女勇者の父、船に酔う
第2章開幕です。
途中に第1章のおさらいがありますが読み飛ばしていただいても大丈夫です。
あと、明日も10時に投稿しますのでよろしければお読みくださいませませ。
するとまおうはおそろしいドラゴンにすがたをかえました。
そして、おおきなくちからまっくろなほのおをゆうしゃたちにむかってはきだします。
しかし、ゆうしゃのなかまのけんじゃがまほうでそのほのおをふせぎます。
まおうだったドラゴンがほのおをはきおわるとどうじにゆうしゃがはしりだします。
ドラゴンのかおにむかってジャンプするとそのみけんにつるぎをつきさしました。
そう、ドワーフのくにでもらったせいなるつるぎです。
ドラゴンはふたたびまおうにすがたをもどすと、そのからだははいになり、さいごはきえてしまいました。
「そして、世界は平和になり、人々は幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。」
「パパ、もう1回よんで!」
4歳になった娘のルナはこの『勇者と聖剣』という絵本がえらくお気に入りだ。
毎晩、寝る前には必ず読まされる。
そんな娘を、妻のアンジェリカが注意する。
「もう、ルナ。そんなに興奮しちゃったら逆に眠れないじゃない。寝る前に『勇者と聖剣』のご本を読むのは禁止よ。」
「ええ~、ちゃんとねるから!もう1回だけー!」
しょうがないな、と俺は絵本を最初から読み始める。
しょうがないわね、と妻も優しく微笑む。
将来の勇者と予言されたルナはその金色の瞳を輝かせて話に聞き入っていたが、約束どおりいつの間にか寝息を立てていた。
***
俺たちが王都を出発して3ヵ月が経った。
7月に入って間もない蒸し暑さの中で、俺たち『守護者達』のメンバー3人は火大陸に向かう船に乗っていた。
船の揺れに合わせて内臓が上下し、すでに中身を吐き出して空っぽの胃がそれでも何かを押し出そうとするのを必死に我慢しながら娘のことや、この3ヵ月のことを思い出して気を紛らわせていた。
そう言ってもパーティーの全員、船酔いが酷くまともに会話など出来ないのだが。
3ヵ月前。
将来の勇者と予言された娘のルナを王立学校に入学させた日、俺はその足で魔王を倒すべく旅に出るつもりでいた。
そんな時、娘のことで色々と世話になっていた王国騎士団長のケビンからノアを紹介された。
ノアは勇者の仲間である賢者と予言されたエリザベスという子の父親だった。
そして、ケビンの娘であるソフィアも含めた3人でパーティーを組んで旅立った。
背が低く、癖のある赤い髪と丸い眼鏡が特徴のノアはAランク魔術師。
闘気法という身体能力を上昇させる戦い方を提唱した功績でAランクに認定されており、実戦経験は少なく戦闘ではまだ頼りないところもあるが魔力量はランク相応に多く、魔法の威力は折り紙付きだ。
さらに魔法の威力を調整するのが抜群に上手く、小さい炎や弱い風といった生活に便利な使い方も得意だ。
ある依頼に挑戦している時に、風魔法を数時間使い続けた時は化け物かと驚いた。
やらせたのは俺なのだが。
下手な魔法使いは体内の魔力量が小さいにも関わらず、威力を調整できずにすぐに魔力が枯渇してしまう。
ノアはそういう点でもAランク魔術師らしい力を持っていると言えよう。
背中の真ん中くらいで切り揃えられたストレートの青い髪と長身がトレードマークのソフィアはCランク冒険者で剣士。
王国騎士団長のケビンの娘で、春に王立学校を首席で卒業したばかり。
ノアの提唱した闘気法を使いこなし、すでに騎士団のベテランと比べても遜色がないレベルの実力を持っているらしい。
大きな両手剣を舞うように振り回し、敵を薙ぎ払う姿は戦女神のようである。
というのは言い過ぎかもしれないが。
そして、このパーティーのリーダーで茶色い髪、平均的な身長、特に特徴がないことが特徴というのがアベルこと俺だ。
冒険者としてはソフィアと同じタイミングでCランクに上がったばかり。
旅費を稼ぐためにギルドで依頼を受けまくっている内に3ヵ月前は登録したばかりのEランクだったのがここまで上がってしまった。
