女勇者の父、魔王について知る
コックス家での夕食は、マリーの作った料理の数の暴力により俺とノアの胃袋が張り裂けそうになったことを除いては和やかに終了した。
使用人たちが皿を片付け、紅茶のおかわりを持ってくる。
「それで、お前たちは明日からどうするのだ?」
俺とノアにケビンが質問する。
「ノアと話し合ってからになるが、とにかく魔大陸を目指そうと思う。」
「僕もそのつもりでした。」
この世界には6つの大陸がある。
俺たちのいる聖大陸。
聖大陸の北西に位置する火大陸。
火大陸の北にある土大陸。
聖大陸の北東に位置する風大陸。
風大陸の北、海底に沈んだ大地と数多の島からなる水大陸。
そして、風大陸の北東、水大陸の北西に位置する魔大陸。
6つの大陸が六角形を作るように並んでいる。
船で海を渡って聖大陸から魔大陸に行くには距離があり、危険が大きい。
普通に行くなら火大陸、土大陸と経由するし、俺もそのつもりだった。
聖大陸には俺たちのような人族が多く住んでいる。
火大陸にはドワーフ族、土大陸にはエルフ族、風大陸には獣人族、水大陸には海人族の割合が多い。
そして、魔大陸には魔族と言われる人々が住んでいる。
神話や童話で勇者と戦う魔王は魔族のリーダーとして描かれる。
そのため、俺やノアの目的を考えれば魔大陸を目指すのが自然だ。
「それで、魔大陸に行ったらどうする?」
「魔王の目的や強さ、魔王軍の規模とかを調べる。できるならその脅威を取り除く。」
「今の魔大陸に……いや、今の世界に魔王はいない。」
「「……は?」」
ケビンの言葉は俺とノアの思考を停止させるのに十分すぎた。
「これは王国が独自に調査したものだが間違いないはずだ。だから、目的も強さも調べようがない。魔王軍についてもだ。」
「どういうことだ?じゃあ、俺の娘のルナや、ノアの娘のリズは何と戦おうというんだ?」
「おそらく、これから魔王が誕生するのだろう。すでに魔族として生を受け、魔王となるための下準備をしているのかもしれん。ルナ殿やエリザベス殿のようにな。」
言われてみれば、魔族と人族や他の大陸が戦争しているというような話は聞いたことがない。
「したがって、お前たちの旅はもしかすると雲を掴むようなものになるかもしれん。それは明確な目的があるよりも遥かに辛いものだろう。」
「だからといって行かないという選択肢はないさ。」
ノアも頷く。
なんでもいい。
娘のために出来ることがあるかもしれない。
それを探すだけだ。
「それに、ちょうど魔大陸に着いた頃に魔王が誕生していれば僕たちでも叩けるかもしれませんしね。」
俺とノアは視線を合わせて再び頷く。
そんな俺たちをソフィアお嬢様はなぜかとても目を輝かせて見ていたのだった。
翌朝。
寝る前はパンパンに膨らんだ腹もすっかり元に戻っている。
胃もたれした感じもないのは、材料とマリーの腕の両方がよかったからだろうか。
食べ過ぎた割に調子が悪くない体をベッドから起こし、カーテンを開ける。
まだ薄暗いが、遠くの山並みに沿って薄っすらと空が輝きだしている。
日の出も近そうだ。
『この世界に魔王はいない』
昨夜のケビンの言葉を思い出す。
それでも、俺に出来ることが何かあるはずだ。
冷たい空気を入れて頭をすっきりさせようと窓を開ける。
日が昇る前だというのに庭ではすでに使用人が動いている。
窓から上半身を出し、庭の様子を伺う。
「今日もダメか。いやあ、困ったな。」
ちょうど、裏庭の方からひとりの使用人がぼやきながら歩いてくるところだった。
俺と目が合い、バツの悪そうな顔をする。
「アベル様、おはようございます。ゆっくりお休みいただけましたか?」
「ああ、ありがとう。ところで、何か困り事か?」
「ええ、実は屋敷で買っているヤギの乳の出が悪くて。」
詳しく聞いたところ、乳を搾るために最近買ってきたヤギの乳の出がよくないらしい。
「もしかすると、環境が変わったストレスの影響かもしれないな。この部屋の目の前の桜の木があるだろ?」
「ええ。」
「その右に生えている木、イヌッポという木だが、あの木の皮を燃やして煙をかがせるといい。イヌッポの木を燃やした煙には家畜を落ち着かせる効果がある。」
「へえ、あのイヌの尻尾みたいなふさふさした葉っぱの木にそんな効果が。」
「ただ、イヌッポは生木を燃やすと煙が異常に多くてたまらんから、少しずつ燃やすようにな。」
「ありがとうございます!さっそく試してみます!」
空が完全に明るくなった頃、セバスチャンがドアを叩く。
「朝食ができました。食堂の方へご案内いたします。」
隣の部屋に宿泊していたノアも連れ、昨日の晩餐室ではなく2階にある家族用の食堂へと案内される。
本来
すでにケビン、マリー、ソフィアの3人は席についていた。
テーブルの上には5人分の料理と、ミルクが置かれている。
「アベルからのアドバイスでヤギの乳がよくでるようになったと使用人が喜んでいたぞ。」
期限良さそうにケビンが言う。
あのあと、さっそく試したようだ。
そんなに早く効果が出るとは思っていなかったが、最近買ってきたヤギだと言っていたから環境に慣れつつあったのが、最後の一押しになったというところなのだろう。
「アベル様は随分と動植物に明るいのね。」
マリーが感心したように言うので「たまたま祖母から聞いたことがあったので」と返しておく。
両親や兄妹からは蔑ろにされてきた俺が、道を外さずに育ってこられたのは祖母のおかげだ。
花や木が好きで、幼い頃から散歩に連れ出しては植物の名前を教えてもらった。
幼心に祖母の愛情に応えようと思ったのか、当時の俺は草木の名前をよく覚えた。
その祖母も俺が14歳の時に亡くなっている。
夕食に比べると質素な、それでもパンとハム、目玉焼き、サラダ、スープにミルクと種類は豊富な朝食を食べる。
朝食が終わると、部屋に戻りいよいよ旅立ちの準備となる。
とは言っても、俺は背負ってきたリュックに昨日脱いだ服を入れるだけだ。
ノアもそれほど時間はかからないと言っていたのですぐに屋敷の入口で待ち合わせとした。
玄関に行くと、ケビンとマリーが見送りに来てくれていた。
そして、そこには白銀に輝く鎧に身を包み、大きな剣を携えたソフィアの姿があった。
朝日よりも眩しい彼女の笑顔に俺とノアは大きな不安を抱いたのだった。
最後まで読んでいただきありがとうざいます!
初☆ブックマークありがとうございました!
よりよい評価をいただけるよう精進しますので今後もお付き合いいただければ幸いです。




