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第9話

「お嬢様、お客様がお見えです」


書斎で帳簿を眺めていると、ノックの音と共にマリーの声が聞こえた。


(お客様? 誰かしら)


「はーい。今行くわ」


アナスタシアは豪華な家具類が無くなったこざっぱりとした書斎を出て、客室に向かう。客人に見当はつかないが、マリーやヴィルヘルムが追い出さないということは変な輩では無いのだろう。


「遅れて申し訳ありません」


客室の扉を開けて目に映ったのは燃えるような赤だった。一瞬その眩しさに目がくらみそうになる。だが、すぐにその赤の正体が分かった。男だ。目の前に立つ男の髪と瞳が燃えるような赤なのだ。


(見覚えのない人……)


「あの……?」


男は客室の壁にもたれかかり、胸の前で両腕を組み、値踏みするようにアナスタシアを射抜く。鋭い目付きで睨まれると指先ひとつ動かせない。どうすることも出来ずに男を見続けると、やっと、男が腰に帯刀していることに気付いた。騎士か何かだろうか。

男はおもむろに口を開く。


「エルガード」


男の声は低く、獣の唸り声のようだ。一言発するだけで身震いしそうになる。だが、言葉の意味が分からず、アナスタシアは首を捻る。


「俺の名だ」


どうやら男はエルガードというらしい。だが、それでも真意がつかめない。


「エルガード様? 何の御用でしょうか」

「エルガードでいい。今日からお前の騎士だ」


キョウカラオマエノキシダ

意味は分かるが、意味が分からない。

アナスタシアが少しずつ怖くなってきていると、遅れてヴィルヘルムが客室に入ってきた。見知った顔、しかもヴィルヘルムというだけで涙が出そうになるほど安心した。


「申し訳ありません。遅れてしまいました。お茶でございます。」


今はお茶はいいから説明が欲しい。心のそこでアナスタシアは叫んだ。


「ヴィルヘルムさん。この方は……」

「おや、まだ紹介もしとらんのですかな」

「言った。エルガードだ。今日からお前の騎士だ」


まるでお前は一度で覚えられないのか、とでも言いたそうな目でエルガードが睨む。


「ホッホッホッ。それだけでは、分かりませぬぞ。エルガード殿。まぁとりあえず、アナスタシア様、おかけ下さい」

「え、ええ」


アナスタシアは壁にもたれかかっているエルガードと向き合うように客室のソファーに座る。何となく背後を見せるのが怖かったのは内緒である。


「エルガード殿は王都で騎士をしておりましてな。なかなかの腕利きと噂でございます」

「王都で?」


(王都の騎士が何でまたここに来たのかしら)


「エルガード殿はもともと孤児でして。飢えて倒れていたエルガード殿を旦那様が拾われ、王都の騎士団への入団をお勧めになられただとか」

「お父様が?」


ちらりとエルガードに目線を送ると、エルガードは頷いた。


「ですが、最近王都で少々揉め事を起こしてしまったらしく」

「揉め事?」

「ムカつく貴族を殴っただけだ」

「あら」


エルガードはふんと鼻を鳴らし、明後日の方向を見る。


「王都を追い出されそうになったところを、再び旦那様が拾い、これ幸いとお嬢様の騎士にされたのです」

「チッ」

「旦那様も、お嬢様のことが御心配なのでしょう」


(つまり、今日からエルガードが私の騎士ってこと?)


アナスタシアはゆっくりとエルガードの方を見る。絡み合う視線。深まるエルガードの眉間の皺。よく見れば整った顔をしているが、だからこそ余計に怖い。眼光だけで人を殺せそうだ。だが、アナスタシアは公爵令嬢。父の教え通り、どのような時でも俯くことは許されない。


「アナスタシア・ギルドべートです。本日からよろしくお願いしますわ」


アナスタシアは優雅に頭を下げる。洗練されたその動きは見るものが見れば、感嘆の溜息を零すだろう。

だが、エルガードは最後まで値踏みするような目を辞めなかった。

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