女勇者の父、面倒に巻き込まれる
昨日は早々に寝入ってしまったのでまだ暗いうちに目が覚める。
隣のベッドを見るとノアもすでに起きていたようだ。
「おはようございます、アベル。」
「ああ、おはよう。ちゃんと眠れたか?」
時計を見るとまだ3時過ぎだ。
前日に経験した山賊相手の初実戦での精神的な疲労が睡眠に影響を及ぼしていないか確認する。
「はい、眠りが深かったのか心身共にすっきりしていますよ。」
背が低く、お世辞にも筋肉質とは言えないノアだが意外とタフなようだ。
年齢は俺の1つ上で、今年で25歳になる。
俺もノアも若者とは呼べないが、それなりに回復力はあるのだ。
「ルナちゃんとウチのリズはまだ寝ていますかね。」
「ルナは月の女神からあやかって名前を付けた割に、太陽が昇るのと同時に起きてきて、陽が沈むと眠くなるような娘だからな。まだ寝ていそうだ。」
「ウチの娘も同じようなものです。まあ、子供はみんなそういうものなのでしょうね。」
俺たちと同じように娘たちもふたりで隣り合わせのベッドで寝ていると考えると不思議な感じがする。
「昨日から授業は始まっているんだよな。どんなことをしてるのか馬車の中でソフィアに聞いてみよう。」
「そうですね。」
娘たちが通う王立学校を卒業したばかりというソフィアがパーティーにいるのはこういう点でもありがたい。
愛する娘がどんなことをしているか見当違いな想像をすることなく知ることができる。
朝6時。
1階の食堂でソフィアと待ち合わせをし、朝食を取る。
青い髪を後ろで束ねているため彼女の整った顔がよく見えるが寝不足という感じはない。
「よく眠れたようだな。」
「ええ、馬車に乗ってる時間が長かったからお尻はまだちょっと痛いけどね。」
「昨日は半日だったが、今日は1日馬車の旅だぞ。」
「げっ!」
正確には昼までに次の町に着き、休憩を挟んで午後も移動して今日の宿泊先となる町まで行く。
合計で6~7時間は馬車に乗ることになるだろう。
馬車の座席は元々入っていた綿が潰れていたり、変に寄っていたりで座り心地がよくない。
「アルバインに何日か宿泊するとしても今日を入れて4日は馬車移動が続きますよ。」
「げげっ!まあ、いざとなったらノアにお尻に治癒魔法かけてもらうもん……。」
「しかし、ソフィアはお嬢様なのに口が悪くないか?」
「パパが騎士団で偉くなってから貴族の仲間入りしただけだから、私が小さい頃は普通に市民として暮らしてたし。」
「王立学校で礼儀作法って習うんですよね。話し方とかも。」
「授業で習ったからって普段からそんなしゃべり方にはならないわよ。頭の中のスイッチを切り替えれば使えるけどね。ですが、おふたりのご息女様が普段からこのような言葉遣いになられたら逆にご気分が優れないのではなくって?」
途中から貴族らしい丁寧な話し方になる。
さらに言葉の中にさりげなく嫌味が入っているあたりは本物の貴族ならではだろう。
「確かにそうですね。」
ノアが頷く。
俺も娘がこんな話し方をしていたらむず痒くなるだろうと同意する。
そんな話をしながら朝食を食べ終わる。
部屋に戻る時に昨日、馬車で一緒だった客のひとりが食堂に入ってきたので軽く挨拶を交わす。
2組3人の客がいた内の1人で乗っていた方の男だ。
彼も同じ馬車に乗るそうだ。
もう1組の乗客はこの町の人間だったらしく宿に泊まらなかったし、今日は馬車にも乗らないらしいと彼が教えてくれた。
旅支度を調え、馬車乗り場に来てみれば乗客は俺たち3人と先ほど宿で会った男の4人だけだった。
御者も昨日と同じで、乗客が2人減った以外は代わり映えしないメンバーで馬車が動き出した。
馬車が町を離れ、街道をしばらく進むとこれまた昨日と代わり映えしない光景を目にする。
「マジかよ……」
なんと昨日と全く同じ馬車がまたしても山賊に襲われていたのだ。
何かがおかしい!
