女勇者の父、山間の町に着く
山賊の死体を処理し終わり、俺たちは今日の宿泊地である山間の町を目指す。
日が少々傾いてきたが馬車であと30分くらいらしいので、歩いても明るいうちに着くだろう。
山賊との戦いで各々に反省すべき点はあったが、足取りが重くなるのも嫌だし町までは明るく振舞うことにする。
「大した山賊じゃなかったし、懸賞金はあまり期待できないかもな。」
俺は頭が2つ入った袋を見ながらつぶやく。
「でも、持ち物は結構良さげですよ。」
換金できればと山賊の得物を持たせているノアが言う。
確かに、護衛と御者の2人を相手に8人がかりで手間取っていた割に持っていた武器はいい。
親分が持っていた手斧と盾はミスリル製の新品だし、部下のショートソードも使用感が少ない。
まるでわざわざ山賊を始めるために装備を新調してきたような感じだ。
しかし、そんな金があったら山賊をする必要はないだろう。
「ソフィアはどう思う?」
「……」
足は動いているが、顔は下を向いたままで表情は硬い。
「ソフィア、大丈夫か?」
「……ええ、大丈夫。人間が燃える臭いって鼻に残るのね。まだ臭い気がする。」
「気分が悪くなったら休むから無理せずに言えよ。」
「ありがとう。アベルは慣れているのね。」
慣れているとは何に?
死体が燃える臭い?
それとも、人を殺すこと?
「俺は戦闘がそんなに上手くないからな。相手を殺さずに無力化するのは難しい。」
自分を殺そうと向かってくる相手をこちらは殺さずに無力化しようとするなら、相手より数段上の技量が必要だ。
正面から戦ったら盗賊や山賊の下っ端相手であっても、俺には無理だ。
「だが、ソフィアは俺なんかよりもずっと強い。お前なら殺さなくても相手を無力化できるはずだ。」
しかし、仲間と自分を守るなら確実に無力化する必要がある。
今日のソフィアの戦い方だといつ山賊が戦線復帰してもおかしくなかった。
腕を切り落とせとは言わないが骨折させるなり、気を失わせるなりして間違いなく無力化しなければならない。
「分かったわ。相手が誰であろうと殺さなくてもいいように、私はもっと強くなる!」
自身が目指す強さのイメージを持ったことでソフィアは少しだけ明るさを取り戻したように見えた。
ソフィアに「人を殺すことを覚悟しろ」と言うのは容易い。
パーティーのためにも、彼女自身の身を守るためにもその方がいい。
だが、俺の旅の目的は「勇者である娘が魔王と戦わなくていいようにすること」だ。
その目的のために知人の娘であるこの少女に人殺しを勧めることはしたくなかった。
「ノアはもう少し実戦経験が必要だな。まあ、魔法の威力はあるし、慣れればすぐにAランク魔術師らしくなるさ。」
魔法の威力が高い分、人に当たれば命を奪うこともあるだろう。
しかし、ソフィアとは違い、ノアにはその覚悟をしてもらう必要がある。
そんな俺の心を知ってか知らずか、ノアは「がんばります」と応えた。
「お前たちが戦闘に慣れた時にお荷物と言われないように、俺ももっと努力しないとだ。」
少しだけ全員が前向きな気持ちになったところで目的の町が見えてきた。
町に着くとギルドに向かう。
乗ってきた馬車の御者に会って宿を案内してもらう必要もあったが、まずは袋の中の生首を処理したい。
山間の小さな町のギルドは、王都のものに比べると3分の2程度の大きさしかなかった。
建物の造りは似ており、入って右には王都と同規模の受付があり、左の酒場スペースだけ王都のものより半分程度の広さだった。
「山賊に襲われたので退治した。換金できるか調べてほしい。」
いきなり生首を出しては驚かせてしまうので、冒険者カードを見せながら受付の男に要件を伝える。
田舎のギルドでは責任者が受付も兼任していることが多い。
この男もおそらくそのような立場なのだろう。
「では、証明できるものをお見せください。」
俺は受付の男に生首が2つ入った袋を渡す。
受け取った男はカウンターではなく、床に袋を置いて中身を確かめる。
袋から取り出された頭を見てソフィアがまたしかめっ面をする。
受付は表情を変えることなく親分の方の顔をよく確認すると棚から紙の束を出し素早くめくり出す。
とあるページで手が止まる。
「こちらの首はこの辺を根城にしている山賊、ゲヒンですね。懸賞金は6万Gです。」
先ほどの紙の束は懸賞金リストのようだ。
山賊の名前が父であるケビンに似ているせいか、ソフィアが最大限に不愉快そうな顔を見せる。
6万Gというのは山賊の親分としてはかなり安い。
だいたい1千Gが1回の食事の目安だ。
やはり大した山賊ではなかったようだ。
しかし、懸賞金の付いているということは山賊として存在していることが確認されているのだ。
武器が新しかった不自然さもただの偶然だったのかもしれない。
たまたま最近、武器を運んでいた業者を襲ったとか。
「もう1つの首は残念ながら懸賞がかけられていませんね。」
聞いてみるとこの山賊団は親分のゲヒンにだけ6万Gという少額の懸賞金がかけられていた。
先ほど見たとおり8人の山賊団らしく、全員合わせても6万Gである。
割に合わないからと討伐されていなかったと推測される。
「ついでにこいつらの武器を拾ってきたんだが、ギルドで買い取ってもらえないか?」
どこのギルドでも武器の買取りを行っているが、専門の店で売るより安くなる。
ギルドでは武器の販売をしていないため、結局は街の武器屋に売りに出されるためだ。
また、ギルドの職員は武器の専門家でもないので売った際に損しないように値段を付けるため市場より安い値を付けられがちだ。
それでも、これ以上は山賊の遺品である手斧と盾、ショートソードを持って歩く気力がないくらいには3人とも疲れていた。
昨日、初めて会ったばかりの3人が1日旅をして、山賊と戦い、死体を処理して、町まで歩いてきたのだ。
受付の男は武器に20万Gの値を付けた。
専門の店に売れば30万Gくらいにはなったのかもしれないとは思ったが、俺たちは懸賞金と合わせて26万Gを受け取ってギルドを後にした。
しかし、懸賞金よりも武器の方が高いとはどうなっているんだか。
ギルドを出ると馬車乗り場に行き、乗ってきた馬車の御者に案内してもらい宿に入る。
空き部屋が十分にあったのでソフィアとは別部屋にしてもらい、俺はノアと同じ部屋に入る。
疲れてはいたが、食事は取れる時に取るのが冒険者の鉄則だ。
宿の1階が食堂になっているのでそこで夕食を済ます。
かろうじて残った体力で風呂に入り、あとは泥のように眠ったのだった。
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