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女勇者の父、石の巨人と戦う

何度か砂漠に住む魔獣との戦闘を繰り返すと目的の岩場に辿り着いた。

そこは砂漠の中にあって、砂に埋もれることなく10メートルから20メートルの高さの巨大な岩がいくつも並んでいるような場所だった。

岩の色はテテの街の土と同じように赤みがかった茶色で、遠目に見た時は砂漠が燃えているかと思った。


「ここですのね。」


その中のひとつを指差してププが言った。

彼女は聖剣を保管し、勇者に聖剣を授ける王家の使命を担う者として洞窟の位置、隠し扉の在り処を知っているそうだ。

ププはトカゲが引いてきた馬車から降りると先ほど指差した岩とは別の岩に近づいた。


「アベルさん、この岩の側面を剣で剥がしてほしいのですのね。」


俺はププに言われるがままに岩の側面にあったへこみに剣先を差し込んで、てこの原理を使って岩の表面を剥がそうとする。

少し力を入れると岩の壁から50センチ四方、厚さ5センチほどの範囲が扉のように開く。

その中にあったのは、長さ40センチくらいの金属の輪で、その真ん中から垂直に伸びた棒が岩壁とつながっていた。


「船の舵みたいだな。」


「回していただけますのね。」


ププに促され、その金属の輪を回してみる。

結構、重い。

俺が回す輪が角度を変えるたびにカチカチ、カチカチと岩の中から音がする。

次第に岩の奥からゴッゴッと鈍い音がしたと思うと、今度は足の下がガリガリと鳴り出す。

色々な音が増えていき、ついに先ほどププが指さした岩、今回の目的地である洞窟がある場所にまでその音が波及する。


「見て、岩が開いていくわ!」


ソフィアが指差した場所に視線を向けると、まるで岩が観音扉のように外に向かって開こうとしているところだった。

俺が回していた金属の輪が扉を開ける仕掛けにつながっているようだ。

最初に俺が開いた岩の扉も、洞窟の入口も目を凝らしてもつなぎ目など不自然な様子はなかった。

確かに知らない者には見つけられない洞窟であり、盗掘の心配はなさそうだ。




入口は十分な広さがあったので、トカゲと馬車を洞窟に入ったところで待機させる。


「俺が先頭を行く。次にノア。続いてププとリリ。殿しんがりをソフィアに任せる。」


俺が洞窟を進む順番を指示すると全員が頷く。

十分な広さがないため、ソフィアの大剣は使いにくいので最後尾の警戒を任せる。

リリにはププを守るよう頼んだ。

俺は自分で持ってきたランタンに火を灯す。

殿のソフィアはリリから借りた銅製の赤褐色のランタンを持っている。


洞窟の中は緩やかな下り坂になっていた。

警戒しながら進むが、元々ドワーフの王族が通るための通路なので罠はないし、魔獣も出ない。

さらに曲がりくねってはいるが一本道なので迷うこともない。

しかし、10メートルくらい進むごとに扉があり、近くにあった入り口と同じような金属の輪を回すとそれが開いた。

その度に洞窟中にカチカチ、ゴッゴッ、ゴゴゴゴゴ……と音が響き、天井が崩れてこないか不安になるくらい揺れた。




5つ目の扉は大きかった。

洞窟に入ってからここまでの4つが高さ2メートルないくらいだったのに対し、この扉は5メートルもあろうかという大きさだった。

近くの壁には他の扉と同じように船の舵に似た金属の輪が付いている。

俺は右手に持っていた剣を腰の鞘に戻し、ランタンをノアに渡して金属の輪を回し始める。


「さすがに重いな!」


殿に付いていたソフィアを呼んで扉につながっているだろう金属の輪を回すのを手伝ってもらう。

インドア派の男であるノアよりも、闘気法で身体能力を強化できるソフィアの方が力は強いからだ。


「「せーの!」」


ふたりがかりでようやく回り始めた金属の輪が生えている壁の奥からカチカチと音が鳴り始める。

音が壁を伝い、次第に大きくなり、洞窟全体を揺らし始めるとようやく扉が開き始める。

人が通れるほどの幅ができたところで俺はノアから鉄製のランタンを受け取り、その扉の中に入る。




扉の中は広い空間になっているようだ。

断定できないのは俺たちの持っている2つのランタンでは空間の全てを照らすことができないからだ。

俺は右手にランタンを持ち、不測の事態に備え左手に盾を構える。

警戒しつつ全員で歩みを進める。


ゴゴゴゴゴ……


後ろから音が聞こえたので振り返ってみると、俺たちが入ってきた扉が自動的に閉まるところだった。


「どうやら時間が経過すると自動で扉が閉まる仕掛けのようですのね。」


ププが落ち着いて状況を推測する。


「ここに入ってきた時と同じような輪っかがあるよ。」


ソフィアがランタンで壁を照らす。


「なら閉じ込められたって訳じゃなさそうだな。」


入ってきた扉が勝手に閉まるってのはあまり気分の良いものではなかったが、外に出る算段は立っているので前を向く。


ドスーン!ドスーン!


