【番外編】女賢者の父と黄金の桃
今回は番外編としてノア目線での話となります。
僕の名前はノア。
この聖大陸に10人もいないとされるAランク魔術師のひとりです。
ギルドに登録されているAランク魔術師は10人なのですが、その内に生死不明の人が数人いるので実際はもっと少ないとされているのです。
僕を除く全員が50歳以上。
25歳の僕は断トツの最年少です。
今日は僕が所属するパーティー『守護者達』の3人である依頼を受けてアルバインという大都市から少し南下したところにある小さな村に向かっています。
この村ではゴールデン・ピーチという桃の栽培が盛んです。
この桃の名前の由来はあまりの美味しさとその希少価値から昔は同じ重さの金と交換されていたからと言われています。
今では栽培する方法が確立していますが、それでもこの木が育つ条件を満たした土壌がこの村の周辺しかないことから特別な桃であることは間違いありません。
「早く食べたいな~!どれだけ美味しいんだろう、ゴールデン・ピーチ!」
まだ見ぬ桃との出会いに目を輝かせているのはソフィア・コックス。
パーティーメンバーの剣士です。
まだ16歳の少女ですが、王立学校で闘気術という身体能力を跳ね上げる技を身に着けており、すでに王国騎士団に入っても上位に食い込む実力を持っています。
ちなみに、闘気術というのは僕が約10年前に提唱したカリキュラムで、その有意性が認められたことでAランク魔術師になったのです。
「ゴールデン・ピーチは食べられるか分からないぞ。あまり期待するなよ。」
こっちはアベル・リード。
僕たち『守護者達』のリーダーです。
彼の娘のルナちゃんはなんと未来の勇者だそうです。
実は僕の娘のエリザベスはその仲間となる賢者で、ルナちゃんと一緒に王立学校で修行中です。
娘たちの将来の危険を少しでも取り除こうというのが僕たちの旅の目的です。
自分でも少し過保護だとは思いますが。
僕たちと異なり世界中の美味しい物を食べるのが旅の目的のひとつであるソフィアはアベルの先ほどの言葉に食ってかかります。
「なんでよ!わざわざこんな辺鄙な村に行って、名産品の桃を食べないなんてあり得ないわよ!街で聞いた情報だと、今が旬らしいわよ!」
「今回の依頼は『ゴールデン・ピーチを盗み食いする害獣の駆除』だ。桃が十分に収穫できていない可能性が高い。俺たちが食べる分なんてないんじゃないか。」
僕たちがギルドでこの依頼を受けたアルバインという街はこの聖大陸でも王都に次いで大きいのです。
王都よりも海に近いから海産物から山の物まで様々な食べ物が揃います。
普段であればこの時期ならゴールデン・ピーチも青果店に並び、ケーキなどのお菓子にも使われるそうですが今年は全く見られないとのことでした。
もちろん、今回の依頼にも関係のあることでしょう。
それが分かっているので僕もゴールデン・ピーチが食べたいとは言いません。
本当は食べたいのだけれど。
「じゃあ、依頼の報酬を桃にしてもらいましょう!お金なんていらないもの!」
「ふ・ざ・け・る・な!俺は金がほしいんだ!」
今度はアベルが怒ります。
大声でお金がほしいと叫ぶ24歳にちょっと引く気持ちもありますが、これには訳があるのです。
アベルは先日、ある理由で全財産を孤児院に寄付するという素晴らしい行動をしました。
ですが、それによって一文無しになってしまったのです。
アベルの意向でパーティーメンバー内で財布は別にしていたため、彼だけがお金がない状況なのです。
ソフィアは王国騎士団長の娘でお金はたくさん持っています。
だから先ほども「お金なんていらないもの!」などという発言が出てきたのでしょう。
ちなみに僕も先ほど話題にした闘気術の教科書を王立学校で使ってもらっている関係で、毎年多額の印税が入ってくるのでお金は十分に持っています。
アベルにはお金を貸しますよと言っているのですが、パーティーメンバーであっても個人のお金は貸し借りしたくないとのことで断られてしまいました。
こうやって依頼を達成するために力を貸し借りするのはOKらしいです。
その違いが僕には分かりませんが、彼にとってのこだわりなのでしょうから口は出さないようにしましょう。
「お金は借りないけど手は貸せっていうの、私は納得いかないんだけど」
僕が口を出さなくてもソフィアが出してくれますし。
「お前たちが今持ってる金は、自分で稼いだり、親が稼いだりした金だろ。それは個人のものだ。パーティーを組んでから稼いだ金なら俺は遠慮なく借りるし、ギルドの依頼を達成するためには力も借りる。パーティーを組むってそういうことだろ。」
「パーティーを組むってそういうことだろ」と言われると僕もソフィアも言い返せません。
