女勇者の父、先輩冒険者に絡まれる
「ねえねえ、お兄さん達。さっき、冒険者登録してたよね?」
パーティーメンバーで決起集会をしていると若い冒険者がニヤニヤしながら近づいてくる。
周りのテーブルの連中はそれを面白そうに眺めている。
「近くで見ると結構老けてるね。もうオジサンって年?」
まだピチピチの23歳(今年で24歳)なんだが。
「そんな年で冒険者初めて大丈夫?でも、装備は良さそうだね。もしかしてお金持ち?なんなら俺が冒険者のイロハ教えてあげようか?」
どこのギルドでも4月になるとよく見られる先輩冒険者によるルーキーいじりだ。
どう対応するかで周囲の目が変わってくる。
王都からすぐに出るつもりの俺たちには周りの評価などあまり関係ないが。
こういう事態を想定して、事前にノアとソフィアには絡まれても相手にしないように伝えてある。
ソフィアに相手をさせると余計にややこしくなるのは間違いないが、ノアはノアでプライドが高そうで実はソフィア以上に危なっかしい。
ちょうど声をかけられているのも俺なので自分で相手をすることにする。
「ええ、ちょっとした商人の4男なんですけどね。実家に嫌気がさして家を飛び出してきたんですよ。家を出るときにちょっとばっかり金をくすねてきて仲間を雇って、装備を揃えたんですけどね。まだまだ分からないことばかりで不安なのでアドバイスもらえますか?ところで冒険者ランクはどれくらいで?」
この手の輩は下手に出ると調子に乗ってくるはずだ。
「俺もね、先輩冒険者としてアドバイスしてあげなくもないよ。まあ、多少の心付けはほしいかな。俺の2年の経験で得たDランク冒険者としての知識を教えるんだから無料って訳にはいかないよね?」
2年やってDランク。
大したことはなさそうだ。
これくらいなら俺でも相手できる。
俺は硬貨を入れている袋から銀貨を1枚取り出して、絡んできた冒険者の手に握らせるような動作をする。
「へへ、分かってるね。」
相手が銀貨を握ろうとした直前でわざと床に落とす。
「あ、すみません!」
銀貨を目で追って下を向いたどさくさに紛れて相手の顎に頭突きをする。
ゴッと鈍い音がすると同時に脳を揺さぶられた冒険者が気を失って倒れる。
「大丈夫ですか、先輩!」
介護するふりをしながら銀貨を拾い、硬貨袋にしまう。
代わりに銅貨2枚を出し、冒険者の両方の鼻の穴に突っ込む。
空いている椅子2つを並べて仰向けに寝かせたところで様子を見ていた他の冒険者たちから拍手と口笛が送られる。
仇を取ろうとかそういう奴はいなかった。
ただ、見世物として純粋に楽しんでいただけのようだ。
「ま、こんなもんかな。」
俺はノアとソフィアに向けて肩をすくめる。
「あんな無礼な奴、表に出して決闘してやればよかったのよ。」
不満そうなソフィアの横でノアも頷いている。
「大騒ぎにしてソフィアの顔を見られたり、ノアの正体がバレたりしてみろ。これどころの騒ぎじゃなくなるぞ。せっかく受付のお姉さんが気を遣って普通に接してくれたんだから、目立たないようにやろう。」
ふたりは渋々といった感じで首を縦に振った。
鼻に銅貨を差し込んだ冒険者が目を覚ます前にと俺たちはギルドを後にした。
俺たち『守護者達』の3人は馬車乗り場へとやってくる。
昨日、俺はアンジェリカを送って以来1日ぶりだ。
ノアも同じようにこの馬車乗り場で妻を見送ったらしい。
「ウエストポートに直通の馬車はないようですね。乗り換えが必要なようです。」
ノアが乗り換え案内を見て言う。
馬車で5日かけ西の大都市アルバインに行き、そこでウエストポート行きに乗り換えるようだ。
暗くなる前に町や村で休憩するので1日で馬車が進む距離は40~50キロメートルだそうだ。
ウエストポートまでは王都から300キロメートルほどらしいので、アルバインから更に2日かかるだろう。
なお、俺が住んでいた町も王都から5日ほど馬車でかかるがアルバインとは反対の東方向だ。
今回は近くに行く予定はない。
3人がそれぞれ代金を支払い、馬車に乗り込む。
俺の硬貨袋がだいぶ軽くなってきた。
ノアやソフィアは金を十分に持っているが、俺は心許ないのでアルバインのギルドで依頼を受ける必要がありそうだ。
王都で依頼を受けるのはソフィアが目立ちすぎるので選択肢から外した。
実際は目立つのが悪い訳でもないのでソフィアが王都で依頼を受けたいと言えばそうしようとも考えたが、彼女は早く旅に出たいようでアルバインに行くことを快諾してくれた。
午後1時に馬車は動き出した。
間もなく門を抜け、俺たちは王都から離れる。
ソフィアの顔が輝く。
念願の旅に出るのが嬉しくて仕方ないという顔だ。
8人乗りの馬車の中には他に2組3人の客がいたがソフィアにフードを取ることを許可した。
乗客たちはソフィアの顔を知らないらしく、ただ美しさに見とれている節はあったが大きな騒ぎになることはなかった。
2時間ほど馬車に揺られる中で、俺とノアはお互いの娘について話した。
ソフィアは楽しそうに聞きながらところどころで「だからパパは女心が分かってないのよね」のようにダメ出しを挟んできた。
「僕の娘のエリザベスはエリス教の開祖、エリス様にあやかって名付けたんです。」
「ウチは月の女神ルーナ様からだ。」
共通点を見つけた。
この国の市民の多くはエリス教を信仰している。
大半は俺のように冠婚葬祭の時だけ世話になるくらいなのだが。
エリス教は多神教で全ての神に上下はないという教えのもと、人間も平等であると考えている。
そのため、市民に人気がある。
一部の過激な信者が王都で王政反対のデモをやっているのを幼い時に見たことがある。
ソフィアやケビンは王族や上流貴族に多い、ゼウス信仰らしい。
こちらも多神教だが、ゼウスという神を頂点に神々にも上下関係があるとし、ゼウスの使徒である国王こそに人々を統べる権利があるという考えらしい。
ソフィア自身はそれほど敬虔な信者ではないそうだが、王都に住む上流貴族の決まりで成人する時にゼウス信仰の洗礼を受けたそうだ。
馬車は街道を進む。
俺たちが利用しているような民間の馬車が盗賊や山賊に襲われることは少ない。
金持ちが乗っていることが少ないため、襲ってもさほど収入が期待できない上に警備隊や騎士団にマークされてしまうからだ。
襲うなら王族や貴族の乗る専用の馬車だろう。
あと30分もすれば今日の休憩所である山間の町に着こうかというところだった。
まさにそのような馬車が山賊に襲われていたのは。
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