しかし、王宮騎士団長、つまり聖大陸で最も強い男のひとりを父に持ち、自身は闘気法という新しい戦い方を誰よりもマスターしているソフィアの実力ならさらに上を目指せるのに対し、俺個人としてはこのCランクで頭打ちという気もしている。
基本的な能力でいえば、俺はノアとソフィアに大きく見劣りしてしまう。
まあ、パーティーで同じ依頼をこなしている以上、結果的にソフィアと一緒にランクが上がってしまうのだが。
俺たちのチーム『守護者達』も当初はCランクパーティーだったが、今ではBランクになっている。
勇者と賢者の存在は国の中でもごく一部の者しか知らなかったが、魔王の擁立を企む魔族に漏れてしまう。
そこで国の政治部門を統括している宰相ルイスは、思考力を奪った奴隷の子供たちを勇者と賢者に仕立て、魔族に殺させることでその目を欺こうとした。
しかし、罪のない子供を殺させることに反対した騎士団長のケビンはその右腕であるサミュエルと、俺たちに子供たちを守らせようとする。
2度、魔族が雇った山賊を退けた俺たちは、本当の勇者と賢者は王立学校にいることを周知させる作戦を決行。
それによって無関係の子供が魔族に狙われる心配はなくなった。
そして、王立学校に通う俺たちの娘の身は王立騎士団によって厳重に警備してもらっている。
その後は冒険者として、世界を旅するための資金をギルドで稼いだ。
ノアとソフィアは元々結構な金額を所持していたが、俺は手持ちがほとんどなかったので付き合ってもらった。
物価は俺たちがいた聖大陸が断トツで高いため、節約しながら旅費を稼げば他の大陸に渡ってから楽になるという計算だった。
次の目的地である火大陸に船で渡ったあとも十分に活動できる資金が貯まったところでウエストポートという街に移動したのが6月初め。
今から1ヵ月前だ。
しかし、その時期は火大陸の雨季に当たり、船が出せないということで足止めを喰らっていたのだった。
火大陸は年間の降水量が非常に少なく、岩と砂が地表の大部分を覆っている。
ただ、1年に1月だけ雨が降る時期があり、それが6月だそうだ。
それを知っていれば早めに火大陸に渡ることも出来たのだが、知らなかったものは仕方ない。
拠点としていたアルバインに戻りもう1ヵ月、ギルドで稼ぐこととした。
そして、今に至るという訳だ。
「ノア、魔法で船酔いをなんとかしてぇ……。」
2日前に船に乗って以来、もはや何百回目か分からないセリフをソフィアが抱えた桶に向かって絞り出す。
無茶振りされたノアも桶に向かって情けない声で応える。
「む、無理ですぅ。」
「そうだわ!船が揺れるのを魔法で止めるのよ!」
いいこと思い付いたとばかりにすっかり頬をこけさせたソフィアが桶の底に向けた目を輝かせるがそんな魔法はない。
だいぶ体が弱っているのか、思考力も低下しているようだ。
俺とノアの船酔いもひどいが、やはり年少者であるソフィアがいちばんキツイのかもしれない。
俺たち大人がフォローしてやらねば。
「そ、そうですね!やってみます!」
ノア、お前もか!
しかし、呻くように詠唱を始めたノアを見て、俺はすでにツッコミを入れる気力もない。
詠唱が長い。
魔法の威力は詠唱の長さに比例する。
すでにこの3ヵ月で聞いてきた詠唱の最長記録を更新している。
ノアの口から「氷」とか「絶対零度」とか「永久に溶けることのない」といったワードがこぼれるのが聞き取れた。
こいつ、海を凍らせる気だ。
(万が一、成功したら船が進めなくなるぞ!それにそんな大きな魔法、下手すりゃ俺たちまで凍るんじゃないか?)
いよいよ本気でノアを止めようかとだるい体を起こそうとした時だった。
「大陸だー!火大陸が見えたぞー!」
船員なのか乗客なのかは分からないが待望の言葉を聞くことが出来た。
ソフィアと、詠唱を途中で放棄し魔力が集約するのをキャンセルしたノアが久しぶりに桶から顔を離す。
ふたりと同じように俺も久しぶりに上体を起こす。
これまで船酔いに悩まされてきたが、船旅も終わりが見えると体も急に元気になるのかもしれないな。
なんてことを考えていると再び船が大きく揺れた。
「……うっぷ」
結局、俺たちは船が港に着くまで洗面器とにらめっこをするのだった。
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