冒険者としての経験はアベルがいちばん長いからです。
僕がギルドで受けていた依頼は住んでいた港町の海岸に土魔法で防波堤を作ったり、塩や干物を作るために火魔法を使ったりと、誰かと組んで冒険に出かけるということはありませんでした。
ソフィアは先月に王立学校を卒業したばかりで、ギルドに登録したものパーティーを組んだ日でした。
アベルは10年くらい前に短い間だけですが冒険者をしていたそうです。
基本的にはソロ、ひとりで依頼を受ける主義だったそうですがたまに臨時でパーティーを組むこともあったそうです。
もしかすると臨時でパーティーを組んでいたからお金にきっちりしているのかもしれませんね。
そんな話をしながら、イヌッポと呼ばれる犬の尻尾のような形をしたふさふさした葉っぱを生やす木の間をしばらく歩いていると目的の村が見えてきました。
イヌッポの林を抜けた途端になんだかとても甘い匂いがして、思わず喉が鳴ってしまいます。
これがゴールデン・ピーチの香りでしょうか。
村を囲むように木の柵があります。
村の出入り口と思われるところに鎧を纏った中年の男性がいます。
「ギルドで害獣駆除の依頼を受けた者だが。」
アベルが村に来た要件を門番に告げます。
「おお、ついに来てくれたか!村長の家まで案内するからついてきてくれ!」
門番が慌てた足取りで村長の家を目指して歩き出します。
門を守る人がいなくなるけどいいのでしょうか?
小さな村なので村長の家にはすぐに着きました。
門番が村長に「ギルドから冒険者が来てくれたぞ!」と大声で話しています。
どうやら彼もこの場に居座るようです。
門番の仕事は大丈夫なのでしょうか?
僕の心配をよそに、白くて長いひげを生やした禿げ頭の老人、つまり村長が依頼の説明を始めます。
「この村ではゴールデン・ピーチという特別な桃が収穫できます。世界中でもこの周辺の土壌でしか育たない特別な桃です。その桃のおかげでこの村の住人はなんとか生活できています。」
他の農作物も獲れるがあくまで自分たちの食べる程度で、街に売ることができるような価値のあるものとなるとゴールデン・ピーチしかないということでしょう。
「しかし、今年の冬から春に季節が変わろうという頃になって、果樹園のすぐ下の斜面にタイガーアントに巣を作られてしまいまして。タイガーアントに熟した桃を全て食べられてしまっているのです。」
タイガーアントとは魔獣の一種です。
名前は『虎な蟻』ですが、見た目は小柄な虎で体長が1メートルで、蟻のように足が6本あり、また耳の間から2本の角が突き出しているのが蟻の口のようにも見えます。
山の斜面に蟻の巣のような横穴を掘り、何組かの家族で群れを作って生活しています。
見た目は虎ですが、元々はヤギのような草食動物が魔獣化したものと言われており、特に果物を好んで食べると知られています。
「なかなか凶暴な奴らでして、村の若い衆が退治しようとしたのですが、逆に怪我を負ってしまう次第でして。なんとか奴らを退治してください!」
村長が深々と頭を下げます。
元はヤギとはいっても、魔獣化した生物は好戦的で狡賢いため危険です。
今回の場合も桃の木が植えられている斜面に巣穴を作っているということで、魔法で巣穴を吹き飛ばすといった強硬手段が使えません。
かといって、狭い巣穴に直接潜ってどこにどれだけいるか分からない魔獣を1匹ずつ処分するというのも危険ですし、現実的ではありません。
なかなか難しい依頼です。
「分かった。すぐに取り掛かろう。」
しかし、アベルはいとも簡単に引き受けます。
何か考えがあるのか、それとも何も考えていないのか。
「簡単な依頼ね!巣穴に潜って1匹ずつ殺して、全滅させればいいんでしょ?」
何も考えていない人がここにひとりいました。
「それはダメだ。穴が狭くて武器が使えない上に、入り組んだ巣穴で後ろから魔獣に襲われる可能性があって危険だ。巣穴には入れない。」
「じゃあ、ノアの魔法で巣穴ごとバーンってやっちゃう?」
「それがいちばん簡単ですけど、そうすると巣穴の上にある桃の木も全滅しちゃうでしょうね。」
「じゃあ、どうするのよ。」
「まず、来た道を戻るぞ。」
アベルは村に入って来た時の門を出て、言葉通りに来た道を引き返し始めました。
「ちょっと、帰るの!?ゴールデン・ピーチは!?」
慌ててソフィアと僕も後を追います。
アベルは桃の香りがしなくなる位置まで戻ると傍に生えていたイヌッポの木の枝を片手剣で切り始めました。
「ソフィアも手伝え。ノアは切った枝を村の入口まで運んでくれ。ついでに門番にも手伝うように頼んでくれ。」
「は、はい!」
アベルは何をするつもりなのでしょうか?
