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女勇者の父、砂漠を行く

チックアウトした宿を出たところでププとリリに合流する。

いつの間にか彼女たちが乗っている馬車が変わっている。

今回の旅ではさすがにデコ馬車は使わないようで、木製の幅1.5メートル、長さ2メートル、高さ60センチメートルほどの箱のような荷台に4つの車輪が付けられ、幌もない質素なものが用意されていた。

荷台の底には幅50センチほどの厚みのある長い板が2つ進行方向に付けられ、荷台の前からはみ出している部分は丸みを帯び上向きに反りあがっていた。

そして、目を引くのはそれを引く動物である。

ハーネスでつながれた巨大なトカゲが2匹、馬車の前で待機している。

それぞれ体長が2メートルはあろうかという巨体で、鱗で覆われた体は濃い茶色をしている。

街の外で出くわせば魔獣と勘違いしそうだが、敵意を見せることなく大人しくしているということは飼いならされた動物なのだろう。


「砂の上を走ることが馬は不得手ですのね。だから、砂漠に生息しているトカゲを調教して馬車を引かせますのね。」


ププの説明によると、ここドワーフの国では砂漠に入る時はトカゲの馬車(トカゲ車というのも言いにくいのでドワーフ族はこの呼び方をするらしい)を使うのが一般的らしい。

手綱を握るのはリリ。

出発前にププが目的地までの行き方を説明してくれる。


「テテの街を出て、砂漠を真っすぐに北上すれば3日で目的地に着きますが、砂漠を3日も進み続けるのは危険ですのね。ですが、街道沿いに4日ほど北西に進んでススという街で休んでから、砂漠を横断すれば半日で洞窟まで着きますのね。」


火大陸は30°、60°、90°の三角定規のような形をしている。

60°の角を南東、直角を南西に置いたあとに直角を30°ほど北に傾けたような感じである。

その直角の位置までが3日、さらに1日海岸線に沿って北上したところがススの街だ。

そこから東に移動するとビビ砂漠に入り、半日ほど進めば聖剣が保管されているという洞窟に着くということだ。


「それでは、出発しますのね!」




長い移動時間の中で適当に雑談を交わす。

馬車に幌がないので砂埃を避けるためにそれぞれがフードを目深に被っているが、俺は顔を出してドワーフの王女に声をかける。


「なあ、ププ。この前、宮殿で見たお茶出し人形は新しいものなのか?」


あれを見た時は、見たことも聞いたこともない技術だったのでドワーフの最新技術なのかと考えたが、人形が入っていた箱や人形そのものは薄っすらと色がくすんでいてアンティーク感があった。


「あれは千年以上も前のものと言われておりますのね。」


「千年!?」


「もちろん、故障したり破損したりした部分はその都度、修理していますのね。ですが、最初に考案され、作られたのは千年以上前と言われておりますのね。それこそ、先代の勇者が魔王と戦った時代からあるのかもしれませんのね。」


