娘、勇者だった
視線の先。
家の外に停められた馬車はてっぺんに付いた玉ねぎみたいな形のキラキラした飾りをはじめ、日頃この町で見る馬車よりも明らかに高級感のある造りをしている。
その中には城の遣い、つまり国王もしくはそれに準ずるような地位のある人間が俺に遣わしたという人物が乗っているらしい。
「町長は何の用事か聞いてないのか?」
「うむ。いきなりワシの家を訪ねてこられてな。この町で昨日生まれた子供がいるだろうから、その家に案内するよう申し付けられたのじゃ。」
「確かに、ウチは昨日の夜に娘が生まれたが……町長、よく知ってたな。」
「ワシは町長じゃ。町のことは何でも知っておる。とは言っても近々子供が生まれそうな家はここしかなかったからのう。当てずっぽうじゃ。」
この田舎町の人口では月に数人しか子供は生まれない。
たまたま昨日、子供が生まれる可能性がある家はウチくらいだったようだ。
「わざわざ子供の祝いに来たというわけではないと思うんじゃがな。」
そりゃそうだ。
わざわざ国王がこんな田舎の平民の子供の誕生を祝うために遣いを寄越すとは思えない。
しかし、その遣いとやらが昨日と指定して子供が生まれた家を訪ねてきたというのも事実。
だが、王都からここまで5日以上。
子供が昨日生まれることを見越して王都を出ていたというのだろうか。
納得いかない、というか明らかにおかしい。
考えても答えは出ないことは分かっているが、それでも何かを情報を得ようと頭をフル回転させる。
「おめでとう。初めての子供じゃな。大事に育てなさい。」
ショボくれた顔を少しだけ微笑ませ、町長が祝いの言葉を述べる。
物思いに耽っていた俺が我に返り、祝いに感謝の言葉を返す前にトマス町長が続ける。
「では、遣いの方にこの家で間違いない旨を伝えてくる。恐らく中に入るだろうから準備をして待つのじゃ」
トマスが踵を返して馬車に向かうと同時に、俺は部屋に戻りアンジェリカに客が来たらしいことを伝える。
狭い家なので町長とのやり取りも丸聞こえだったようで妻も承知していた。
すでにテーブルの上を片付け、娘と一緒に寝室に移るところだった。
間もなく町長が役人然とした人物を連れてくる。
馬車の飾りと、城の遣いという言葉からもっと高級感を漂わせた嫌味っぽい奴が出てくるのかと思っていたが。
長身で機能性重視といった感じの洋服上からでも分かるくらい全身の筋肉が鍛えられている。
小柄でショボくれた顔に合わせたように貧相な体のトマスがさらに小さく見える。
しゃべり方こそ年寄りっぽいがトマス町長はまだ40歳だったはずだが、城の遣いも同じくらいだろうか。
トマスが老けて見えるのと、遣いとやらの体が鍛えられているせいで比較の仕様がない。
トマスと城の遣いを部屋に招き入れる。
「私は王国騎士団副団長のケビン。まずはいきなりの訪問を謝罪しよう。」
王国騎士団。
なるほど、どおりで気取った雰囲気がない訳だ。
しかし、その副団長といえばこの国で2番目の武力を誇る男だ。
家に入る前に腰から剣を外し、部下と思われる者に預けていた。
危害を加えるつもりはないというアピールなのだろう。
まあ、素手でも俺ごときは簡単にどうにでもできそうだが。
「そして、ご息女の誕生に際し心から祝福を申し上げる」
「はあ、それはご丁寧にどうも」
「単刀直入に申し上げる。ご息女は勇者である。」
導入部分が想像以上に長くなってます。
盛り上がりに欠ける展開が続きますがお付き合いいただければ幸いです。