女勇者の父、火大陸に着く
まだ完全に船酔いが治ったとは言い難いが、それでも陸地に足が着くと安心する。
「ようやく着いたのね、火大陸に!」
船の中では一番キツそうにしていたソフィアだが、船を降りた瞬間にはもうケロっとしている。
若者の回復力、恐るべし!
そんな元気少女とは対照的に、ノアは係船柱に腰を下ろして休もうとしたところを船員に注意されていた。
インドア派Aランク魔術師もこの3ヵ月でだいぶ体力がついたと思っていたが、船酔いは別問題か。
「二人とも!情けないぞ!」
「「……面目ない(です)」」
俺とノアはソフィアに引っ張られるように船着き場を後にした。
すでに夕刻だった。
船着き場を少し離れると港町が広がっており、あちらこちらから魚や貝を焼いている匂いが漂っていた。
船酔いが残っていても関係ないらしく、俺とノアの腹が大きな音を立てる。
一応ながらレディーの腹の音は聞こえなかったことにしておく。
最初に見つけた宿に入るとまだ部屋が空いているということで今日はここに泊ることにする。
部屋に入り、完全に船酔いが収まるのを待ってから宿に備え付けの食堂で晩飯とする。
俺とソフィアは焼き魚の、ノアは煮魚の定食を注文する。
定食にはパンとスープが付いた。
パンはパサパサしていたがスープにつけて食べると絶妙だった。
そして、メインの魚は港町だけあって美味かった。
焼き加減も素晴らしく、表面は軽く焦げ目が付いていたが中は水分がほどよく残っており、味付けは塩だけだったが魚本来の旨味と抜群の二重奏を奏でていた。
もしかしたら魚と塩はどちらもこの港付近で取れたものなのだろうか。
「はむはむっ!かーっ、生き返る!」
「お酒でも飲んでいるような言い方ですね。僕はお酒を飲まないので分かりませんが。」
「おっさんか!」
ツッコミを入れつつも、ノアとソフィアも魚を口に運ぶ手は止まらない。
ノアの煮つけも色の濃いタレが魚によく馴染んでいて美味そうだ。
「明日からのことなんだけど……」
全員が食事を食べ終わるとソフィアが話し出す。
「ふたりが船酔いで休んでいる間に情報を集めたんだけど、火大陸でいちばん大きい街はこの港のすぐ近くなんだって。」
火大陸はひとつのドワーフ族の大きな国だ。
聖大陸が人族の国であるのと同じように。
そして、首都が大陸の南端であるこの港町の近くにあるらしい。
それは火大陸の北にエルフ族の国である土大陸があることに関係するのかもしれない。
ドワーフ族とエルフ族は犬猿の仲と言われている。
そのため土大陸から遠い位置に城と首都を作ったと推測できる。
「だから、明日は火大陸の首都『テテ』に行きましょう!」
ソフィアの意見に俺とノアは力強く頷く。
「情報を収集するにも大きい街の方がいいだろうし、行こうテテに!」
「はい!」
翌日、朝に港町を出発すると徒歩でも昼前には首都テテに到着した。
『テテ』は赤みがかった土を固めて作られた小さな家が無数に建ち並んだ街だった。
通りを挟んで建つ2軒の家々の間には紐が張られ、そこに三角形のカラフルな布が何枚もぶら下げられている。
家と同じ赤い色の壁に囲まれた巨大な街の中心部に宮殿のようなものが見える。
あれが城だろうか。
その宮殿のような建物と街には塀のような境界はなく、誰でも自由に出入りできそうに見える。
それなら城ではないのかもしれない。
街に入って感じたのはとても賑やかで活気に溢れているということだ。
ドワーフは気難しく、物静かなイメージがあったがこの街で見かけるドワーフたちは大声で笑い合い、とても楽しそうだった。
もしかすると王都で商売をしているドワーフ族は人族のそういうイメージを崩さないようにそう演じているだけなのかもしれないな。
「なんだかみんな嬉しそうですね。」
ノアが街を見て言う。
確かに、楽しそうというより嬉しそうなのかもしれない。
これから楽しいことが始まるような高揚感を街から感じる。
「なんだか皆さん楽しそうですねー!」
目を離した隙にソフィアがドワーフの婦人2人組に話しかけていた。
「お嬢ちゃん、この国は初めてかい?ドワーフにとって7月は特別なんだよ。」