「へえ~。」


ドワーフ族の技術の底は想像以上に深いようだ。




4日後。

予定どおりに俺たちはビビ砂漠の入口にいた。

砂漠に入ったところでトカゲの馬車の荷台の車輪を取る。

砂の上では車輪の推進力が上手く伝わらないため、荷台の下に付いた2枚の板を滑らせて進ませるそうだ。

帰りのことを考えて車輪は荷台に積む。

5人で使うのは広い荷台と思っていたが、このためだったようだ。


砂漠の中をトカゲの馬車がジグザグに進む。


「どうして真っすぐに進まないんだ?」


手綱を引くリリに尋ねる。


「砂漠、サンドワームいる。だから、避ける。」


サンドワームとは大きいミミズの魔獣だ。

体長10メートル、太さは2メートル以上あるものもおり、先端に付いた大きな口で人間くらいなら簡単に飲み込んでしまう。

幸い動きはさほど早くないが、砂の中に潜み、獲物が真上を通った瞬間に頭を出して丸飲みする危険なモンスターだ。


「あそこと、あそこと、あそこ、いる。」


リリは前方を指さし、そこを避けてトカゲを走らせる。


「全然、分からないわ。本当にいるの?」


リリにサンドワームが潜んでいる場所を教えられても認識できないソフィアが不思議そうな顔をする。


「リリ、分かる。」


俺は植物に詳しかった祖母のことを思い出していた。

実家であるリード商会は王都のすぐ近くに山を所有していた。

その中に竹林があり、春になると祖母がタケノコを取りに連れていってくれた。

祖母は「タケノコは土から出る前が柔らかくて美味しい」と言って、地面から顔を出す前の小さなタケノコを好んで採っていた。

俺には土の中のどこにタケノコがあるのか分からなかったが、祖母の目には地面が盛り上がって見えたそうだ。

リリもきっとそんな感覚なのだろう。


しかし、砂漠に生息している魔獣はサンドワームだけではない。

俺たちの馬車の進路に黒い影が立ちはだかっていた。


「ジャイアントスコーピオン!」


王立学校で勉強してきたのかソフィアは聖大陸以外の魔獣についても知識があるようだ。

体長1メートルほどの大きなサソリが2匹、馬車の進路を塞ぐようにしている。

俺たちは武器を手にして馬車から降りる。


「みんな!サンドワームにも、注意!」


「ああ!リリは戦闘に参加せずププを守りながらサンドワームが潜んでそうな場所を見つけたら指示してくれ!」


「了解!」


「ソフィアと俺で1体ずつ引き付ける!ノアは隙を見て魔法で援護してくれ!」


「はい!」


巨大なハサミと尻尾の毒が危険らしいが、戦ってみれば速さがないことが分かった。

気を付けていれば攻撃を喰らうことはなさそうだ。


「しかし、硬いな!」


ハサミと尻尾を避けながら何度か上から剣を当てているがことごとく強固な外骨格に跳ね返されてしまう。

もう1体を相手しているソフィアを横目で確認するが、彼女の大剣でもこのサソリの魔獣には致命傷を与えられないでいるようだ。


水弾ウォーターボール!」


ソフィアが戦っていた方のジャイアントスコーピオンに向かって詠唱が終わったノアが高密度の水で出来たボールをぶつける。

やはりダメージはなさそうだが、水に驚いたサソリは足と尻尾を引っ込めて防御の姿勢を取る。

そこにソフィアが剣を突き刺そうとするが上手くいかない。

そして、すぐにサソリは戦闘態勢に戻ってしまう。


「ノア!もう一度、水弾ウォーターボールを!」


だが、俺は今の攻防でこの異常に硬いサソリを攻略する方法を思い付いていた。


「はい!」


ノアが再び詠唱を始める。

水弾ウォーターボール程度の魔法なら詠唱時間は短い。

ソフィアに作戦を説明する時間はほとんどない。


「ソフィア、俺が合図したらすぐにサソリにとどめを刺せ!」


「え?う、うん!分かった!」


水弾ウォーターボール!」


ノアの杖から水の塊が発射される。

ぶつかったサソリは思わず体を固まらせる。

その瞬間、俺はサソリの体の下に剣を入れ、力いっぱいに持ち上げる。

剣先から感じる重さは40キログラムというところ。

せいぜい娘のルナ2人分だ!


「どっせい!」


丸まっていたサソリは半身を持ち上げられ、そのままひっくり返る。


「ソフィア、今だ!」


俺が言うのとほぼ同時にソフィアがサソリの背中に比べれば軟らかい腹に向けて剣先を突き立てていた。

その一撃でジャイアントスコーピオンが絶命したのを確認すると、同じ方法でもう1体も駆除する。




「ノアさんは魔法が使えるのですのね!」


戦闘を終え、砂まみれになった俺たちが馬車に戻るとププが目を輝かせて言った。


「ええ、まあ。」


「ノアは聖大陸でも10人いないとされるAランク魔術師なのですよ。」


いまだに王女であるププという存在に尻込みしているためか歯切れの悪いノアの代わりにソフィアが答える。


「ワタクシ、実戦で魔法が使われるのを初めて見ましたのね!」


ドワーフ族は魔法が使える者が生まれる確率が極めて低い。

そのため、短い雨季以外では高額な報酬で雇われた人族の魔法使いが生活用の水を魔法で供給している。

彼らは専門職なので戦闘に出ることはない。

また、ププが言う実戦というのもおそらく王国の兵士たちの鍛錬の成果を見せるための舞台のようなもので、ドワーフの戦士同士が戦うものなのだろう。

そういった場であればますます魔法は使われないはずだ。


また、種族ごとに使える魔法が異なる。

人族は自分の体内の魔力を火、水、風、土、治癒といった属性に変換し、放出する。

そのため、体内にある魔力の量によって威力や使用回数に制限がある。

エルフ族は精霊魔法といって自然の中にいる精霊と呼ばれる存在の力を具現化する。

したがって、魔法を使い放題という利点がある一方で、その場に該当する精霊がいなければ一切魔法を使えないという面もある。

魔族は人族と同じような魔法の他に、傀儡くぐつ魔法と呼ばれる特別な魔法を使う者がいるらしい。

人形や死体などを操って戦わせたり、使役させたりできるそうだ。

絵本や物語に出てくるゴーレムやアンデットのようなモンスターも傀儡魔法によるものだ。

それ以外の種族では魔法使いは生まれにくい。

生まれるとしても魔法を使える他種族とのハーフであることがほとんどだという。


そのため、ドワーフ族のププにとって魔法を使える存在というのは憧れなのかもしれない。


「ノアさん、とても尊敬しますのね!」


こうして、ププ王女のノアへの評価が爆上がりし、俺だけが取り残される結果となったのだった。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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