そうして、1時間後。
村の入口には大量のイヌッポの枝が集まりました。
今度は村の人たちにも手伝ってもらって、タイガーアントの巣穴の近くまでその枝を運びます。
タイガーアントは夜行性なので巣穴の中にでも入らない限り、昼間は出てきません。
入口ぎりぎりにイヌッポの枝を積み上げます。
「ノア、今から木の枝に火をつけるから、お前は風魔法を調整して煙がゆっくり巣穴に充満するように操ってくれ。」
アベルは煙でタイガーアントを窒息死させるつもりのようです。
しかし、野生の魔獣が煙に気付かないものでしょうか?
万が一、タイガーアントが飛び出した時のために、ソフィアとアベルが剣を構えて待機しています。
イヌッポの枝は先ほど切ったばかりで乾かしていないため白い煙がもくもくと上がります。
僕はその煙が全て巣穴に入るよう、魔力を小さめに調整して風を送ります。
魔術は全力で出すよりも、小さく加減する方がずっと難しいのです。
僕は自慢ではないのですが人より魔力量が多いので、こうやって威力を低くして魔法を使うのはとても疲れます。
僕の心配をよそに、タイガーアントが巣穴から出てくる気配はありません。
イヌッポの枝が燃えて灰になると次の枝が追加されます。
山のように用意していたイヌッポの枝がなくなったのは夕方近くでした。
この村に着いたのがお昼前でしたから、4~5時間はこうやって枝を燃やしていたことになります。
お昼ご飯を食べていないことに気が付きました。
使う魔力は少しずつだったので体は持ちましたが、威力を調整するために集中しすぎて頭が痛いです。
「よし、これくらいでいいだろう。あと、明日の朝に桃の木を確認して、実が取られていなければ穴を確認しよう。」
アベルが言いました。
僕たちも村に泊ることになるようです。
村長の家の離れを使わせてもらえることになったのでアベルは喜んでいました。
翌朝、桃の木は無事でした。
完全に熟したいくつもの桃の実が、枝にぶら下がっていました。
「念のため、巣穴を確認にいくぞ。」
アベルと一緒にタイガーアントの巣穴に行きます。
昨日、燃やしたままだったイヌッポの木を片付けると、アベルが狭い巣穴に四つ這いになって入って行きます。
そして、後ろ向きのまま出てくると、アベルは巣穴の中で窒息死していたタイガーアントの死体を持っていました。
その行動を繰り返し、巣穴から全てのタイガーアントの死体を引きずり出しました。
全部で15体。
3~4家族の群れだったようです。
確認が終わると、報告のためにアベルは村長の家に戻ります。
「タイガーアントは全て死んだ。これで桃の収穫は大丈夫だろう。」
村長は僕たちに何度も頭を下げ、感謝を伝えました。
「タイガーアントはヤギが魔獣化したものだ。だから、イヌッポの燃える臭いを嗅がせるとリラックスする。他の木を燃やしても寝ているタイガーアントに気付かれるかもしれないが、イヌッポならほとんど起きないはずだ。もし、またタイガーアントに巣を作られたら同じように対処すればいい。」
そういえば、ソフィアの実家であるケビン様の屋敷でも乳が出ないヤギにイヌッポの臭いを嗅がせてミルクが出るようにしていましたね。
なるほど、あの応用でしたか。
アベルの知恵には驚かされます。
村長もアベルに知識に感心しているようです。
再び謝辞を述べます。
「いや、俺たちは報酬どおりの仕事をしただけだ。だが、1つだけ頼めるなら……」
アルバインへの帰り道。
ソフィアの手には皮を向いて、金色に輝く果実を露わにしたゴールデン・ピーチがありました。
美味しそうに頬張ります。
「あひはとぉ、はふぇふぅ!」
ありがとう、アベルと言っているのでしょう。
アベルが追加の報酬としてゴールデン・ピーチを1つだけもらっていたのです。
村長はいくらでも持っていってくださいと言ってくれたのですが、村で売る分があるだろうからと1つだけ受け取ったのです。
ソフィアの幸せそうな笑顔に僕まで嬉しくなります。
あーあ、僕も食べたいっていっておけばよかったなあ!
最後まで読んでいただきありがとうございました。




