だな!」
「私の方が2センチも大きいもん!」
「1.8センチだよー!」
などとリズちゃんと言い争っていると、なんだかとっても甘~い匂いが漂っていることに気付きます。
「リズちゃん!メロンだって!」
『風大陸の特産品』『今が旬!』『産地直送』といった張り紙やノボリで飾られた8年A組の教室ではどうやらメロンやスイカを売っているようです。
聖大陸でもメロンは栽培されていますが、より水はけのよい土壌を持つ風大陸の一部の地域が産地として有名です。
そして、聖大陸のメロンは皮がつるつるなのに対し、風大陸のメロンは細かい網のような模様が入っています。
パパから「あれは高級なメロンの証なんだ」と教わったことがあります。(でも、食べさせてもらったことはありません。)
「あたしはスイカが好き!」
リズちゃんはスイカ派のようです。
ゾンビハウスで叫んだり走ったりしたせいか、お昼ご飯を食べたばかりなのになんだか少しお腹が空きました。
何より甘いものは別腹って言いますし!
「食べよっか!」
「うん!」
私たちはおやつチケットを1枚ずつ出してメロンとスイカにかじりつきました。
「あっっっっま~~~~~い!!!」
「おいっっっし~~~~~い!!!」
風大陸で作られたというメロンは今まで食べたメロンとは比べ物にならないほど美味しかったです。
パパとママにもこのメロンを食べさせてあげたいなあ。
甘くてみずみずしいメロンを食べて、私はすっかりゾンビハウスのことなど忘れてしまいました。
そのあとも私たちは王立学校の夏祭りを思いっきり楽しんだのでした。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
聖魔法とか無詠唱とか色々出てきましたが、本編には一切関係ありません。
次回から火大陸編をちょろっと書いて土大陸編に入る予定です。




