女勇者の父、鍛冶屋に行く
妻のアンジェリカが馬車に乗るのを見送ると俺は旅の準備のための買い物を始める。
俺は15歳までこの王都で育った。
15歳で実家を追い出された時に手切れ金とばかりに持たされた金で冒険者になるための装備品を揃えた店に行く。
扉を開けるとカランカランと軽やかな鈴の音が響く。
刃物などの危険物や、それなりに値の張る物も置いてあるので防犯のためだろう。
店の奥から「いらっしゃい」というダミ声と共に、鈴の音には似つかわしくない、スキンヘッドの巨漢が現れる。
鍛冶の際に目を守るためのサングラスもかけたままなので子供が見たら間違いなく、泣く。
娘のルナも将来、この店で買い物をするのだろうか。
勇者としての第一の試練かもしれん。
だが、この店の商品の品質はいい。
もし、冒険者として装備を揃えるなら王都にいくつかある鍛冶屋、武器屋の中でもこの店を選ぶべきだ。
ただし、包丁は「肉を切ろうとちょっと力を入れたらまな板まで簡単に切れた」と評判で主婦の皆様にはオススメできない。
スキンヘッドの店主が俺に気付く。
「ん?お前、リード商会の四男坊か?久しぶりだな。」
リード商会というのは俺の実家のことだ。祖父が興した会社で建材を扱っている。
祖父は会社の経営が軌道に乗ったというところで早世し、今は父が社長をしている。
長男が次期社長として修業中だ。
ちなみに次男は仕入れを強化するためにリード商会で扱っている材木を生産している業者に婿入り。
三男は販路を拡大すべく、王都でも五指に入る建設会社に婿入りした。
また、妹もいるがそこそこの情報発信力がある貴族の息子に嫁入りし、リード商会の広告塔となっている。
子供が生まれる前から婿入り先、嫁入り先を決めていたが4人目の男子はいらなかったらしく両親にはだいぶ蔑ろにされて育ったのが俺だ。
4人目の子供が男だった時、父はひどくがっかりしたそうだ。
そんなこんなで先ほどの15歳で勘当された話につながるわけだ。
「だいたい10年ぶりかな。」
「すっかりいい男になったな。最後に見た時はクソ生意気で世間知らずで金だけは持ってるクソ生意気なガキンチョだったのにな。」
「クソ生意気が2回入ってるぞ。」
子供の頃から家にはずっといられないということが分かっていたので将来は冒険者になろうと思っていた。
なぜ冒険者になろうと考えたかは分からない。
祖母に読んでもらった勇者が魔王を倒す絵本がきっかけだったのかもしれない。
その頃からこの店に入り浸っては剣や鎧を装備して冒険に出かける日々を空想していた。
店主の顔が怖いので最初は奥さんが店番の時を狙っていたが、何度か顔を合わせる内にこの親父さんも人柄は悪くないことが分かり、奥さんがいなくても店に通うようになった。
「実際に最後に店に来た時はクソ生意気だったからな。お前じゃなけりゃそのまま叩き出してたところだ。」
「あれは……すまなかった。」
家から追い出されたその足で向かったのがこの店だった。
そして、俺は金の入った袋をカウンターに叩きつけるように置いて「これで買える一番いい装備をくれ!」と言った。
当時からスキンヘッドだった店主はその額に血管を浮かび上がらせ鼓膜が破れるんじゃないかってくらいの大声で「バカヤロウ!」と怒鳴った。
「装備は金額じゃねえ」と言われゲンコツを喰らい、「用途と技量、体格によって適正な装備が変わるんだ」と説教されながらゲンコツを喰らい、「自棄になるんじゃねえ」と頭を撫でられた。
最終的にかなり割安の価格で装備を調えてくれた上に、その装備の特徴とギルドで依頼を受けるならどんな内容なら得意で、逆に何が不得手か丁寧に説明してくれた。
「まあ、過ぎた話だったな。で、今日はどうした?」
「もう一度、冒険者を始めようと思ってな。また、装備を見繕ってほしい。今度はギルドで依頼をこなしながら旅をしていくつもりなんだ。」
