女勇者の父、満腹になる
ケビンが俺に、このノアという赤毛の男の娘が将来の賢者だと告げた。
「ちょっと、ケビンさん。それって言ってしまって大丈夫なんですか?」
ノアが訝しげな視線を俺に向けてくる。
どこの誰とも分からないような男にそんな機密情報を教えてしまって問題ないのかと心配しているのだろう。
俺はケビンとアイコンタクトを取ってからノアに向かって話す。
「ノアさん、俺の娘は勇者だ。」
「え?」
「アンタ、今日の立食パーティーでケビンと話していただろ?その前にケビンが話していたのが俺だ。俺の娘も今日、王立学校に入学したんだ。もしかして、アンタの娘さんってリズって名前かい?」
「うん、リズ……エリザベスは僕の娘です。」
「やっぱりそうか。寮で同室のルナっていうのが俺の娘で将来の勇者だ。」
ここまで綺麗な赤毛は珍しいのでもしかしてとは思っていたが、ノアの娘がリズらしい。
どうやら将来のパートナー候補を寮の同室にしたようだ。
ここでケビンが口を開く。
「ノアよ、このアベルは明日から娘のために将来の脅威を取り除く旅に出ると言っておってな。」
「僕と……同じですね。」
「そこで、同じ目的なら一緒に行動したらどうかと思って、顔合わせの場を用意したのだ。」
ケビンはどうやらふたりで旅をさせるつもりで俺とノアをここに呼んだらしい。
確かに野宿する時に交代で見張りが出来ることなどを考えればひとりよりは二人の方がいい。
しかし……
「失礼ですが、このアベルさんという方は足手まといにはならないだけの実力があるんですか?」
そうそう、足手まといじゃ困る……って俺!?
人を見た目で判断してはいけないというが、外見から読み取れることも多い。
ノアは、童顔で身長は俺より低く、見た感じ筋肉質でもない。
眼鏡をかけていて頭は良さそうな顔をしているがアウトドア派ではなさそうだ。
そんなノアよりも頼りなさそうに見えるのだろうか、俺は。
額に血管を浮き上がらせている俺に、ケビンがフォローする。
「ノアはギルドのA級魔術師だ。1年だけ冒険者をしていたというお前とは肩書だけなら雲泥の差がある。」
「A級魔術師!?」
ギルドには冒険者登録と魔術師登録の2種類がある。
Eランクから始まる冒険者に対し、魔術師は希少かつ優秀なので登録した時点でCランクが付く。
冒険者が泥臭い仕事を薄給で受けるのに対し、魔術師はちょっとした仕事でも高額な報酬がもらえる。
冒険者だった俺は、結婚して安定した収入を求めギルドを辞めたが、魔術師ならギルドの依頼だけで家計を支えられる。
しかし、魔術師はCランクでも十分な報酬と地位が得られるため、昇給の難しさは冒険者の比ではない。
そもそも明確な基準がなく、生涯Cランク魔術師という者も珍しくないと聞く。
ノアの年齢は分からないが、娘がルナと同じ年ということは俺とそんなに変わらないだろう。
「なるほど、ウチの娘が勇者だと聞いた時は鳶が鷹を生んだと思ったが、アンタのところはドラゴンがマスタードラゴンを生んだってところだな。」
将来の賢者、リズは魔法のサラブレットらしい。
賢者じゃなくても王立学校に入学できたんじゃないかってくらいの。
「正直に言って、俺にはこの場でノアを納得させるようなことは言えない。ノアが認めないって言うなら俺は諦めるしかない。」
俺は「お手上げだ」とばかりに両肩を上げる。
「ノアはどうだ?」
「僕としても、誰かいっしょに旅してくれる人がいた方が助かるのは事実です。見てのとおり非力ですし。」
「では、こういうのはどうだろう。」
ケビンが俺とノアを交互に見て言う。
「ふたりが協力して旅をするなら、ひとり腕の立つ者を同行させよう。実力は私が保証する。」
王国騎士団長のケビンが実力を保証するほどの猛者。
そんな男が旅に同行してくれたら助かるどころの話じゃない。
俺はノアを見る。
「分かりました。それなら僕はアベルさんと一緒に旅をしたいと思います。」
「よろしく、ノア」
「そろそろよろしいですか?」
声をかけるタイミングを計っていたのかもしれない。
ケビンの妻のマリーがドレスに着替えて晩餐室に入ってくる。
隣には水色の髪をした少女が立っている。
マリーに似たのか背が高い。
「妻のマリーだ。ノアは初めてだったな。」
ケビンがノアとマリーに互いを紹介する。
「隣は娘のソフィアだ。先月、王立学校を卒業したばかりでな。娘の学校生活で何か質問があれば聞くといいだろう。」
「ソフィアですわ。よろしくお願いします。」
「ああ、よろしく。」
「よろしくお願いします。」
その後の食事会はソフィアを中心に進んだ。
ソフィアは社交的で頭がいい娘だった。
俺やノアが娘たちの学校生活で気になるだろうことを先回りして説明してくれた。
しかも、その度に自分の失敗談を面白おかしく付け加えてくれるから聞いていて飽きない。
マリーの手料理もお世辞抜きで美味しく、食べ過ぎてしまう。
出された食事は残さないことが信条の俺だが、心が折れるよりも先に胃袋が破裂しそうになる。
ノアは涙目になりながらメインディッシュの2キロはありそうなステーキを爪の先ほどに切って少しずつ口に運んでいる。
限界はとっくに過ぎてるという感じだ。
一方、ケビンは慣れたものでペロっと食べてしまった。
そして、ソフィアの前にも同じくらいの肉の塊があったはずだがいつの間にかなくなっている。
蛙の子は蛙、というやつだな。
「ノア、残しても大丈夫だからな。」
ケビンが言うとノアはそのまま机に突っ伏した。
「ちょっと気合入れて作りすぎちゃったわね」
マリーがまたしても舌を出して笑う。
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