今度は前方から音がする。

音とほぼ同時に地面が震える。

ランタンの光が届かずに正体は分からないが、規則的なリズムで音が近づいてきて、振動は大きくなる。

なぜか腕が音の方に引き寄せられる気がするのを無視して、腰を落としていつでも動けるように身構える。

そして、いよいよランタンの光が音の正体を照らす。


「な、なんだこりゃ!?」


辛うじて届いたランタンの薄明りから飛び出したのは石の巨人だった。

高さは5メートルほどで、大きな岩から石で出来た腕と脚が生えたような形をしている。

短い脚に大きな足が付いており、侵入者を叩き殺す意図でもあるのだろうか、脚とは対照的に長い腕の先の手は両方ともハンマーのような形をしている。


「石の巨人……ゴーレム!?」


ソフィアがランタンを床に置き、両手でミスリル製の大剣を構える。


「いえ、違います!ゴーレムは傀儡くぐつ魔法で動きますが、この空間にはおそらく僕たちの他に誰もいません!」


ノアがソフィアの見立てを訂正しつつ、杖を構える。


「ププ!なんだ、これは!?」


俺はこの洞窟の所有者であるドワーフ王国の王女に大声で尋ねる。


「分かりませんのね!ここ数百年は洞窟に入った者はおらず、このような話は聞いておりませんのね!」


「リリ、姫様を、守る!」


まだ遠くにいる石の巨人からププを守るようにリリが間に入る。


巨人は俺のすぐ近くまで来ると歩みを止めた。

そして、体を俺の方に捻り……


「危ない!」


ソフィアの叫びと同時に俺はランタンを持ったままバックステップする。

視線の先には後退する前に俺がいた場所へと振り下ろされたハンマーのような巨人の腕があった。

間違いなく殺しにきてる。


水弾ウォーターボール!」


最初に動いたのはノアだった。

3ヵ月前は初めての実戦で動けなかったノアだが、冒険者として旅を続けている内にかなり頼れるようになった。

しかし、彼の杖から放たれた水の弾丸は石の巨人を傷つけるには至らなかった。


続いてリリが動く。

ププを守るという絶対的な任務があるため行動が制限されるが、巨人のこれまでの動きからスピードがないことは分かっていたので距離を保って小さなミスリル製のナイフを2本連続で腕の付け根へと投げる。

だが、腕と体をつなぐ可動部は本体の内側にあるらしく、硬い岩肌にぶつかっただけでそれも弾かれる。


ソフィアが大剣で斬りかかったがやはり弾かれただけで、大きく短い脚をもつ石の巨人は微動だにしない。


石の巨人は体を俺の方に向け、再び歩き始める。

魔法をぶつけたノアでも、ナイフを投げたリリでも、剣で斬りかかったソフィアでもなく、狙いは俺らしい。

俺はランタンで石の巨人を照らしたまま距離を取る。


「おいおい、火大陸の奴ら俺のこと嫌いすぎてないか!?」


「石の巨人、好き嫌いあるか?」


俺の愚痴にリリが冷静にツッコミを入れる。

確かにこの巨人は生き物って感じがしない。

なら、どうやって狙いを定めているのだろうか。

そもそもここはドワーフの王族が聖剣を保管している施設だろ。

聖剣の管理に来る度にこんな奴に襲われたらたまったもんじゃない。

ってことは、ドワーフの王族は少なくとも襲われないような判断基準があるってことだ。


(それはなんだ?)


火弾ファイアーボール!」


「はっ!」


ノアとソフィアが再び攻撃を加えるが、石の巨人は俺の方へと歩みを進める。


(逃げるにも扉は閉められてる。だが、俺が逃げて時間を稼いでいる間にソフィアたちに開けてもらうことは可能か?)