「なんだ、冒険者は1回辞めてたのか。で、また始めるって言っても厳しいぞ。お前いくつだ?最後に会ったのが15の頃だろ。いまは25歳くらいか?」
「今年で24だ。」
一般的にギルドに新規に登録して冒険者になる者は10代が多い。
家業を継げなかった俺のような人間を中心に、一攫千金を夢見て冒険者になる者は多い。
だが、人並み以上の生活が出来るほどの金を稼ぐには毎月のように危険な依頼をこなさなければならない。
十分な稼ぎを得られる程の実力者は限られるし、そういう者もある程度の資金が貯まれば商売を始めて冒険者からは足を洗う。
一部の冒険者という職業そのものが好きという人間を除いてだが。
そのため、冒険者の平均年齢はかなり若い。
24歳の俺は本来であればベテランと呼ばれる年齢だ。
ちなみにギルドは一番下からEランクから始まりD、C、B、A、そしてSランクと6つのクラスに分かれている。
依頼はA~E、そしてSとFの7種類がある。
「前に冒険者やってた時はどのクラスだったか知らないが、更新してなかったならまたEからだろ。15、16の小僧に交じって新人からなんて面白くはねえと思うぞ。」
「どうせ、辞める前もEランクだったからな。」
「ってことは最後までF専だったのかよ。」
F専とはFランクの依頼のみを受ける冒険者のことだ。
通常、依頼には受けられるランクが「A限定」とか「C~E」というように明記されている。
しかし、高ランクの依頼となると報酬も高くなるので十分な額を払えない依頼者向けに誰でも受けられるFランクという依頼を設けている。
難易度の割に報酬が低いがそれでもD、Eランクの冒険者にとっては魅力的な額になる。
低ランク帯の冒険者が再起不能になる原因の大半がこのFランクの依頼によるものとも言われているが。
ちなみにランクに見合った依頼を複数こなすと自身のランクが上がる。
1年間冒険者を続けていれば普通ならEランクのままということはない。
ただし、Fランクの依頼はカウントされないというルールがある。
F専とは、Fランクの依頼を好き好んで受ける者の中でも、俺のようにランクを上げることを度外視している冒険者のことを呼ぶ。
「冒険者だったのは1年ほどだからな。」
「1年もF専で五体満足だったならかなり運がよかったと思うぞ。」
確かに、F専の冒険者としての寿命は3か月と言われている。
冒険者という響きに酔ったルーキーが薬草採取やペット探しなどやってられるかと実力もないのにFランク依頼を受けて再起不能になる。
ある意味では王都を彩る花々以上に春の風物詩かもしれない。
Fランク依頼に挑んだルーキーの半数以上は1回も成功せず現実を思い知り自主的にギルドを去ることになる。
残りの半数の内、さらに半分のルーキーは1回目の依頼で行方不明になり半年後に強制退会となる。
さらに一部は失敗したあと自分の身の丈に合った依頼のみを受けるようになる。
そんなこんなでルーキーのFランク依頼成功率は10%以下だ。
ちなみに、Fランクの依頼は1件対しに何人もの冒険者やパーティーが挑戦できる。
実力不相応で挑み、失敗する奴が多いからだ。
そのため失敗しても特に罰則はない。
「親父さんに装備のことよく教えてもらったおかげだな。無茶はしたけど、それでも本当に出来ないことはわきまえていたから。」
「出来ないことを理解すること、目の前に出来ないことが出てきたら全力で逃げること。この2つを意識するだけで冒険者の生存率は跳ね上がる。鼻息が荒いルーキーには難しいことでもあるんだが。」
そうやって痛い目にあった若い冒険者を何人も見てきたのだろう。
親父さんはサングラスの奥で少しだけ悲しそうな眼をしているように感じた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
更新タイミングを色々と試していましたが当面は23時を固定。
多めに書けたらそれ以外のタイミングでも投稿するようにします。




