第8話
「お嬢様、お嬢様。朝ですよ」
「んっう〜」
部屋の中を朝日が差し込む。穏やかな日差しは、アナスタシアに朝の訪れを囁いた。
昨日は帳簿を見た後、デニスのディナーを楽しんだ。予想以上にデニスの料理は美味しく驚いた。
「おはよう。マリー」
「おはようございます」
マリーは素早く暖かいタオルを用意し、アナスタシアに手渡した。暖かいタオルがアナスタシアの眠気を覚まし、脳を覚醒させる。
「お嬢様。本日は会合の日でございます。お洋服はこちらでよろしいですか?」
「ん?、ええそうね。それでお願い。髪はひとつに結わえて貰える?」
「かしこまりました」
マリーは持ってきていた服の中から白いワンピースを用意し、着せてくれた。髪もオーダー通りに結わえて貰ったら二人で食堂に向かう。食堂ではヴィルヘルムが出迎えてくれた。軽く挨拶を済ませ、今日の予定を細かく聞く。
「庭師のコニーは朝食後にはお見えになるかと」
「そう分かったわ。案内よろしくね」
「なんだ、お嬢さん。コニーにも挨拶すんですねぇ」
厨房からデニスが器用に皿を両手に持って出てくる。
「おはようデニス。デニスはコニーとは交流があるのかしら」
「おはようごぜぇます。ええ、まぁ。少し話す程度ですが。あの若さで中々腕がいい」
ヴィルヘルムが綺麗に敷いたナプキンの上に、デニスが料理を置いていく。朝はパンとスープと野菜のようだ。
「コニーは若いの?」
「ええ。確か11か12くらいだったはず。気の弱そうな奴なんで虐めないでやってくだせえ」
「虐めないわよ、失礼ね」
ガハハハと豪快に笑いながらデニスは厨房に消えていった。
朝食も済ませた後、コニーの元へヴィルヘルムと一緒に向かう。今日は屋敷の門前の木を手入れしているのだとか。
屋敷を出て歩いていると、麦わら帽子を被った小柄な男が脚立の上に座って木を切っている姿が目に入った。
「コニー殿。アナスタシアお嬢様がお見えです」
「えっ!? あっ、うわぁ!」
「あっ!」
コニーはヴィルヘルムの声にビクリと肩を揺らし、脚立から落ちそうになる寸前の所で体勢を持ち直した。
恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、脚立からゆっくりと降りてくる。
「あの、その、す、すみません。お見苦しいところを……」
「いいのよ。私こそごめんなさい。突然」
「いえ!そんな……」
デニスの言う通りコニーは気の弱い男のようだ。アナスタシアを前に体を縮ませ萎縮してしまっている。
(何故か私は、昔からよく子供とか動物とかに怖がられるのよね……。最近マシになったとおもったのだけれど)
「私の名前はアナスタシア・ギルドべートよ。昨日から兄に代わってここの主になったの。よろしくお願いしますわ」
「あっは、はい!僕はその、コニーです。庭師です。あの、こちらこそ!」
コニーは勢いよく頭を下げた。そのせいか、被っていた麦わら帽子がパサリとアナスタシアの足元に落ちる。コニーは顔を真っ青にさせ、急いで拾おうとするが、先に拾ったのはアナスタシアであった。
「はい。今日は日差しが強そうだわ。気を付けて」
アナスタシアは出来るだけ怖がらせないよう精一杯微笑んで帽子を渡す。だが、コニーは手も出さず、ぼーっとアナスタシアの顔を見つめる。
「? コニー?」
アナスタシアの呼び掛けにやっと我に返ったように、急いで帽子を受け取った。
「あっ、ありがとうございます!あ、あ、アナ、スタシア……様……」
「? ええ」
気のせいかコニーの顔が真っ赤に染まっている。もう日にやられてしまったのだろうか。水か休憩を勧めたほうがいいだろうか。
「コニー?大丈夫?」
「……だ、」
「?」
「大丈夫ですぅぅぅー!!」
コニーは帽子をぎゅっと握りしめ、走り去ってしまった。アナスタシアはそんなに怖がらせてしまったのだろうか、と少し落ち込んだ。
その数刻後、屋敷に一人の男が訪れる。彼との出会いがアナスタシアに更なる大きな変化をもたらす事を、アナスタシアも男もまだ知らない。




