女勇者の父、人形に驚く
次の日からもププは毎朝、祭りを一緒に楽しもうと言ってソフィアを迎えにきた。(ついでに俺たちも連れていってはくれた。)
街中の祭りの様子を見に行くときはドワーフの伝統衣装を人族のサイズで作ったものを着せてくれたり、城の行事では相応の服装を貸してくれたりした。
伝統衣装の方はソフィアだけだったが。
街を歩くとき、ププは護衛を付けていなかった。
いや、恐らくいるのだろうが、俺はどこにいるのか見つけることが出来なかった。
それだけ気配を消すのが上手いということだろう。
先日のリリという子が護衛だとしたらどれだけの訓練を積んでいるのだろうか。
髪だけ見ればピンク色で滅茶苦茶目立ちそうなのに居場所が全然分からない。
ドワーフ族の首都テテの街は平和だ。
王女が麦わら帽子を目深に被っているとはいえ祭りの人混みを歩いて回れるのだから。
そんな王女様はソフィアとふたり並んで俺が買ってきた焼き菓子を美味しそうに食べている。
さすがに王女様に買い物させる訳にはいかないからな。
本人がよくても店がパニックになる。
焼き菓子代をリリに請求してやろうかと思ったが、衣装のレンタル料を請求されたらたまったもんじゃないし、やめておくことにした。
世の中、持ちつ持たれつというやつだ。
祭りは俺の住んでいた街の収穫祭と似たようなものだった。
先ほどの焼き菓子や魚介の串焼きなどの屋台があったり、サーカスや大道芸があったり。
違う点は2つ。
1つは季節だ。
人族の祭りは収穫祭が多く、たいていは秋だ。
豊作を喜び、厳しい冬の前に楽しい思い出を作る。
ドワーフの祭りは夏だ。
1ヶ月降り続いた雨の恵みに感謝して行われる。
もう1つの点はドワーフの街らしくアクセサリーの出店が多いことだろうか。
娘と妻に何か買ってやるかなどとちょっと覗いてみる。
ノアも真剣に見ている。
やはりエリザベスと妻に送るつもりなのだろうか。
しかし、まだまだ続く長い旅の途中で土産を買っても帰るまでに壊したり、無くしたりしそうだ。
俺もノアも娘と妻にアクセサリーを買うのはやめた。
その日の午後は城に呼ばれた。
ドワーフ族の国王が会ってくれるらしい。
しかし、他の執務との兼ね合いで来客用の休憩室で待っているように言われる。
部屋に入ると端に四角い金属の箱とティーセットが置かれたやけに長いテーブルがあり、ププ王女に促されそれぞれ適当に座る。
俺たち3人の他にププとリリがいた。
しかし、ププは従者であるリリに任せることなく俺たち3人分のティーカップを用意してくれる。
俺とノアの前には縁が金色に塗られ、繊細な花が描かれた高級感漂うカップとソーサーが置かれる。
ソフィアにはシンプルな白いカップとソーサーである。
なんだか器の選択が逆という気がする。
「リリ、アベルさんとノアさんにお茶を注いで差し上げるのね。」
「かしこまりました。」
ププに命じられてリリが俺とノアに紅茶を用意してくれる。
ソフィアの分はププ自ら作るのだろうか。
「これから皆様には面白いものをお見せいたしますのね。」
自分から面白いというものはたいていつまらないんだよな、などと俺が思っているとププはテーブルに乗っていた四角い金属の箱の横に立つ。
箱の大きさは高さ80センチメートルで横幅と奥行がそれぞれ60センチくらいだろうか。
俺たちから見えない箱の後ろ側にププが手を伸ばすとカチカチ、カチカチと音がする。
30秒ほど待っただろうか、ようやくカチカチという音が止まる。
「それでは、お見せしますのね。」
ププが今度は箱の正面の板を上にスライドさせて抜き取ると中にティーポットを持った可愛らしい人形が見える。
次の瞬間、俺たちはププの言葉の意味を理解する。
人形が歩き出したのだ。
箱から1メートルほど進むと止まり、そこでププがポットにお湯を注いでやるとまた動き出した。
テーブルの中央を俺たちの座っている方に歩いてきて、ソフィアの前で曲がる。
そして、ソフィアのティーカップに紅茶を注いだのだ!
それだけでなく、適量注ぐと踵を返し、来た道を戻り箱の前まで帰っていった。
「お茶出し人形ですのね。」
箱の横で人形が帰ってくるのを待っていたププが、箱の後ろ側をこちらに向けてくれる。
箱の真ん中に時計などに使われるねじ巻きが付いている。
「このねじ巻きを回すことで箱の内側に設置された歯車を通して人形に動力が生まれますのね。いくつか仕掛けがあって、動き出して少し進むと止まるようになっていますのね。ポットにお湯が入るとまた動き出しますのね。」
確かに、人形が出たあとの箱の内側に大小の歯車が見えた。
また、人形の背中にもよく見ると小さな穴があり、箱の中にも人形の背中があったであろう位置まで棒状の突起が伸びていた。
「私の方に来たのは?」
実際にお茶を注いでもらったソフィアが不思議そうに尋ねる。
「ソーサーの下を見ていただけますのね?」
ププに言われてソフィアはカップを手に持ち、反対の手でソーサーをひっくり返す。
そこには直径3センチくらいのコインのような黒い物体が付いていた。
ソフィアにはそれが何だか見当が付いたようだ。
「もしかして、磁石ですか?」
「そうですのね。人形の中に磁石を感知するとその方向に曲がる仕掛けが入っておりますのね。さらに、磁石の位置をティーカップの位置として、そこに決められた量の紅茶を注ぐ仕組みになっていますのね。」
そして、最後は来た道を箱の前まで戻るようになっているのか。
「ドワーフの技術はすごいな!こんなの見たことないぞ!」
俺は思わず驚嘆の声を上げる。
「ありがとうございますのね。ですが、長〜いテーブルが必要だったり、結局は人の手の方が早かったりで実用化はされていませんのね。だから、現存してるのはこの部屋だけですのね。」
言われてみればソフィアに紅茶が注がれるのを待っている間に、俺とノアの紅茶はすっかり冷めてしまっていた。
そんな俺たちを尻目に、リリがププのティーカップに温かい紅茶を注いでいたのだった。
国王に待たされている間に面白いものを見ることができた。
聖大陸とは少し風味の異なる火大陸の紅茶を堪能したあと、俺たちは国王のいる謁見の間に通される。
「ソフィア殿、そしてあとのふたりもよく来てくれた。」
どうもあとのふたりのひとりです。
俺が心の中で悪態をついている横ではソフィアが貴族らしい丁寧な挨拶をしていた。
「この度、来てもらったのは冒険者である諸君にひとつ頼みがあってだ。聞けば人族に勇者が生まれたそうではないか。そこでだ。」
いつの間にか俺の心は悪態をつくどころではなくなっていた。
国王の口から出た『頼み』は俺が待望にしていたものだったのだ。
「とある洞窟で保管されている聖剣を見てきてほしいのだ」
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