「そうそう。1ヵ月の雨季が終わって、1年で大陸に水がいちばん多い時期だからね。ちょうど明日からお祭りなのさ。」
「お祭り!!」
ソフィアが目を輝かせる。
詳しく聞くと、雨季が終わった7月に入ると祭りの準備が始まり、7月5日から本格的に祭りが始まるそうだ。
俺たちが聖大陸を出たのが7月1日。
船で3日かけて移動し、昨日7月3日に火大陸に到着。
その翌日なので今日は7月4日だ。
祭りは7月末日まで続くらしい。
家々の間に飾られた色とりどりの布も祭りのためのもののようだ。
「ということで、これから数日はお祭りを堪能するわよ!」
リーダーを差し置いてソフィアがパーティーの予定を決めてくれる。
まあ、いいだろう。
祭りであれば人も多く集まるだろうし、色々な話が聞けるかもしれない。
とりあえずは当面の宿を探すとしよう。
祭りの話を聞いたドワーフ族のご婦人方に宿について聞いてみるとコストパフォーマンスの高いと評判の宿を教えてくれた。
俺とノアで1部屋、そしてソフィアの分として計2部屋を1週間分予約した。
「とりあえず、今日は祭りの準備を見学しましょー!」
「「おー。」」
私がリーダーよとばかりに張り切っているソフィアに合わせ、俺たちもそれなりに相槌を打つ。
「リアクションが小さーい!えいえいおー!」
「「えいえいおー。」」
俺たちは渋々右の拳を突き上げる。
ドワーフ族の首都テテには俺たちと同じ人族が多くみられた。
聖大陸の人族の街、アルバインでもドワーフが商売をしていた。
ドワーフ族は手先の器用さで知られており、アルバインでも服飾、革製品、鍛冶屋など職人として活躍している者がほとんどだ。
では、人族はアルバインで何をやっているか。
6月の雨季を除いて雨がほとんど降らない火大陸で生活に必要な水を魔法で供給する仕事をしている魔術師が多いらしい、
ドワーフは魔法使いの誕生する確率が人族に比べて非常に低いらしい。
物価が安い火大陸であっても、魔術師への報酬は聖大陸よりも高い。
ただし、岩と砂に覆われた大陸で住むのに快適とも思えないことから(あくまで聖大陸にいる人族にとってで、住んでいるドワーフは全く快適だと言う)若者、特に女性のの移住者は少ないようで、見かける人族は中年か老人の男性ばかりだ。
「あら、珍しいですのね!あなた、人族の女性の方ですのね?」
俺たちに、いやソフィアに声をかけてくる者があった。
ドワーフ族の少女だ。
身長は120センチメートル程で、ドワーフ族らしく肩幅が人族より広めだ。
顔つきはまだあどけなさが残り、ソフィアと同じくらいの年齢に見える。
日に焼けた小麦色の肌で、陽の光のように輝くオレンジ色の髪を隠すように麦わら帽子を被り、髪と合わせたような橙色のワンピースを身に着けていた。
「ええ、そうですけど。何か?」
「あ、失礼しましたのね。ワタクシはプププププ・ラ・ペペ。ププと呼んでくださいのね。この街にも人族はたくさんいらっしゃるのですが、ワタクシと同じくらいの年齢の女の子を見たことがなかったので、嬉しくて思わず声をかけてしまったのですのね。」
「そうなのですか。私はソフィア・コックスと申します。」
ププという少女(?)の丁寧な振る舞いに合わせてソフィアも貴族らしく名乗る。
「コックス家というともしかして王国騎士団長のケビン・コックス様のご息女でいらっしゃるのね?」
「え、ええ。よくご存じで。」
「ケビン様と言えば暖かなお人柄とその強さ、『太陽の騎士』という二つ名は海を越えるほど有名でいらっしゃるのね。」
知らんかった。
あのおっさん他の大陸の市民レベルで名前を知られるほどすごかったんだ。
俺なんて他の国のお偉いさんのこと全く知らんぞ。
次にケビンに会ったときは敬語を使った方がいいかもな。
しかし、ドワーフ族の少女(?)はぐいぐいくるな。
「ねえ、ソフィアさん。是非、ワタクシとお友達になってくださらないのね?」
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ププの語尾を何か特徴つけたくて「のね」を採用したのですが読みにくい点があると思います。
すみません。
ちなみに、無職転生さんとかオバスキさんとかに出てくるお嬢様へのリスペクトです。




