女勇者の父、山賊を退治する
ゆっくりと一定のリズムで進んでいた馬車が停止する。
何事かと馬車の進行方向に目をやると装飾がきらびやかな馬車が数人の男たちに囲まれているところだった。
「親方、後ろから馬車が来ちまった!」
「ちっ、こいつらが変に粘るから計画が台無しだ!」
山賊たちが大声で会話しているのが聞こえてくる。
「ねえねえ、山賊みたいよ!退治しましょうよ!」
ソフィアが嬉しそうに言う。
確かに、山賊を退治してギルドに報告すれば依頼を受けていなくても懸賞金がもらえる。
手際の悪さから大物ではなさそうだ。
「よし、やるか。」
退治したあとにちょっとした問題があるが、まあいいだろう。
俺たち3人は馬車から降りると走って前の馬車に近づく。
山賊たちまであと5メートルというところでソフィアが勇ましく声を上げる。
「そこの山賊たち、今こそ年貢の納め時よ!おとなしく投降しなさい!」
仁王立ちで山賊の親分と思わしき男を指さすソフィアの姿は神々しくもあったが、どこか滑稽だった。
俺は呆気に取られている山賊たちの人数を確認する。
山賊は8人。
襲われた馬車は御者と護衛と思われる2人で守っていたようだ。
御者は立てないくらいに怪我をしているし、護衛の男も剣を持つ右腕を左手で押さえている。
ギリギリ持ちこたえていたというところか。
「たあああああ!」
俺が状況把握をしている内にソフィアが勝手に開戦していた。
「おとなしく投降しなさい」と言っていたクセに相手の返事も待たずに自分から先に突っ込んでいくあたりがソフィアらしい。
ソフィアの得物は両手剣だ。
150センチくらいある大剣を長身ながら細身のソフィアが本当に扱えるのか心配だったがすぐに杞憂だと分かった。
ソフィアは一度剣を振ると遠心力に逆らわず、剣の流れに合わせて回転するように自分の体を動かした。
必要に応じて剣先に力を加え、方向転換する。
それは剣と踊っているかのようだった。
そして、彼女は相手の動きを読むのが上手い。
相手を切りにいくのではなく、剣がある場所に相手がやってくるようにすら見える。
ソフィアは一連の流れの中で3人の山賊を剣の刃ではなく側面で薙ぎ払った。
「ノア、ソフィアを援護するぞ!山賊の顔面に火弾を打ち込んでやれ!」
ノアに火属性の初級魔法で山賊を牽制するように指示し、俺もソフィアの援護に向かう。
盗賊はショートソードや手斧を持っているが俺も対人戦用に用意した鉄の棒でなく片手剣を手に取る。
いちばん手前の盗賊の間合いに入る直前で足元の砂を蹴り上げる。
目潰しだ。
山賊はたまらず手で顔を覆う。
俺は空いた胴体をそのまま片手剣で切り裂く。
娘には見せたくないし、勇者には決して真似してほしくない戦い方だ。
山賊のボスとソフィアが対峙している。
先ほどソフィアが薙ぎ払った3人は立ち上がってこないが、気を失っていないためいつ戦線に復帰するか分からない。
俺が1人殺した。
残りの3人の山賊は俺を囲むように距離を詰めてきている。
「ノア!援護しろ!」
先ほどからノアの魔法が発動しない。
隙を作らない程度にノアに目をやると青い顔して震えていた。
「ノア、火壁を俺と山賊の間に出せ!」
「は、はい!」
火弾や火壁は初級魔法なので詠唱が短くて済む。
そのため威力が無駄に大きく、詠唱時間がやたらかかる上級魔法よりも遥かに実践向きだ。
山賊との距離を上手く保っていると間もなく俺の目の前に幅3メートル、高さ2メートルほどの火の壁が現れる。
「火壁!」
俺は火壁が現れる前に記憶していた山賊の親分の位置に向かってナイフを投げる。
さらに、腰にぶら下げていた対人戦用の鉄の棒も同じ方向に山なりに投げる。
そして、俺自身も火の壁に隠れて山賊の親分の背後を目指して駆けだす。
山賊の親分の視線はちょうど突然現れた火壁に向けられていた。
そのため火壁の中から飛んできたナイフに反応することが出来た。
持っていた盾でナイフを防ぐ。
斜め上から降ってくる鉄の棒と共にソフィアが攻撃を開始するが、親分は鉄の棒をかろうじてかわすと盾でソフィアの剣を受け止める。
「がっ!?」
しかし、その背後から飛び掛かった俺の剣が山賊の親分の首に食い込む。
俺が着地するのと同時に親分の頭が地面に落ちる。