俺たちの目の前で、2日連続で、同じ馬車が山賊に襲われているのだ。
本能が違和感を告げるとかいうレベルでなく、この不自然さは誰の目にも明らかすぎる。
何かしら面倒なことが目の前で起きていることは間違いないだろう。
「かと言って見過ごす訳にもいかねえよな!」
俺は武器を持って馬車から飛び出す。
すぐ後ろをノアとソフィアが追いかけてくる気配を確認する。
襲われている馬車の前では昨日と同じように護衛と御者が抵抗している。
昨日と違うのは襲われて間もないのか2人とも無傷なのと、山賊の人数が倍近くいそうなことだ。
「山賊は……14、いや15人!」
馬車を囲む山賊が14人と、少し離れたところに1人偉そうな奴が立っている。
そいつがボスなのだろう。
人数は多いが、今日は護衛と御者も無傷だ。
昨日、8人相手に持ちこたえていたことを考えれば、少なくとも護衛の方はそれなりの実力者と思われる。
「援護するわ!」
いつの間にか俺を追い抜いたソフィアが馬車を守る2人に声をかける。
ノアは足が遅いらしくまだ後ろの方にいる。
俺とソフィアは山賊の囲いを抜けて馬車に近づく。
「あんたたちは昨日の!助かる!」
護衛の男が少しだけ表情に安堵を浮かべて応える。
御者を馬車の近くに留まらせ、俺とソフィア、護衛の3人が山賊に1歩近づく。
俺と護衛は片手剣と盾を、ソフィアは両手に大剣を構える。
15人の山賊たちの意識が俺たちに集まる。
「水弾!」
その時、ノアの放った水魔法が山賊のひとりの胴体を直撃する。
「水弾!」
さらにもう1発、人の頭ほどの大きさの水の塊が別の山賊の脇腹にぶつかり、その体を弾き飛ばす。
ノアの足の遅さが幸いし、山賊たちは馬車の前にいる俺とソフィア、護衛の3人しか目に入っていなかった。
完全に意識の外からの攻撃に水弾を喰らった2人の山賊は悶え苦しんでいる。
昨日、殺傷能力が高すぎる火魔法を山賊に向かって使うことができなかったことを反省し、ノアなりに今の自分が出来ることを考えた結果、水魔法を選択したのだろう。
戦闘開始前に山賊2人を無力化することに成功した。
「上出来だ!」
それが合図だったように俺たちは動き出す。
ソフィアが踊るように大剣を振るい、山賊を薙ぎ払う。
俺はソフィアの剣の側面で打たれた山賊の内、まだ戦意がありそうな者に止めを刺していく。
護衛は予想通りの手練れで、馬車の守りを気にしつつも確実に山賊の数を減らしていく。
「火壁!」
ノアは自分に向かってこようとした山賊を足止めすべく、その進路に大きな炎の壁を作り出す。
俺は立ち止った山賊の背中にナイフを投げる。
ノアに向かって動き出した直後で俺からも近かったこともあり、ナイフは十分な威力を保ったまま背中越しに山賊の心臓に刺さり、山賊は崩れ落ちる。
14人いた山賊の子分たちはあっという間に全滅した。
ノアとソフィアが無力化した8人の山賊はまだ息があるが、護衛が倒した山賊と、ソフィアが無力化しきれず俺が止めを刺した者は息絶えていた。
「こ、こんなはずじゃ!何が馬車の中の子供を殺すだけの簡単な仕事だ!話が違うじゃねえか!」
部下を全員あっさり倒され、狼狽した山賊のボスが慌てて逃げようとする。
その瞬間、俺たちが乗ってきた馬車の方から矢が飛んできて、ボスの頭を正確に射抜いた。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
ようやく物語が動き出したという気がします。