先ほどソフィアが見つけた扉を開けるための金属の輪の方に目をやる。

船の舵のような形をしたそれがソフィアの置いた銅製の赤褐色のランタンの灯りで照らされている。


(銅製のランタン……ん?)


その時、全てが俺の中でつながった。


銅製のランタン。

ミスリル製の武器。

ププが身に着けていた金や銀の装飾品。

ソフィアにプレゼントしたミスリル製のネックレス。

鉄鉱石の取れない火大陸。

宮殿で見た千年以上昔からあるというお茶出し人形。

ソーサーに仕込まれた磁石。


巨人の方に腕が引っ張られるような感覚。


そして、俺が聖大陸から持ち込んだ鉄製の装備とランタン!


「みんな、そのまま動かなくていい!」


俺はそう叫ぶと剣と盾、打撃用の棒、さらにはランタンを地面に投げ捨て、鉄板の仕込まれた皮の鎧を脱ぎそれも床に置いた。

石の巨人は俺の捨てた装備の前まで動くとハンマー型の腕でそれを叩き潰した。

他のものには目もくれず、同じところへと何度もハンマーを振り下ろす。

やがて石の巨人は向きを変え、何度か曲がったあと、最後は真っ直ぐ部屋の奥へと戻っていった。

あとにはぺったんこにされた俺のかわいそうな装備が残されていた。


「どういうことです?」


ノアが俺に尋ねる。


「あの石の巨人は宮殿で見たお茶出し人形と同じ仕組みで動いているんだ。おそらく、俺たちが回した扉を開けるための金属の輪が人形をしまう箱のねじ巻きと同じ働きをしていたんだろう。で、扉を開けるためと思っていた歯車の一部があの巨人につながっていて、動力を供給していたんだ。そして、石の巨人は一定量動いたら元の位置に帰る。動いた道順を逆に辿ってな。」


この洞窟そのものがあの巨人にとっては人形の箱と同じ役目をしていたという訳だ。

次に質問をしたのはソフィアだ。


「じゃあ、アベルだけが狙われていたのは?」


「あの殺傷能力の高い人形がこの洞窟に設置されているのは変なんだ。なぜなら、この洞窟はドワーフの王族が聖剣を保管するために作ったもので、ドワーフの王族以外が入ることを想定していないはずだから。」


「言われてみればそうかもね。」


「だが、万が一に他種族に侵入された時のためにドワーフ族以外を攻撃するような仕掛けを作った。」


火大陸では鉄鉱石が取れず、輸入しても高額になるため鉄の流通が極めて低い。

そのため、ドワーフ族は鉄製品を身に着けない。

しかし、他の大陸では鉄鉱石が普通に取れるし、加工も簡単で安価なため多用される。

ドワーフ以外の者は、ソフィアのように例外的にミスリル製の装備だけを身に着けている場合もあるが、基本的に装備のどこかには鉄が使われている。


「だから、石の巨人の中には強力な磁石が入っていて、鉄の存在に反応してその方向に攻撃する仕組みになっているんだ。ノアやソフィアも少しは鉄製品を身に着けているかもしれないが、圧倒的に俺の持っている鉄の量が多かったから奴は俺にしか攻撃しなかったんだ。」


「では、誰も鉄を持たずにこの部屋に入ったらそうなりますのね?」


今度はププが質問する。


「おそらく、石の巨人は歩くだけで攻撃をしてこないんだろう。もしかすると歓迎の踊りなんてするのかもしれないな。」


俺の説明に全員が納得してくれたようだ。

問題は俺の装備が全て台無しになってしまったことだ。

一応、ドワーフの国王からもらったナイフはあるが。


「アベルさんには私の方から新しい装備を一式用意しますのね。」


そこはププが気を利かせてくれた。




落ち着きを取り戻した俺たちは、1つになったランタンの灯りを頼りに奥へと進む。

入ってきた扉と正反対の位置にもうひとつの扉があった。

この扉は普通に取っ手がついている。

その扉の横には先ほどの石の巨人が壁に背中を付けて立っている。

動力を伝える仕組みが壁と背中にあるのだろう。


「おそらく、この先に聖剣がある。」


俺たちは期待と不安を覚えながら扉を開けた。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 観音扉という単語は少し気になりました。あの形の扉はまさに観音開きですが……観音様が認知されない世界では両開き扉? [一言] お茶出し人形がここで繋がってくるとは……伏線が繋がる瞬間って…
2020/06/28 17:08 退会済み
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