「さあ、お前らの親分は死んだ!それでも戦うというのなら俺たちは全力でお前らを皆殺しにするぞ!だが、このまま引くというなら見逃してやる。」
俺が言い終わる前に山賊たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
残ったのは襲われた馬車と山賊の死体が2つ。
どうやらパーティーメンバー達に問題があることが分かったが、まずは馬車に近づく。
「大丈夫?」
俺よりも早く、ソフィアが御者と護衛に声をかけていた。
ソフィアと共に状況を聞く。
まあ、聞かなくても見ればだいたい分かるが。
御者と護衛からは予想通りの答えしか返ってこなかった。
俺たちの目的地と同じ山間の村に行く途中で山賊に襲われた。
二人で抵抗したが少しずつ追い詰められた。
そこに俺たちが通りかかって助けた。
幸い馬が無事だったのでそのまま町まで行けそうだ。
山賊や盗賊に襲われる時は逃げられないように馬を先に始末されてしまうのが一般的だ。
あとはふたりのキズを治してやるだけだ。
「ノア!治癒魔法は使えるか?」
まだ青い顔のまま茫然自失の状態で、先ほどの場所から動けないノアに声をかける。
「は、はい!」
我に返ったノアがこちらに小走りでかけてくる。
「治癒」
御者と護衛のキズに杖をかざし魔法をかける。
Aランク魔術師の名に相応しく魔法そのもののレベルは高く、ふたりのキズは簡単に完治する。
「何から何までありがとうございました。」
御者が俺たちに礼を言う。
護衛は馬車の中の人物に何かを報告に行ったようだ。
「困った時はお互い様よ。気にしないで。」
俺は謝礼くらい貰ってもいいと思っていたのだが、ソフィアがあっさりと馬車を見送る。
馬車の中で高級そうな服に身を包んだ男が青ざめているのが見える。
盗賊に襲われたのだから無理もない。
「私たちも馬車に戻りましょう。」
自分たちが乗ってきた馬車に戻ろうとするソフィアを俺は呼び止める。
「馬車には先に行ってもらう。ここから町までは歩いても1時間はかからない。俺たちはこの場の後始末をする。」
山賊の死体を道端に置いたままには出来ない。
俺は自分たちが乗ってきた馬車の御者に事情を説明し、先に町に行くよう伝える。
夜には馬車乗り場に行くので宿泊する場所を案内してもらえるように頼んでおく。
馬車旅の場合、途中で休憩する町の宿泊先は馬車会社で提供してくれることが多い。
もちろん、宿泊料金は別だが。
馬車がいなくなると俺は腹を切って殺した方の山賊の首を剣で切り落とす。
血が乾くと親分の首と一緒に布の袋に入れる。
ギルドで懸賞金と交換するにはこの首が必要になる。
血が乾くのを待つ間に掘った穴に2つの首なし死体を入れる。
「ノア、燃やしてくれ。」
「火弾!」
短い詠唱のあとに、ノアの杖から飛び出した火の球が2つの死体を燃やす。
人間の肉が焼ける臭いがする。
気丈に振舞っていたソフィアがその独特の臭いに嘔吐する。
王立学校でも害獣や魔獣を狩るくらいの経験はあったかもしれないが、人と生死をかけた戦いをするのは初めてだったのだろう。
いや、今日だって生死を懸けているつもりはなかったのだ。
だから彼女は力の差を見せつければ山賊がどこかで降参するだろうと考えて、剣の側面だけを使って戦っていた。
しかし、山賊は死んだ。
パーティーメンバーである俺が殺した。
戦闘の興奮状態が収まり、人の焼ける臭いを嗅いだことでようやく死を、『俺が山賊を殺した』という事実を実感した。
そして、ノア。
彼は実戦そのものが初めてだった。
ギルドでの活動は街の手伝い程度しかやっていないことは先ほど聞いたとおりだ。
闘気術という学問での貢献が彼をAランク魔術師に押し上げた。
逆に言えばそれ以外にAランクとしての実績はない。
しかし、Aランクに認められるだけの魔法の威力はあった。
だから人の顔面に火弾をぶち込むなんてことは怖くて出来なかった。
火壁は直接人にぶつける訳ではなかったのでかろうじて唱えられたのだろう。
パーティーメンバーは実戦経験のないAランク魔術師と、人を殺せないアタッカー。
さすがに笑えないな。
俺は燃え尽きた死体に無言で土をかけた。
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